うるうる・うるう・うるふ

緋色 刹那

うるうる・うるう・うるふ

1,

 厄災の銀狼『クォーター』。

 四年に一度目覚め、再び眠りにつく四年間、世界に厄災をもたらし続ける魔獣。

 鋼のような銀色の毛がビッシリと生えた巨体で、鋭く強固な牙と爪が輝く。

 その黄金の瞳は月を埋め込んだように眩ゆく、ひとたび睨まれば、恐怖で動けなくなるという。


 魔法医のルナリオは代々、クォーターを鎮める役割を負う家系に生まれた。元々は魔獣使いだった先祖が、自主的にクォーターの調教を買って出たのだ。

 ルナリオの先祖が命をはってクォーターを監視し、人間に害を加えないよう調教することで、近年はクォーターによる厄災は最小限に留まっていた。

 しかし、国民の多くは守り人の存在を知らず、今もどこかでクォーターが暴れていると怯えていた。


 二十歳になったルナリオは父から家督を継ぎ、晴れてクォーターの守り人に任命された。それはルナリオにとって、待ちに待った瞬間だった。

 ルナリオはクォーターに憧れていた。

 世間はクォーターの悪行ばかりに目を向けて恐れているが、実際は人を助けたり守ったりもする、良い面もある魔獣なのだ。

 ルナリオはクォーターの姿を想像し、どんなに勇ましい姿だろうかとワクワクしていた。そしてその隣に自分が立ち、クォーターと共に人々を救う光景を思い浮かべ、早く守り人になりたいなと願った。


 ……だから、クォーターがの姿で祭壇に現れた時、ルナリオは呆然と立ち尽くした。

「うる?」

 子狼の姿のクォーターは大きな黄金の瞳をうるうるさせ、小首を傾げた。

「……」

 ルナリオは呆然としたまま、クォーターの脇に手を入れ、持ち上げてみた。人間の子供と同じくらいの大きさと重さだった。

 銀色の毛並みはフワフワで、風が吹くたびになびいている。爪も牙も短く、攻撃されても大した傷にはなりそうもなかった。

 子狼のクォーターは暴れることなく、うるんだ黄金の瞳でルナリオを見つめている。恐怖どころか、愛らしさすら感じる眼だった。


「お……」

 ルナリオは暫くクォーターと見つめ合った末、愕然とした面持ちで叫んだ。

「思ってたのと、ちがーうっ!」

「うるーっ!」

 クォーターもルナリオの真似をして、鳴いた。


2,

 ルナリオはすぐに、以前の守り人を務めた父親の元へ子狼のクォーターを連れて行った。

 父親は子狼のクォーターを見て驚き、「俺の時はこんなのじゃなかったぞ」と言った。

「元に戻す方法はないのか?」

「さぁ……クォーターは気まぐれだからなぁ」

 あらゆる書物を調べてもみたが、クォーターを元に戻す方法は分からなかった。


 ルナリオは子狼のクォーターを『クォーター』と呼ぶのに抵抗を覚え、新たに『うるう』と名付けた。

 四年に一度くる二月二十九日のことを、東洋のある国では「うるう日」と呼ぶそうなので、そこから名付けた。

「お前は元の姿に戻るまで、うるうだ。分かったか?」

「うる!」

 言葉が通じているのかいないのか、うるうは元気良く返事をした。


3,

 ルナリオの元へ急患が運ばれてきた。

 『消失病』という、日を追うごとに体が透明になり、最後には完全に消えてしまう難病を抱えた少女だった。

 この病は初期ならば特効薬があるのだが、少女が森で一人で暮らしていたせいで、気づくのが遅かった。今では、よく目を凝らさなければ存在に気づけないほど悪化していた。

 どの魔法医も「諦めなさい」と告げる中、ルナリオは少女の治療を請け負った。

 彼は、うるうが持つある能力を使えば、病を治せると確信していた。


 ルナリオは少女を診察室の椅子に座らせると、カゴに入っていたうるうを抱え上げた。

「では、治療を始めます。ジッとしていて下さい」

「は、はい」

 少女は緊張した面持ちで頷く。

 同時に、ルナリオが抱えている子狼に目がいった。うるうはうるうるとした瞳で少女をジッと見つめていた。

(どうしてルナリオ先生は狼の子供を抱えているんだろう……?)

