第2話『竜の火~そして~』

 竜の火。天と魔に司られし、竜の持つ力の一つ、何者にも寄せ付けぬ拒絶の表れ。焼き尽くす滅びの火の力は、やはり凄まじいものだった。中央に押し寄せようとしていた甲冑の兵団の前線と、それを押し留めようとしていた、エルフ達が一瞬で消し炭と化した。それもただの一撃で。甲冑の兵団は、一時的にせよ退却を余儀なくされ、エルフ側は未だ目の前にいる脅威に、何かしかの答えを出さなくてはならない。宙を飛ぶ黒竜に、エルフの長リーベルトは言った。

「竜よ! あなたにはこの戦場! 戦いの後をどう見ている! いや、戦いの何を見てきた! あなたは敵であるイルダスとガンタレスの兵のみならず、数少ない同胞の命まで奪った! 返答しだいではあなたを敵とみなし我々は防衛しなければならない!」

 空中に翼をはためかせ、黒竜はじっとリーベルトの言葉を聞いていた。しかし、黒竜は何も返答たる素振りをせず、ただそこにいた。

 リューフは、火柱をたてたのが黒竜だと分かると、居てもたってもいられなり、ついに、妹を抱えたまま、中央の広間に来た。そしてその惨状を見る。灰ではなく影となった人や、物が、むしろ皆、均等に放射状に、綺麗に黒く焼け焦げていた。だからそれが一体誰なのか、何をしようとしていたのかだってわからない。ただ想像ばかりが駆け巡り、深い憤りと哀しみの気持ちで胸がいっぱいになった。妹を広場の火の力にあっていない場所に降ろすと、リューフは言った。

「君が……君がこれをやったんだね。どうしてこんなことを……こんなことならあの時君を道端の石か何かだと思っていれば良かったよ!」

 そう言うと、自然と両の眼から涙が流れた。この焼け焦げた死体の中にきっとフェルゲンもいるだろうと思うと、自然と涙が頬を伝う。神殿の中で震えている子供たちの父親や母親が、変わり果てた姿になっているのだと思うと、涙は止まらない。そして、あの時あんな感情を持った相手が、こんなことをしたのかと思うと、怒りが湧いてきた。キッと眼光を光らせ、竜を睨むリューフ。それに応じるかのように、竜もリューフの眼をジッと見ていた。しばらくの間、プラテナの声がするまで静寂が続いた。

「母様!」

 広場の南側で倒れているハミルトンを、プラテナが見つけた。妹の声を聞き、我に返るリューフ。すぐさま駆け寄り抱き起こす。

「母さん!」

 一見して、焼けただれたような外傷は少なかったが、それよりも目の傷害が酷かった。両の目を開けたままなのに、光の無い暗闇で、自分の前のものを手探りするように、ハミルトンは手をふらふらとさせていた。そして、

「リューフ、前が見えないの。皆を守ろうと私も広場に来たんだけど、いきなり一筋の光の塊がドーンって。それから白ばっかりで何も見えないの。リューフ、私のまぶた閉じている?もしかして母さん間違えているかもしれないから……」

 ハミルトンの目は開いている、だがその澄んだ青い瞳は、皮肉にもさらに純度を増して美しくなっていた。あたりを見渡すと、目に傷害を負った人は、ハミルトンの他にもたくさんいた。皆同様に異常なほどに青く澄んだ瞳、純血のエルフの象徴となる色。あの火柱を、間近で見たものは、皆、そうなのだろう。広間から遠く離れた家から見ても、眼が眩む程だったのだ。あの輝く火。何より悔しいのは、あの火柱をリューフは美しいと思ってしまったことだった。

 

 事態は思わぬ方向へと向かう。ガンタレス兵団からの竜への攻撃命令が下り、矢が放たれることだった。それもあらかじめ国の名をなのり、放つ時刻していしてのことだ。

 竜をめがけて矢を放つということは、あの火息をまともに相手すると言うことだ。それに、方角的にリューフ達のいる広場にまで、矢が飛んでくることになる。竜の動向も気になるが、急いで身を隠さなくてはならない。また竜がいつ火息を使うかも分からない。リューフも皆にならって、目の見えぬハミルトンと、プラテナを連れ、屋内に入るが、リューフはその際も、竜から目を離すことが出来なかった。竜も同じくリューフから視線を離すことはしなかった。

