第5話『闘争』

 森を抜けたリューフは、イルダスに向かうまでに情報収集をした。話によると義賊『闇夜の一座』は座長のルシオを筆頭に集結し、イルダス城へと進行している最中の様だ。もう既に先行部隊が先端を開き、戦は開戦しているらしい。リューフは、里を出る前にここぞという時にしか使わないと決めていた、金貨に代えられそうな宝石を渡して、馬飼いで馬を買った。気持ちはいち早く全速力で向かいたかったが、道のりは長い。駆けると歩くの間くらいの速度で馬を走らせた。焦りはあったが、馬を少しでも長く走らせるためにはそれが一番だった。日が暮れたら光の魔法で夜目を効かせ、馬から降りて手綱を引いて自分でも走った。城までもう少しという所で、火を焚いて少し眠った。そして朝を迎え、再び馬に乗ってしばらくすると、悲鳴や怒号、檄が飛び交い、戦場が近いことが知れた。外壁を守る、鎧を纏った兵士たちを、次々に亜人たちが襲っている。戦況は闇夜の一座に勢いがあると思われた。闇夜の一座の数は、少数だが一人一人の力量が、イルダスの戦力に勝っていた。軽快に動き回る亜人たちに、兵士たちは翻弄されて戦意を喪失している。

「仲間を攫われたエルフの生き残りです!加勢します!」

 馬で颯爽と乗り付けたリューフは、亜人の一人にそう告げると、上体を馬の脇に滑らせ、矢を避けざまに兵士の足を剣で掬った。足を斬られた兵士は、地面に転がり、亜人の槍で胸を突かれ、とどめを刺された。それを見たリューフは、振り切るように馬を駆けさせた。

――これで僕も戦に関わってしまった……。

 城門前の大広間で、双剣を華麗に操り、大立ち回りをしている、白亜の鬣が生えたアーテナ族の亜人がいた。リューフは立ち上る覇気に、一目で彼が長のルシオと分かった。馬を降りルシオの背中に、自分の背中を合わせた。

「ポータァと旅をしたエルフのリューフと申します!」

「小僧の連れか。ここは俺らに任せて早く中に入りな! もう跳ね橋は降りて城の中に入れるぞ!」

「ポータァは見ましたか!?」

「さあな、俺たちが進行してくる時に確認した者はいない。だがあいつもただで死ぬほどヤワじゃない、どっかで戦っているだろう」

「ありがとうございます!」

 リューフは敵を掻き分け、跳ね橋へと急いだ。跳ね橋には多くの亜人たちが、城内に侵攻しようと奮闘していた。しかし、その先頭が、橋の下へと弾き飛ばされた。聯亙する重装甲兵が、分厚く盾を構え、魚鱗の形を成して、幾重にも列になっていた。奔流のように進んできた亜人たちであったが、大きな岩に勢いを殺されて潰散させられた。兵の上を乗り越えようとした亜人が槍で串刺しにされ悲鳴を上げる。

――このままじゃまずい。

 亜人たちは攻め入れないことを理解すると、一端引いて態勢を整えた。

「ここは僕に任せてください!」

 リューフは亜人たちに告げると、リューフの足元から土の塊が隆起した。指を切って自らの血を混ぜて作った土のゴーレムだった。身の丈は6リル(4メートル)程、腕は丸太よりも太い。その肩にリューフは乗っている。歩けばズン地響きがする強度と、人智を超えた魔動人形の完成で、重装甲兵たちから怯えた声が漏れる。