 少女は何かの冗談かと思ったが、ルナリオの真剣な表情を見て、どうやら本気らしいと分かった。

 ルナリオはうるうを少女の膝の上に置いた。膝の上に置かれたうるうは、語りかけるように、ジッと少女の顔を見つめた。

 ふいに、うるうが少女の腕を「ガブっ」と噛んだ。うるうのその行動はルナリオにも予想がつかず「あっ」と声を上げた。

「痛っ……くない?」

 反射的に少女は悲鳴を上げたが、実際は甘噛みで、全く痛くなかった。

 うるうはすぐに少女の腕から口を離すと、ルナリオの膝の上へ飛び移った。その顔はどこか誇らしげだった。

 念のためルナリオが傷口を確認したが、小さな歯形が付いているだけで、出血すらしていなかった。傷に手を当て、呪文を唱えると、跡も残らず消えた。

 ルナリオの治療を見ていた少女は、自分の腕がハッキリ見えていることに気づき、驚いた。急いで窓へ駆け寄ると、ガラスに自分の姿がちゃんと映っていた。

「な、治ってる! 何で?!」

「正確には、病気の進行を四分の一に軽減したんです。今なら特効薬で完治出来ます」

 ルナリオは薄紫色の液体が入った小瓶を少女に渡し、飲むよう指示した。

 少女が小瓶に入った液体を全て飲み干すと、体にまとわりついていた嫌な気配が消えた。

「これで大丈夫です。あと、この狼の子供のことは秘密にして下さい」

 ルナリオは自分の膝の上に乗っているうるうの頭をワシャワシャと撫で、言った。

 うるうはルナリオに頭を撫でられて気持ちいいのか、目を細めている。

「どうしてですか? その力があれば、私と同じように苦しんでいる人達を救えるのに」

「実は、この狼はクォーターなんです。貴方の病状を初期の状態に出来たのも、クォーターの“あらゆるものを1/4に軽減する能力”を使ったからなんです」

 その名前を聞いて少女は「えっ」と言葉を失った。直接見たことはなかったが、クォーターの噂は知っていた。

「クォーターって、あの厄災の銀狼のことですよね? どうしてそんな危険な魔獣を従えているんですか?」

「私の家系は代々、クォーターの守り人をしているんです。こうして四年に一度目覚めたクォーターを監視し、厄災を最小限に留められるよう働いています。なので、ここ最近はクォーターの厄災は起こっていません。悪い噂ばかりが蔓延していますが、本当は良い面もある魔獣なんですよ」

「……だから、私がクォーターの能力で治ったことは言っちゃいけないんですね。ここにクォーターがいると知られたら、誰かが退治しに来るかもしれないから」

 ルナリオは「えぇ」と頷いた。

「クォーターも生き物です。自分の身を守るため、退治しに来た人間の命を奪うかもしれない。私はクォーターに再び、厄災を起こしては欲しくないんです」

「……残念だな。せっかくクォーターが良い魔獣って知れたのに、誰にも言えないなんて」

 ところで、と少女はうるうがクォーターだと知ってから、ずっと気になっていたことをルナリオに尋ねた。

「クォーターは巨大な狼なんですよね? なのに、どうして今のクォーターは子供の狼の姿になってるんですか?」

「さぁ……?」

 ルナリオもこればかりは分からず、困ったように首を傾げた。

 うるうも真似して「うるぅ……?」と一緒に首を傾げた。


4,

 四年後、ルナリオはうるうを抱え、祭壇に来た。うるうは今日、再び四年の眠りにつくのだ。

 幸い、うるうは厄災を起こさず、子狼のままで四年間を過ごした。愛らしいうるう見たさに、ルナリオの元を訪れる人々はいたが、誰もうるうがクォーターだとは気づかなかった。

「結局、お前がなんでそんな姿だったのかは分からなかったな」

『知りたい?』

「そりゃそうだろ……え?」

 突然、少年のような声が聞こえた。

 ルナリオは周囲を見回したが、ルナリオとうるう以外には誰もいなかった。

 祭壇は森の奥深くに隠されているのだ。人間が迷い込んでくるとは思えなかった。

「……お前、喋れるの?」

 うるうは両目をうるうるさせ、ルナリオを見上げた。

『そうみたいだね』

 またも声が聞こえた。うるうは口を動かしていなかったが、状況からして、彼が喋っているのは間違いなかった。

「じゃあ、最後に教えてくれ。なんでお前はそんな姿なんだ?」

『おいおい、君が言ったんだよ? 元の姿の僕は嫌だ、もっと可愛いのがいいって』

「……なんだって?」

 ルナリオは眉をひそめた。

 彼は今までクォーターに会ったことがないと思っていたのだが、うるうは『忘れちゃったの〜?』と小首を傾げた。

『今から四年前の、四年前の、四年前の、四年前に、君は僕と会ってるんだよ。あんまり泣きじゃくるから、仕方ないなぁと思って、この姿になってたんだけど』

 ふと、ルナリオは父親から「お前は四歳の時にクォーターに会ってるんだぞ」と言われていたことを思い出した。あれは父親がクォーターに憧れる自分に合わせた嘘だと思っていたが、本当だったらしい。

『まぁ、大きくなれば趣味も変わるよね。次に起きた時は、元の姿で出てくるから』

 うるうはルナリオの腕をすり抜け、地面へ着地すると、祭壇に向かっていった。

 ルナリオはうるうの後ろ姿を見て、もうあの姿を見ることはないのだと思うと、寂しくなった。

「そのままでいい。今の姿なら、お前を怯える人間もいないから都合がいいだろ?」

『あ、そう?』

 うるうは祭壇の前でくるりと振り返り、うるうるとルナリオを見た。

『僕もそう思ってたんだよね。じゃ、また四年後に』

「あぁ」

 直後、うるうは発光し、消えた。

 残されたルナリオは祭壇から顔を背け、ポツリと呟いた。

「四年なんて、長過ぎるだろ。もうずっといればいいじゃないか」


 その時、もふっとしたものが頭に乗った。両手で剥がすと、それはうるうだった。

『君が寂しがると思って、能力を使いまくって四年を限りなくゼロにしたよ。嬉しい?』

「……仕事の依頼が増えるから、嬉しい」

 ルナリオはうるうを抱え、軽い足取りで祭壇を去っていった。


(終わり)

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