 それから後の始末をつけるのは存外、簡単なことだった。竜を追撃するガンタレスの兵団と撤退していったイスダルの兵団。残されたエルフ達にはやることがあった。やることは簡単だった。被害の一番大きい中央の広場は竜の放たれた火息が、きれいな円を描くように広がっていて、そのけずられた箇所を、埋めるだけで済むからだった。しかし広場のレンガは、新たに継ぎ足せば良い、生えていた木々も、森から植え替えるだけで良い。だが、掛け替えの無いものを多く失った。黒く残った影は触ると指にこびりつく。骸は辺りの灰と、一緒くたになってしまい判別がつかない。そこで長であるリーベルトは、神殿で使われている箒を、聖水で清め、それで灰を集めた。葬儀はしめやかに行われた。

 そしてリューフの処遇である。下されたのは里からの追放処分。この先、永遠に里への足を踏み入れることを禁じられた。処分を受け、家に戻り荷造りをするリューフ。

「兄様! 兄様は悪くない! 傷ついた者を助けることが罪になるとしたらどう考えてもおかしいわ!」

 すがるプラテナに兄はこう言う。

「自分の行動には責任を持たなくちゃいけない。それに事実は事理明白、僕が助けた竜が皆を焼き殺した。それだけだ」

「でも…」

「母さんを! 母さんを頼んだよ、プラテナ。たった二人きりの家族なんだ、二人とも健やかに過ごしてほしい」

 そう言ってリューフは、今まで入ることの無かった、ハミルトンの部屋の、更にもう一つ奥の部屋に入った。体が入ると、少し窮屈さを感じる小部屋。中には雑多モノが床に綺麗に揃えて並んでいたり、整理されて棚に入っている品々や、壁にかけかけられている武具があった。そしてそこの正面に飾られていた、一振りの剣に目をやった。一目で父の残したものだとわかった。それを手に取る。想像していたよりも重たいと感じた。この重みが、時に人を傷つけ、命を奪い、時に命を守り、助けることになるということを、しかと感じ、願った。

 身支度が整うと、急に寂しさがこみ上げ、涙がこぼれ落ちそうになる。剣の柄に手をやり、上を見上げる背中は、プラテナに、もう光しか感じることの出来ない母ハミルトンの瞳に、どう写っただろう。

 リューフはドアを開け、足を踏み出すと、もう後ろを振り返ることはなかった。

 

 リューフの当面の旅の目的は、あの竜に追いつくことだった。と言うより、そうしなければ齢十四歳、故郷を離れ一人で生きていくには、目的や目標などがなければ挫けそうになってしまうからである。話を聞けば竜は、ガンタレス軍の矢の雨から逃げるため、東へ進路を取ったという情報を掴んだ。里から出て、いくつかの村や集落で、情報の糸を手繰っても確かなことだった。あの竜と、もう一度会えることになったらどうなるだろう。この剣で、その両の眼を潰してしまえば気も晴れるのだろうか。それとも心臓を抉り取り、炭になるまで焼き尽くしてしまえば良いのだろうか。わからない、答えが出ない。だからもう一度あの黒竜に会って、その時その瞬間に感じた感覚で、答えを出そうと思った。

 旅路の途中、暖を取るのは簡単なことだった。火を熾すには魔法があったからだ。リューフは、セームで学んだ魔法の中、火を操るのは得意な方だった。それと食料となるものの狩りも、普段からやっていたことで、野うさぎや野鳥の取り方は心得ていたし、調理もハミルトンから学び、セームに通う同年代の生徒たちより長けていた。ハミルトンが集いで遅くなる時は、リューフが夕餉を代わりに作っていた。今日は、昼間に立ち寄った村から、ヤギのミルクと野菜をいくつか分けてもらったので、持参した固いパンや干し肉と合わせてシチューを作ることにした。

