四年に一度の人面瘡

佐久間零式改

四年に一度の人面瘡





 四年に一度、つまりは、オリンピックの年だけ目を覚ます男というネタがとある漫画にはあった。


 長期連載漫画にしかやる事ができない、四年に一度しか出てこないキャラクターという事もあって有名だ。


 そのネタが元になっているわけではないのだけど、わたしには四年に一度しか会えない人がいる。


 四年に一度、しかも、たった一日だけだ。


 丁度四年なのかは曖昧なのだけど、四年経ったであろう頃にわたしは会えるのだ。


 あの人に。


 わたしの右手に浮かぶ人面瘡の、あの人に。


 王子様のような好青年のあの人面瘡に。


 それに、この事をほとんどの人が知らない。


 知っているのは、家族と親友だけだ。




                * * *




「朝よ、起きないと」


 その日、私はまどろみの中から引きずり出されるようにして起こされた。


「早く起きなさい。今日は有限よ」


 脳がまだまどろんでいて、声の意味を完全には理解できず、


「あと五分」


 などと私はいつものように二度寝に勤しもうとしていた。


「今日が再びの四年目だよ」


 その言葉の意味を瞬時に悟って、私はカッと目を見開いた。


 すると幸せが瞬時にして訪れた。


 私の目の前には、あの人の顔が眼前にあったのだ。


 私は嬉しさを隠しきれずに破顔してしまったに違いない。


 あの人も顔をほころばせた。


「おはよう。そして、お久しぶり」


 久しぶりだからなのか。


 あの人の顔が結構変化してしまっているように見えた。


 四年もの歳月が流れているのだから、当然年を取り、当然のように流れた時間の分だけ顔が変化していてもおかしくはない。


 それに化粧でも失敗したのか、口紅が顔の至る所についている。


 私が出現したのを知って、慌てて化粧したせいで失敗したのかもしれない。


 しかし、四年という歳月はここまで人を変えてしまうものなのだろうか。


「君は今何歳になったの?」


 私がそう問いかけると、あの人は人差し指を顎の辺りに寄せて、


「教えてあげない。レディーに年齢を訊くなんて失礼よ」


 そう言った後、照れくさそうにしながら、人差し指を唇に当てて、髪をくしゃくしゃにするかのように掻いた。


「年齢は訊いてはいけないものなんだね」


 私は失礼な事をしてしまった事に恥じらいを覚えつつも、視線をあの人から外して、ここがどこなのかと探り始める。


 歳月が人を変えてしまうのであれば、場所も変わってしまっているのではと思ってしまったからだ。


 しかし、それは杞憂だと気づかされた。


 四年前と変わらない部屋がそこにはあった。


 使い古された学習机。


 年季が入っていて、日焼けしたりしている本棚。


 懐かしいと感じると共に、白い壁の一部が赤茶けてしまっているのは年月のせいで色が変わってしまったのだろうか。


「この場所は変わらないね」


「……そう? 私にはよく分からない」


 照れくさそうにしていた顔が急に真顔になった。


「住んでいるから気づかないものなのだね」


「……そうね」


 あの人は私から目を反らして、天井を見上げるような仕草をして見せた。


「そういえば、訊きたいのだけど、なんでよそよそしいんだい?」


 あの人はもっと私に対しては友好的で、常に笑顔を向けてくれていたような記憶がある。


 もしかしたら、あの人も歳月によって変わってしまっただけなのかもしれないけれども。


「それはね……」


 あの人が不気味な笑みを浮かべて、私にまずは右手を添えて、そして、私の事を持ち上げた。




                * * *




 わたしの意識が薄れていく。


 即死やショック死しなかったのは不幸なのか、それとも、運が良かったのかは判然としない。


 だが、これだけは言えた。


 四年に一度現れる人面瘡の事を親友に話したのが失敗だったかもしれない。


 今日、友人に人面瘡が現れた事を嬉しさのあまり告げてしまったのだけど、


『あなたが独占するなんてずるい! 是非、私のものにしたい!!』


 そう言い出して、突然わたしに殴りかかってきたのだ。


 そして、何か硬い物で殴られて動けなくなったと思ったら、右腕に激痛が走り、気づいたら、私の右腕が肩の辺りからなくなっていた。


 ああ、言わなければ良かった。


 人面瘡……いえ、四年に一度だけ会える王子様のような青年の顔の人面瘡の事を……。


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