「突撃!突撃~!」

 城門の奥から、羽根帽子を着けた司令官らしき男が、兵たちに支持を出す。重装甲兵たちは意を決して、ゴーレムに突進してきた。ゴーレムはそれを真正面から向かい合い、地を踏みしめる加速と共に激突した。物凄い轟音と共に、重装甲兵の前線が散花する。先頭の兵が正面のゴーレムと後ろからの圧力で圧死して、その多くが弾き飛ばされ、橋の下の堀へと落下した。生き残った兵たちは、僅かでも抵抗を示そうと、槍でゴーレムを突くが、血も肉もない土くれに、通用するはずはなかった。「おぉ」と感嘆を洩らす亜人たちが、ゴーレムの後に続く。ゴーレムの振るう剛腕に、重装甲兵は次々に潰走する。リューフは崩れかかった戦線を立て直し、城内に入る好機を作った。更に風の魔法で、亜人たちの疲労で重くなっていた足を軽くした。一つ誤算があるとすれば、ゴーレムを大きく作り過ぎたことだった。これでは城門を潜れないので、リューフはゴーレムの肩から降りた。そして亜人と共に城内へとなだれ込んだ。城内は蜂の巣を突いた騒ぎで、反撃に出る態勢も整っていなかった。出遅れた貴族たちが、弓を引こうとしていた兵たちを押し退ける様に逃げ惑っていた。舞踏会でもあったのか、ドレスを着た貴婦人も多くいた。

「ここはいい! 坊主は階段を下りて仲間のいる地下牢に向え!」

「わかりました!」

 眼帯をした前歯の発達した猫科の亜人と鹿の角の生えた亜人に先導されて、リューフは地下への階段を下りた。案の定、牢を守る門兵に遭遇。手に持っているのは鎖に鋸、棘のついた棍棒、そして穴を空けるための螺旋状の鑿。その全てが真っ赤な血で染まっていた。

「なんだこれ……」

 牢の奥に腕を鎖付されたエルフたちは、逃げられないように足が切り落とされ力なくうな垂れている。

「うわあぁぁぁああぁあぁー!!!」

 リューフの血が沸騰し逆流する。即座に愛用のレイピアと父の剣を抜いて突進した。猫科の亜人と鹿の亜人が、リューフの異変に気づいて止めに入る。

「落ち着け少年! 気持ちはわかるが、ここは堪えろ。激情のままに突っ込めば救える仲間も救えない!」

 それでも振り払おうと、リューフは暴れた。鼠顔の亜人が門兵の一人を即座に討つと、後ろから来たコボルトが加勢した。地面に押し付けられながらリューフは泣いた。

「僕が、遅かったから……何も出来なかった。何も」

 咽び泣くリューフを、鹿角の亜人が諌める。

「しっかりしろ! お前は仲間たちの命を救いに来たんだろう! 現実を受け止めろ! これ以上辛くならないように、解き放ってやるのがお前のやるべきことだろう!」

 リューフは下唇が、裂けて血が噴き出る程、噛み締めて涙を堪えた。僅かな痛みで、徐々に頭が正気に戻っていく。

「リューフ……その声はリューフなの?」

 牢の中のエルフの一人が、リューフの声に気づいて反応した。それはあの青く澄んだ瞳を、二つとも綺麗にくり抜かれた母の声だった。光を失った虚空が、二つ闇に染まっていた。

 母さん……。声のない絶叫をリューフはあげた。再び頭の中を、かき乱されているような混乱と悲痛が駆け巡る。鹿角の亜人はリューフが、発狂して舌を噛み千切らないように布を噛ませた。ぐぐもったうめき声が牢にこだまする。その後ろから入ってきた亜人たちによって牢の鍵は破られ、エルフたちの救出が始まった。手当を出来る者が止血やら骨接ぎなどをしている中、目の見えないハミルトンは、亜人たちに声を掛け、リューフの前へと、自分を連れて行くように言った。陰りで見えなかったハミルトンの、生気のない顔色に、拷問以外にも何かされていることは間違いなかった。興奮する気持ちを抑え、呼吸を整え、暴れる力を徐々に抜いていくと、亜人たちは拘束を解いてくれた。口に入れていた布も取り出してくれた。涙を拭いて赤い目でリューフは聞いた。