 春の寒さには慣れていたつもりなのだが、一人分の食事を用意している最中は、なんともわびしさを感じた。だから自然と体の温まる料理が増えた。


 そんな旅にも慣れてきた頃、一つのサーカスの一座に出会った。いや、最初はサーカス一座とは言えない、ある種、偶発的なものだった。

 

 竜を追いながら一つの街に入った。路銀が尽きてきたので、リューフはギルド(雇用斡旋所)に行き、商人の用心棒として雇われた。仕事は非常に分かりやすく、夕刻から商人の下に行って、雑務をしこなし、夜間に、隣街へ荷を運ぶ護衛を行うということ。 

 昼過ぎに宿屋から起きて、ギルドの集会所を見ると、自分と同じように仕事を依頼されたであろう、頭にターバンを巻いた若い男がいた。

「やぁ、君がリューフか。歳は十四だから俺のほうが二つ先輩か! よろしく頼むよ、少年!」

 と、男は気さくな感じで、見た目からして豹を思わせるような、柔らかくしなやかで、それでいて、鋭さも兼ね備えている……まさにそんな印象を受けた。

「よろしくお願いします、僕の名前を知っていたんですね。僕はあなたの名前を知りません。てっきり一人で任されるものだと思っていましたから」

 そう言うと男は噴き出すように大笑いをあげた。それも夏の太陽のようなサンサンと眩しい、そんな笑い方だった。

「はっはっはぁ~、少年。それは本気で言っているのかい? いや、本気じゃなかったらそんな顔はしないよな! すまない! 思いがけない返答なもんで、くくくくく……思わず笑ってしまったよ! 紹介が遅れた、俺の名はポータァ。ポーターじゃない、タの後にちゃんとァを入れて呼んでくれよな!」

 そう言って褐色の右手を差し出した。その体の後ろをプラプラと揺れる、黄色と茶色の尻尾が見えた。そう自分とは違う、褐色の肌と毛皮を持つ種族、ポータァはケルフ族だった。瞳の色も、爛々と輝く黄の色。その色は、他人を魅了するような深みと、容易く肌の肉をそぎ落とされそうな危うさがあった。不思議な人だとリューフは思い、同じく右手を差し出し、ポータァの熱を感じた。手を繋いだ一瞬、グイッっとリューフは手を引かれ、ポータァにぶつかりそうになった。が、さらにその一瞬、ポータァは左手でリューフの肩を取り、抱き寄せられる形になった。そして耳元でこう囁かれた。

「今夜は楽しくなりそうだ」

 と。戸惑いを隠せずリューフの顔が、頭が熱くなる。リューフは、とっさに転げそうになりながらも、後ろへと勢いよく飛んだ。そして、後ろに積んであった、酒樽の山に突っ込んだ。樽の一つが割れ、リューフは全身に酒をもろに被り、顔は火照るは、体からはまだ口にしたことも無い刺激的な香りに包まれ、てんやわんやになってしまった。それを見てポータァは、眼を丸くして、また大笑いをあげた。

「あ~はっはっはっはっはぁ~いや、すまない! あんまりにも可愛らしいものをみつけたもんだから、つい悪戯心がくすぐられてね! しかしこうまでなるとは! くくくくくく、すまないどうやら笑いは止めれそうにない、お詫びに酒で濡れちまった服を上から下まで一式俺が身支度を整えてやろう、それと風呂代もだ」

 あまりに突然のことが多くて、リューフは「……はい」と答えるしかなかった。

 俺もついでだと、ポータァは一緒に風呂屋へ連れて行き、二人は日々の疲れを洗い流した。湯上りに涼んでいると、ついでだと言って、リューフの長い若草色の髪も、器用に三つ編みに編んでもらった。風呂屋から出ると、服装を揃えに、仕立て屋と武具屋に向かった。肌触りの良く、気の締まる深緑を貴重とした肌着と、軽くても頑丈なガントレットや脛当てをポータァに買ってもらった。リューフは、服や武具の値段を聞くたびに、

