第3話『サーカスの時間』
それから闇夜の一座と一夜を共にしてから、まずはやることがあった。夕食の際に、ポータァに、
「一座に入るんじゃお前さんのやることは、まずそいつを飼いならすことだ」
と言われた。ネコネズミはリューフ以外とは、決して懐こうとしないので、結局リューフが当面の面倒をみることになった。そうなれば一時的にせよ名前が必要になる。まずはこの娘に名前をつけるとこから始めようという算段になった。名前……名前……。
「セラ……で、どうかな? エルフ語で初春って意味なんだ」
と言うと、団員たちはリューフの着けた名前と響きに浸り、皆、
「良い名前だ」
と言った。すると、ポータァが、
「なんでその名前にしたんだい?」
と聞くと、
「この灰色とピンク色の体毛が僕の故郷で咲く、セセラって木の咲いた花の色に良く似ていたからなんだ。ちょうど今頃咲くんだけど……とても綺麗な花で、毎年咲くと、その下でお茶を飲むんだ」
故郷を思い出してちょっとだけ寂しくなると、
「その花、いつかまたみられる日が来ると良いな」
と、ポータァが優しくしてくれた。
昨日の夕食の席で闇夜の一座の面々の紹介があった。
ポータァを筆頭に、力自慢で昨夜、軽々とリューフを担ぎ上げ、風のようにあの場を走り去ったサーダル。投げナイフの名人芸を持つウィルキ。一座の紅一点。鞭使いのしなやかで艶やかなレビィ。一輪車を巧みに使い、ちょろちょろとなんでも器用にこなすマロウ。
一座は普段「シエル・ア・レシュ(夜の妖精の集い)」という名前で興業を行っている。ポータァはロープを使った芸と、レビィと共に行う空中ブランコを。サーダルは火吹きや、客が放ったものを何でも曲げたり割ったりする力業で。ウィルキはナイフ投げの他に鍵のかかった箱から、見事に抜け出す離れ業を得意とし、レビィは美しく磨かれた身体を活かし、妖艶に踊り子をしている。マロウはまだ駆け出しのようで、一輪車に乗っては小玉でジャグリングをしたりしているが、ポータァに言わせれば、「まだまだ先が楽しみだ」だ、そうだ。皆、種族は違うがポータァと同じ亜人だった。
ポータァ達の旅路がリューフの旅の目的である竜を追う、東に向いているのを聞き、リューフは事情を打ち明けた。自分の目的としていた旅の理由を伝えるのは、辛い記憶を思い出させた。話を終えると、一座はポツリポツリと、竜に関する逸話や故郷にあった伝承を語りだした。
「俺は竜はまだ実際に見たことはねぇ。だからリューフの役にはたたねぇかも知れない。でも旅路が終わるまで俺達は皆、お前と共にある!」
ポータァと仲間、皆が頷いてくれた。リューフはそれが嬉しくて感激した。良かった、本当に良い人達と出会うことが出来たんだなぁとリューフは思った。一行は街へと繰り出すと、聞き込みに入った。黒竜を見たもの、ガンタレス軍に詳しい者に、手分けして聞いてみた。すると、肩にはイカリの刺青、頬には大きな十字傷をした厳つい酒場の主人が、ガンタレス軍の客が、昨晩仲間を大勢つれてきたとの情報が入った。
「ガンタレス軍の奴ら、あまりにも竜が速く飛ぶもんで見失っちまったそうだよ」
と酒場の主人は言う。さらに、
「兵団は速馬隊だけ残して大隊は解散したそうだ」
「その速馬隊の向かった方角と地点は分かりますか!?」
リューフは藁をもすがる思いで主人に訴えた。あまりのリューフの勢いに、主人は目を丸くして、それから右に左に眼を泳がせてこう言った。
「酒を呑みながらの話だぞ……」
「それでも構いません、教えてください!」
「竜をそれも生きた竜を見たんだってそいつらは大盛り上がりだった。で、そいつらが言うんだ。あれは神からの使いなんだって。矢を射る度、それでいいのか? ならば受け入れようって頭の中に声がするらしい。早々抜ける者が出てきて、隊長格が戦に参加できない奴は打ち首だって言うのに、それでも抜けるってんでかなり揉めたらしい。結局、速馬隊を残して後は解散になったもんで、そいつらは大腕を振って酒場にきた。……速馬隊は南へ一直線に逃げる竜を追って行ったそうだよ」
「わかりました、ありがとうございます」
速馬隊に追いつくには、奴らよりも速く駆ける馬か、何頭の馬を乗り潰していかなくちゃいけないと、ポータァは言う。そんな懐の余裕はリューフにはない。それを察してか、ポータァは、
「旅の前に、先立つものを調達しないとな。さぁ、サーカスの時間だ」
焦るリューフは、裏方であくせく動き回った。サーカスが始まった。まずウィルキの投げナイフから、次いでサーダルの力芸、いかにも硬そうな鋼製のモニュメントをぐにゃりぐにゃりと曲げ、元の大きさの四分の一の大きさにしてしまった。それからマロウのジャグリング、レヴィの華麗な舞ときて、最後は家の屋根よりも、もっと高いところで繰り広げたられる空中ブランコ。リューフは初めてのサーカスに、すっかり心が躍ってしまった。