「母さん、あれからみんなどうなったの?」

「あれからイスダルの兵は私たちの里を焼き払い、体の自由の利かないエルフたちを捕らえてここに連れてきた。竜の火息で青く輝きを増した瞳の者達は、皆イスダルの王子の秘宝の一つになった。そしてエルフの血は魔導の研究のために搾り取られて、この通り逃げられないように足を斬り落とされた。でもあなたが里の外にいてくれて良かった。皆死ぬよりも辛い地獄から救ってくれた。ありがとう、リューフ。あなたが帰ってきてくれて。どんな形であれまたあなたに会えたことを幸運に思います。悲嘆に暮れている暇はないわ、強くありなさい。辛くても前を向いて立ち上がりなさい。誇り高き息子よ。リューフ、お聞き、プラテナを救って。王子があの子を特別に気に入り、私たちとは別のところに囲った。まだ無事でこの城のどこかにいると思う。救えるのはお前だけなんだよ。しっかりしなさい」

 妹の名前を聞いて、僅かな光がリューフの心に灯った。まだ自分にもできることがある。その希望が、少しずつ荒みきった心に染みていった。

「わかった、母さんは皆を救いに来た闇夜の一座の人たちに従って逃げて」

「わかりました。リューフ、決して挫けないこと。やり遂げることだけを考えなさい」

 頷くとリューフは踵を返した。城の捜索をしなげれば。プラテナが捕らえているのはどこか。階段を駆け上がると、突入してきたルシオと再び介した。

「おう、坊主。生きていたか」

「ルシオ座長、城の構造に詳しい人はいませんか?」

「どうした? 囚われていたエルフたちは全て地下牢にいたんじゃないのか?」

「妹が皆とは別に捕らえられているんです。王子の慰み物になっているかも知れません。助け出したいんです」

「そういうことか。おい、キッシュ、マルカ、バーニャ。このエルフの坊やを案内してやってくれ」

「あいよ」

 返事をしたのは白兎のキッシュ、栗鼠のマルカ、燕のバーニャ。皆女の亜人だったが目の鋭さはひけを取らない。

「ついておいで」

 と、先行するバーニャに先導されて、リューフは城の階段を上った。キッシュもマルカも狭い通路にも関わらず、広げた大翼で、天井を這うように飛ぶバーニャに、負けず劣らずの俊敏さで後を追っていた。リューフは風の魔法を、足に施し追走する。四人は屋上へと出でた。その先にはさらに二本の高い塔が聳え立ち、そこまで続く歩廊には装備を固めた衛兵たちがいた。

「少年、あんたはあたしが連れてってやる! しっかりつかまってな」

 バーニャはリューフの身体に、しっかり足を絡めると、搭に向って飛翔した。二人を、衛兵が弓で狙いを定めていたが、キッシュとマルカがそれを遮った。バーニャはぐんぐん高度を伸ばし、搭の最上部へと向かったが、不意にリューフを、一段低い屋根の上に振りほどいた。慌てて屋根のでっぱりに手を引っかけ、リューフは留まったが、その後ろに黒い影が落下していった。バーニャが、搭の窓から放たれた重り付きの網に囚われてしまった。この高さで網が解けずに、地面にぶつかれば命はない。必死に手を伸ばすが間に合わない。そして、その行方を見届ける余裕も、リューフには無かった。窓から躍り出た衛兵が剣を構えて、行く手に立ち塞がった。


 窓の外にもくもくと上がる黒煙や、床に伝わる地鳴り、悲鳴に、プラテナの心は恐怖と不安が渦巻いた。ここは搭の最上部に設けられたイスダルの、皇子ロナの宝物庫。そこには煌びやかな財宝の数々の横に、母ハミルトンの澄み切った青い目も、大事に飾られていた。モータムフの里から離れるエルフたちは、イスダルの兵に追われ散り散りになった。足や目の不自由なものが、集中して狙われた。それは狩りとも呼べぬ一方的な採集だった。ロナのなんの琴線に触れたのかはわからなかったが、プラテナは仲間のエルフから、隔離されここにいる。そして大きい鳥籠のような檻に、首輪をつけられ閉じ込められた。食事は一日に、皇子と共に取る昼食のみ。皇子の食べる豪華な料理が、プラテナにも運ばれたが、口にはしなかった。