「こんな高価なもの頂けません! 服は洗濯すればまだ着れますし……」

 と言ったが、

「そんな服はどこにあると思う? もぉここにはないぜ。さっきいたじいさんにみんなくれてやった!」

 と、なにからなにまで、ポータァに主導権を握られっぱなしだった。

 結局、ポータァの言う通り、リューフの身支度は、夜の護衛の時間までに済んでしまった。そして、これもポータァの言うと通り、護衛にかり出されているのは、リューフが思っていたより多かった。全部で8人。今は山道の暗がりを、松明の明かりを頼りに、警戒しながら二列縦隊で行進している。ギルドの寄り合い所に、ポータァしかいなかったのは何故だろう? ふと疑問に思う。

「お前さんがこの仕事に就けたのは、きっとその剣のおかげだぜ」

とポータァは囁くように言う。

「剣?」

 なるほど確かに、この父の剣を、ギルドの主人が見て決めたのなら納得がいく。旅に出る前、父の部屋で見つけた時、抜き身の刃の鮮やかさに驚いた。鏡のように磨きぬかれ、濡れているかのような刃。父がいない合間も、母の手入れを怠っていなかったのだろう。それは刀鍛冶が、打ち出した時のままの輝きを放っていた。

 ポータァやギルドの主人のような凄腕には、きっとそれを抜かずともわかるんだろうと思った。

「ポータァは何故この仕事を?」

 とリューフは聞く。

「そらな、なんてったって仕事の割りに報酬は良い。誰が聞いたって断る理由は無いさ」

「そうかぁ、商人の護衛なんて初めてするけど……」

「馬鹿‼ …そうゆうことは小さい声で言うんだよ!」

「ごめん、でも本当なんだ。いつもこんなにも大勢で荷物を守らなくちゃいけないのかなって思って」

 商人の荷馬車に括られている荷物の量は、それと言って多くは無く、むしろ少ないくらいだった。

「それはな、積んでいる荷物のせいさ」

「荷物? そんなに特別なものでも運ぶのかい?」

「それは仕事をする前に確認することだ、一体仕事をなんだと思ってんだ! そうゆうことはギルドの戸を叩く前から心得てなくちゃいけないんだぞ!」

「そんなに怒らないで、僕はただ荷馬車で運ぶ商人を護衛してほしいってだけかと」

「かぁ~~~こりゃやっぱり本物だったか。いいか!よく聞け、少年! 今回俺達が護衛してるのは……」

バサバサバサバサッ! 不意に闇夜に黒衣をはためかせる音が響いた。そして……

「おっと、いけねぇ……時間だったか……!」

 と、横にいたポータァも、音にまぎれていつの間にかいなくなっていた。

「明かりを!明かりをあげろ!」

 と、荷馬車の上で商人は叫んだ。リューフも持っていた松明を、音のした方に向けると、鋭い気配と共に、キラリと光る青刃が、リューフの袖口を狙っていた。松明の光が、刃先に反射する。すぐに松明を離して刃を躱すと、光の加護賜る呪文を唱えた。魔法で暗闇でも、物を捉える夜眼の力を授かり、辺りを見渡した。すると、護衛と商人を除く、4人の影を見つけた。この中に、先ほどの青刃の持ち主がいるのかと、心して剣を抜こうと思った時、リューフの手は、そのまま剣の使を握ったまま、ガシッっと抑えられた。そして耳元で聞き慣れた声がする。

「まぁ少年、落ち着きなさいな」

 ポータァはそう言うと、リューフが動けないように縄を使って器用に縛った。リューフは身動きが取れずに地面に転がった。すると、ポータァは荷台にのぼり、何やらゴソゴソと物色しているようだった。ポータァそんなことしちゃいけない!と叫ぼうとしたが、しっかりと猿ぐつわまでされていて、うまく声が出せない。地べたを這いつくばっていると、ひょいっと体が宙に浮いた。するとガッシリとした肩の上に、担ぎ上げられる形で、リューフは男にその身をさらわれた。

「君がリューフか、反応の良い活きのいい少年だ」

 ぐっと視線が高くなる。筋肉質な大男の肩だ。大男の顔を確認しようにも、見えるのは大きな背中か、その大男の後ろの光景だけである。

――ポータァ、君はそんな奴だとは……あぁ、なんてことだ。お目当てのものが……ん?