翌日、荷物を馬に括りつける。それぞれがそれぞれの馬に跨り街を出る。リューフの乗る馬は銀色の鬣をした白馬だった。故郷を遠くはなれ、仲間達と共にリューフは平原を駆ける。
ポータァの話から、セラが飼い主の元から攫われて、もう二月になるそうだ。セラ奪還の情報をポータァたちが知ったのは、他の闇夜の一座からの情報が、動物を使った回路網から入ったものだった。動物から動物へ、あっという間に情報が駆け巡る。闇夜の一座は様々な役割をそれぞれの特徴を生かし、繋がっている。闇夜の一座の役割としてポータァたちは、実行部隊になることが多いようだ。
旅の途中で闇夜の一座の仕事を、リューフも手伝った。闇夜の一座の巧みな技に加えて、リューフの魔法はとても役に立った。リューフの魔法は、身近なものを操ったり光や火、風や土、そのものの持つ力を引き出したりするものが多かった。
リューフの目的である竜までの道筋と、闇夜の一座の旅の道筋は今重なっている。一緒に旅する仲間も出来た。全てが順調に行っている、そんな気がするのだが、リューフには一抹の不安があった。旅が順調だからこそ、余計にそれは感じられる。速馬隊に追いつくことが新たな目的になったリューフは、少し悩んでいた。速馬隊が追いつめたところで、傷の回復した竜は、それこそその気になれば、一瞬で空を駆け抜けてしまうだろう。だが、情報を得る度に、竜との距離が縮まっている。何故だろうと思った。
「どうしたんだ? リューフ浮かない顔して」
「ポータァ。竜は、僕の思い違いなのかも知れないけど、竜にも何か目的があるのかも知れない」
「……何か思い当たる節があるのか?」
「もし良ければ他の里のエルフに、会ってみたい。少し聞きたいことがあるんだ」
リューフは俯きながら焚き火の火をいじった。ポータァはそんなリューフを見て、それから遠くを見てこう言った。
「リューフお前が決めたことならきっと正解に近づいているんだろう。リューフ。でもな、俺達に出来ることは何でもしてやりたい。俺達はお前の真っ直ぐなところが大好きだ。ここでお前と別れるのは忍びない」
「それでも確かめたいことがあるんだ」
「わかった。最後にはエルフの里にお前を連れて行く。それを俺達に依頼してくれ」
ポータァはすくっと立ち上がると、酒瓶を片手にテントへと行ってしまった。
エルフの里「ハータベム」そこに着いて、リューフはエルフに告げられた。
「お前からは穢れた波動を感じる。里の平和のためにもここには近寄らないでほしい」
リューフは、それが黒竜と関わってできた、呪いなのかもしれないと、顔面が蒼白になった。暗澹とするリューフを見てポータァは、あまりにも冷たすぎるんじゃないかと憤激していたが、仲間たちが押さえ込んで静めた。
馬を走らせ、一座はセラの元居た街に入った。依頼が無事完遂出来ることで、闇夜の一座の面々と、リューフは手持ち無沙汰になった。セラの飼い主の街を歩いて回った。広く交易の発達した街だった。それはずっと里で暮らしてきたリューフにとって初めての体験だった。情報の流通も盛んな街は、飛び交う話題の数々はどれもリューフの聞きなれない言葉だった。街の至る所で屋台が開き、甘味処や、新鮮な果実や酒や煙草などの趣向品も多々あった。なかでも一番驚いたのは帆船だ。里にいた頃は一面木々の生い茂る森だったから、その大きな見た目でも水に浮いたり、大気の流れを利用して海を進む技術などは、目を見張るものがあった。実際に触れてみないとわからないことがある。外界を知らずに生きているエルフは、人間の使うことわざで、夏の虫氷を疑うという言葉がピタリと合うらしい。広い世界を見たリューフはある決断をした。
「みんな、今までの旅ありがとう。本当に楽しいことの連続だった。でも僕はまだやらなきゃいけないことがある。それに僕の呪われた運命に君たちを巻き込みたくない。だから寂しいけどみんなとはここで別れる」
「水臭いこというなよ、リューフ。一緒に旅をした仲じゃないか。困ったときは頼って良いんだぜ。それに今度はお前が俺たちに依頼してくれればいい、旅のよしみだ何でも言ってくれていい」
サーダルが優しく声をかけてくれた。
「セラを送り届けてからでも遅くはないじゃないのかい?」
と、レヴィ。
「もうリューフと別れるなんてオイラ嫌だよ」
「しかたないさ、リューフには目的がある。これ以上引き止めるのは野暮ってもんだ」
駄々をこねるマロウをウィルキが制した。
「ミュー」