「これ以上痩せて貰っては困る。そなたの美しさが損なわれるのは余も不本意じゃ。心配するでない。仲間のエルフは皆生かしている。あれは余にとっても重要な試験体じゃからな。でもそなたが余の言うことを聞かないのなら思案しなくてはな。そうじゃ一つの料理を残す度に一人、エルフを殺そう」

「そんな⁉」

「辛いであろう? なら食べるのじゃ。余はそなたが美しく成長するところが見てみたい。そなたの母のような美しい眼になるのか見てみたい。これは一番のお気に入りじゃ」

 ビンに詰まった母の眼。なんてことをしてくれたんだと、悲しみがプラテナの胸中を満たした。血が黒く染まるような憎悪も湧いてくる。そして疑問。何故この人はどんな権利があってこんなことをするのか。こんな残酷なことをして、良心は痛まないのか。こんなことをして何が楽しいのか。父と同じはずの人間の考えていることが、全く理解できなかった。

「そなたは涙を流す姿も美しいな」

 ロナはうっとりした表情でプラテナを眺めている。

「里の皆を解放してください、こんなことただ残酷なだけで何の意味もない」

 見られなくないとプラテナは顔を背けるが、ロナは乱暴に首輪の鎖を引いて、背くのを許さない。

「下賎の感性はわからぬな、優れた者が美しいものを集めるのに意味はあるまい。人の上に立つものの嗜みとして必需だと、セイクリウッドも言っておった。美しいものはただひたすらに美しい。それに意味があるから美しいのではなく、美しいことに意味はないじゃろう?」

 子供の無垢な心の残酷さが、プラテナの胸に痛かった。皇子に敢えて命の尊さを教えなかった者がいる。そしてそれを利用し、間違った情操教育で、皇子を飼い慣らしている者がいる。しかし、そうだとしても、この皇子に悪意がないことを、許す理由にはならない。

「美しいものは余の心を満たしてくれる。しかし刹那的な美しさに勝る、永遠に美しいものは中々に巡り合うことは出来ない。そなたもいずれは醜くなるのであろうな」

「私の心が今どれだけ醜いかあなたに見せてあげたい」

「ははっそうすればすぐにでもここを出ていけると考えておるのか? 粋が良くて安心した。ではまたなエルフよ」

 ロナはそういって去って行った。

――助けて兄さん。

 そう心の中で、遠い兄に向けてプラテナは願い続けた。その願いが叶ったのか、外は大変な騒ぎが起こり、プラテナは一人助けが来るのをひたすらに待っていた。そして宝物庫の扉が、ドンと音を立てて開いた。そこには血まみれの兵士が倒れ込んできた。その兵士を押しやって入ってきた亜人もまた、片目は潰れ、腹に深い傷があった。咳き込み大量の血を吐き出す。プラテナは思わず、助けてと言う言葉を呑み込んだ。三毛猫の亜人は壁にもたれながら視界の隅にプラテナを捉えた。

「お、お嬢ちゃんがエルフの坊やの妹かい?」

「兄が、リューフが来ているんですか?」

「あぁ、名前は知らんが若草色の髪を束ねた緋色の眼をしたエルフだ」

 亜人は兵士の衣服を弄ると、身体を引きずるようにしてプラテナのいる牢に近づいた。そして施錠してあったプラテナの牢を開けると、また血を吐いて倒れた。プラテナが亜人を抱き起し、傷口に光の魔法を施した。傷は深い。もう手遅れだが痛みくらいなら薄れさせることは出来る。

「……助かるよ。すまないが後は一人でなんとかしてくれ、俺はここまでのようだ。俺一人で先行してきたからまだ兵士はうろついている。一応その兵士の格好をしていけ。城を落とすのは時間の問題だがな。気をつけろよ」

「あぁ、ありがとうございます。私たちエルフのために命を賭して下さって、本当にごめんなさい」

 プラテナの涙の粒が、亜人の頬に落ち、伝う。瞳孔に光が無くなり、亜人がこと切れたのが分かった。同族でもないエルフのために正義を貫く。なんと志の高いことか。プラテナは、指で亜人の瞼を閉じさせると、両手を組んで祈った。魂の美しさには意味がある。強くそう思った。兵士の衣服を剥ぎ取り、血で汚れたところには布を当てた。早く兄の元へと行きたかった。扉の外には手すりのない階段が続いていて目がくらむほどに高所だ。壁伝いに階段を降りる。そしてその双眼は屋根の上で戦う兄を捉えた。