 急速に荷馬車から離れているのと、大男が走る振動で上下にブレて良く見えないが、ポータァは、ポータァが荷車から取り出した小さなそれと、何やらケンカをしているようだった。そこまでのことが見えただけで、後は革袋を頭に被せられ、視界は暗闇に覆われた。

 

 それから袋が取れたのには、しばらくの時間が経ってからだった。いきなりの外の光に顔をしかめてしまったが、埃くさい倉庫のような場所のようだ。だんだんと眼が光に慣れると、自分の他に五人程の人がいるのがわかった。そしてその中の一人に、同じく護衛についていた、ポータァの姿があるのもわかった。手首の縄だけを残して、猿ぐつわも体の縄も一緒に取られていた。だが、喉が渇いていて、うまく声が出せない。

「ポ、ポータァどうして君が……」

 そこまでの声がやっとのこと出た。

「お前さんならそう言うと思っていたよ、少年。すまないね。まずは話が出来るヤツか、そこを試した」

 そう言うとポータァは、リューフを座れる体勢にして、革袋に入った水を出した。

「ゴホッそれは……そうしたかったなら最初から言えば良いんだ……こんな真似までして君は何がしたいんだ」

「こんな真似をしなくちゃいけないのさ、俺らは。何せ人一倍、臆病者なんだから」

 ――臆病? 出会って話したあの時間で、僕はこの人は強い人なんだと思っていたのに……。

リューフは自分の感覚が麻痺してきた。

「とにかく水を、まずは何に置いてもそれからだ。毒なんて盛ってないし、それを疑ってないのも俺には分かる。だからまず水を飲んでくれ」

 リューフは差し出されるまま口を開け、水を飲んだ。冷たく冷えた水は体中を巡り、熱っぽく渇いていた体に、染み渡るようだった。水を飲み終えると、そのままポータァは縄を解いてくれた。彼の強い眼差しに負けないように、リューフも眼に力を宿した。するとふとポータァは力を抜き、やれやれと言わんばかりに、首を数回横に振った。そして、

「すまない少年。いや、リューフ。全てありのまま話すよ。そのままでいい、聞いてくれ」

「……あぁ」

「ありがとう。俺達は普段はサーカスを生業とする一座をやっている。まぁ今回みたいにギルドから仕事を貰うこともあるが、それは世を忍ぶ仮の姿なんだ……団員はここにいる五人を含め、各地にその形態は様々で多くの同志がいる。まだ顔も見たことの無い奴らもいるってことさ。そしてその同志たる由縁は義賊であるかって所だ。今回みたいに悪い商人から品を取り返すのはざらなこと。権力を身勝手に振るう領主や、人を騙して財を成した奴なんかを逆に騙してとっちめたりするんだ。それと強過ぎて有り余る力を、俺達のように正義のために使ってくれるヤツを探すのが俺達の役目だ」

「……それで今回はあの商人が悪者で、何か悪いことしたわけだ。積み荷の何かをどこかから奪い取ったってわけかい?」

「ん……まぁそうだ。まぁ確かに奪い返したは良いが、今日のはちょっとな……」

 なんとも歯切れの悪い返答である。まだ話されていないことがあると感じ、ポータァに話の先を促すと、それは助かると、さっきよりも、と言うより出会ったときの軽やさに声の調子が戻っていた。

「今回の仕事はちと特別でな、実際まだ片付いたわけじゃないんだ」

 そう言うとポータァは、団員の一人に目配せをすると、その団員が一度外へ出、また中に戻った。手には、籠の様なものを持っていた。それをポータァに手渡すと、倉庫の壁の方にまた戻った。籠の中には、手のひらに乗るくらいの大きさで、耳がピクッと尖り、瞳は碧く、体の毛は灰色と桜色の、可愛らしいネズミネコの子供が、神経を尖らせていた。