セラも寂しそうに鳴いている。後ろ髪をひかれる思いで、セラを撫でる。リューフは皆の気持ちが分かったが、セラを送り届けてからまた旅に出ることを決めた。
セラの飼い主は、まじめを絵に描いたような青年だった。名前はアーサー。彼も闇夜の一座の一人だった。アーサーは金融にまつわる仕事をしていて、闇夜の一座の金融を一挙に任されている。セラを彼の元に届けて、すぐ発とうと思ったのだが、生憎とアーサーは外出していた。従者に連れられ、広い豪奢な屋敷の中へと案内された。屋敷に入ると見上げる程に高い、肖像画や高そうな調度品に囲まれて、リューフは緊張した。アーサーの商売が繁盛してか、屋敷は大変立派なものだった。そんなものもポータァは慣れたもので、ソファに座る姿は、ふてぶてしいと言っても良かった。客間で出された芳馨な香りの紅茶を飲み、幾ばくか待っていると、玄関の扉を開けて入ってくるものがいた。アーサーだ。そばかすの浮かぶ気立ての良さそうな顔立ちと、金色の髪の碧眼。リューフは意外に思った。アーサーは純粋な『人』だった。
「いや~依頼とはいえ、遠いところからよく来たね。待たせて済まない。ちょっと掛かりつけの案件があってね」
「随分景気が良いようだな」
「そうなんだ。最近物流関係の仕事を開業したばかりでね。今もこれからも暫らくは四苦八苦さ」
「手広くやり過ぎて足元救われるなよ、まぁお前なら大丈夫だろうが。それで、依頼していたネズミネコのことだが、どうする?」
とポータァが言うと、リューフにセラを見せるように促した。セラはリューフが腰に着けていたポーチから顔を出し、キュウキュウと鳴きながらリューフの体を動き回ると、肩に乗って止まった。
「へぇ、これは驚いた。警戒心の強いネズミネコがこんなに懐いているとは。」
リューフは被っていた外套を取ると、腕を伸ばしてセラに手の先に行くように促した。セラは指の先で止まると、アーサーをじっと見ていた。
「これは恐れ入った。エルフ……そうか君はエルフなんだね」
人里に下りてくるエルフは確かに珍しい。アーサーはリューフがエルフと分かると神妙な面持ちに変わった。
「君が関係しているかは分からないけど、市場に来ていた行商人が噂してたんだ、東の森が燃えたらしい。軍による大規模な焼き討ちみたいだ」
リューフの顔は青ざめていく。耳の奥が凍っていくような気分になる。嫌な予感がする。あの竜の火息で里の若い衆はほとんど死んでしまった。
「モータムフの里のエルフ達はどうなりました?」
「エルフ達は散り散りになって逃げたけど、怪我人や女子供が多かったからか、大部分が城に連れていかれたそうだよ。その里が君の故郷なんだね。君は逃げてきた風には見えないがどうしてこの街に?」
リューフは身の上を話すと、アーサーは考えるようにして言った。
「ポータァ次の依頼でこの子の里を救ってはくれないか?」
「俺たちだけで軍を敵にまわそうってのは、少し具合が悪いな……戦うなら今より味方が大勢必要だ」
「一座を召集しよう、座長には僕から使いを出しておく」
「ルシオ座長か、あの人は今どこに?」
「灯火の街ラープに」
「そうか、なら合流するのは遅れるな。道中の者を連れて先に仕掛けるか」
「ポータァ!いいのかい、軍と事を構えるなんて。死人が出てもおかしくない。それに僕は里を追放された身、関係ない君たちを危険な目に遭わせるには……」
ポータァはリューフの両肩に手を置くと首を振った。
「悪しきを挫き、弱きを助けるのがうちの掟だ。それに仲間の危機に手を貸さないわけにはいかないだろ? 関係ないなんて言うなよ」
「ポータァ……ありがとう」
一刻も早くプラテナの元へ向かおう、体の弱いあの子はきっと捕まっているに違いない。酷く怯えていることだろう。
「彼女は君に与えよう」
アーサーはセラことを指さして言った。
「そんな、頂けません」
「そうだぞ、何のためにコイツを奪取したと思ってんだ」
「その方が彼女のためになると思ってのことだよ。賃金はきちんと払う。人に、いや、エルフに懐いているネズミネコなんて、見られただけでも価値があるよ。それに今は忙しい。どこに手を借りても足りないくらいだ。こんな時に、彼女を家の籠の中に閉じ込めているなんてそれこそ可哀想だと思わないか?」
「それはそうだが……」
恋しそうに窺がうセラの眼差しに、リューフの真っ直ぐな眼が重なる。二人は心で承諾し合った。
「わかりました。僕に預けてくれるなら責任を持ってこの子を養います」
アーサーは自分の考えの正しさに納得した。それじゃぁと言い残すと、アーサーは仕事に帰った。
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