リューフは兵士たちに押しきられ、また城内へと入っていた。まだ誰一人として自分の手で殺めることは出来ず、手傷を負わせることで精一杯だった。その時、獣の大叫がこだました。亜人とは違う原種に近い獣の声。そしてその声は地響きとともにやってきた。現れたのは一匹のワーパンサーだった。両手に伸びる鋭利な爪。牙の突き出た凶暴な相貌。血管の浮き出るほど隆々と膨張した筋肉。しかし面影はあった。ポータァだ。逞しくも優しいあの爛々と光る黄色の眼は、今は血が混ざり赤黒く変色している。ポータァは怯える兵士たちを見境なく暴殺した。そこには仲間を大切に思いやったり、落ち込むリューフを励ましてくれた、懇篤心など影も形もなかった。兵士たちの蹂躙が終わると、血眼はリューフを捉えた。

「ポータァ! 僕だ、リューフだよ!」

 ポータァは、リューフの呼びかけにも応じず、襲いかかってきた。完全に自我というものを失っている。ただ内からくる暴力に身を任せ、破壊衝動だけが彼を満たしていた。リューフは戦いたくなかった。一緒に旅をした、兄とも呼べるくらい慕っている彼を、傷つけたくなかった。猛然と襲い来る、ポータァの攻撃を躱しながら、どうすればいいのかを懸命に考えた。

「ナイフ投げの達人のウィルキ! 力自慢のサーダル! 美しい舞と空中ブランコで君とパートナーだったレヴィ! 玉乗りからジャグリングまで器用にこなす弟みたいだったスタン! 君には大切な仲間がいた!」

 ポータァは仲間の名を聞いて、頭を抱えて動きが止まった。

「ウ、ウィルキ、サ、サーダル。レヴィ、マ、マロウ……」

「そうだよ。一緒にしてきた旅を思い出して! 今、闇夜の一座の皆が城に来ている! 頑張ってポータァ」

「ウ、ウィルキ、サ、サーダル、レヴィ、マ、マロウ……ミンナ、シンダ。オレガ、コ、コロシタ」

 リューフの心臓に、氷の矢が突き刺さった。

「コロシタ、コロシタ、ころした、殺したーーー!」

 ポータァは絶叫と共に泣いていた。そして、

「リューフ、コロシテクレ、オレヲ……早く!」

 絶望が身を包んでも、現実というものは、何と酷なのだろうか。命を奪うなどという途轍もない勇気が、自分にないことはわかっていた。だが、一刻も早く彼を、ポータァを楽にしてやりたいとも思った。瞳は涙で滲んだが、泣くのは全てが終わってからにしようと、リューフは決意する。こんな惨たらしいことが出来る人間を、許しはしない。この剣を最初に滴る血は、友の血だけど、君にこんな思いをさせた奴らには、必ず報いを受けさせる。抱き合うように重なる、リューフとポータァの影。リューフの剣はポータァの心臓を貫いていた。温かい赤い血がリューフの手を、剣を染める。膨れ上がっていた筋肉が途端に収縮する。荒々しさは消え、ポータァは馴染みの顔つきに戻っていった。

「ありが……とう。お前の手で止めてくれて……」

「ごめん、ポータァ。僕と出会わなければ、君はこんなひどい姿にすることもなかったのに。みんなだって……みんなだってもっと別の楽しい旅が出来たはずなのに……」

「そういうなよ……俺はお前と出会えて結構楽しかった、ぜ……」

 リューフの腕の中で、魂が一つ消えた。誇り高い戦士の死は、無駄にはしない。墓の一つも立ててあげられないけど、今は心を鬼にして進む。絶望はしない。胸の中の僅かな希望の灯を絶やさず進む。やり抜く覚悟を固めてリューフは階段を駆け上がった。

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