「可愛い……ポータァ。これが、いや、彼女を取り返すのが仕事だったんだね」

「良く一目でメスってわかったな……まぁ俺でも手なずけられないじゃじゃ馬だがね。今回は、そいつの産みの親が不慮の事故で死んじまってな……。希少種のそいつは本当なら自然に帰してやらなきゃならねぇ……。だが母親が死んだとき、一人残されたこいつを、またこれもお前みたいなお人よしが拾ってな。一人でもやっていけるくらいに育てたんだ。それをあの商人は闇市で見せ物にすれば金をたんまりと稼げるって盗みをやらかしたんだ。そしてそれを俺らが取り返したという訳だ」

「その商人が盗んだっていう証拠はあるのかい?」

「依頼したその旦那に会って話を聞いてもらうしかないだろうな。あとは俺達が勝手にやったことだ。俺達を信用してもらうしかないと話は前に進まない」

 と、ポータァは腕組みをして鼻をフンッと鳴らした。

「じゃぁ……この娘に聞いてみる。籠から出してやってくれないか?」

 と、言うとポータァは慌てた声で

「おいおい! 話を聞いてたのか⁉ 俺でもてこずる……いや、まぁいい。おい」

と、ポータァは、壁ぎわに立つ団員の一人に、入り口をしっかり守るように言った。

「いいか……出すぞ……!」

「うん」

 籠の小さな入り口が開く、その前からリューフの目と、小さなネズミネコの小さな目は合っていた。ちょこちょこと入り口を出る。リューフの差し出した手に飛び乗ると、ネコネズミの子供は、リューフの身体の上を嬉しそうに駆け回った。すると、壁ぎわにいた団員の一人が「凄ぇ」と声を思わず洩らし、その横でせせら笑う声がした。

「……マジかよ、こいつは驚いた」

 と、ポータァは呆気に取られていた。

「ポータァ。もぉわかっただろう。この子はそうゆう子なんだ。それに、いい加減俺達の紹介もして貰えるか?」

 と、倉庫の左の隅にいた男が声を上げた。

「ここまできたらあとはその子次第さ、俺達もそれ相応の覚悟をしなくちゃいけないのは皆わかってるよな?」

「その通り」「はいはい」「もちろん!」

 隅の男とポータァ以外がそれぞれの答えで応じた。

「で、エルフの里から一人旅を強いられた人とエルフのハーフエルフの子、リューフは我々『闇夜の一座』の一員になるのかい?」

 と、選択を迫られたリューフだったが、事態が余りにトントン拍子に進んでいくもので、戸惑いを隠せずにいた。それに……

「あの申し訳ないんですが……その……お腹が空いてしまって……話はそれからでも良いですか?」

 と、言うと倉庫にいたリューフ以外の皆が「こいつは良い」とどっと笑い声があがった。

 

リューフと闇夜の一座の5人は、先の街で揃って夕食を取った。商人を裏切ったポータァをまだ疑うことは出来るが、その顔、そしてポータァを囲むような家族のような人達を見ると、それでも良いかと言う気になってしまう。不思議なことだ。だが、あの竜に出会った時に似た感覚が、リューフと闇夜の一座との間にあった。だからこそ用心をと思うのだが、みんなの楽しそうな笑顔をみると、これで良いと誰かに背中を押される気もしている。リューフは内側でも納得していた。

そして、食事の最中、

「僕も……一座の仲間に入れてください!」

 と、リューフは言った。あの倉庫から、御馳走になった鳥のモモ肉を噛みしめている最中もずっと考え、自分の利益と理性と決断力で導いた答えだ。この先どうなろうと、それの責任は自分で背負う覚悟と、納得のいく誇りをかけられるほどのことだ。リューフは闇夜の一座と旅をすることを決めた。それがあんな苦難な道とはまだ知らずに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る