四年に一度のあの日には

沖田 葉奈

第1話

【伊藤春人の場合】


「ねぇ、今年の29日はみんなで集まろうよ。」


そう秋山由希が声を掛けてきたのはあの日の前日だった。突然後ろから声を掛けられてびっくりしたのだが、伊藤春人にとっては片思いの相手に声を掛けられたのだから驚いたのは違った意味でのこともあった。


「明日みんなで映画見ない?映画なら止まることないんだし。」


いつもの4人で過ごそうという提案だ。

「いいけど、でもその間の一時間の内容は忘れちゃうけどいいの?」

「いいのいいの、どうせ忘れちゃうなら皆で集まってた方が楽しくない?柊也君もいいでしょ?」


近くにいた中山柊也に声をかける。

「いいんじゃない、どうせ家にいたってやることないんだし。」


集合時間や集まる映画館を決めたところで数学の佐藤先生が教室に入ってきた。

「じゃあ後で夏奈にも伝えておくね。」

そう言い残して由希は足早に自分の机に戻っていく。


閏年の2月29日の12時から一時間、世界中で時が止まるようになった。詳しくいえば時というより体が動かなくなると言った方が近い。初めてこの現象が起こったのは僕が生まれる前だから20年位前からということになる。この奇妙な現象は何の前触れもなく起こった。時が止まる。体が動かなくなる。


小学校に入ったくらいから春人はこの一時間を快適に過ごすことに躍起になっていた。CDプレイヤーやテレビの映像はどうやら時が止まっている間も動くらしいことが分かっていたから中学の時は音楽を聴いて過ごしていた。厄介なのは時が動き出すと同時にその間の記憶が失われてしまうことだ。せっかく楽しんだことも感覚的には途中から音楽が流れるようなものだから結局何も聴いていたか覚えていない。。寝て過ごすのが吉だとは分かっているがせっかくの四年に一度しかないこの日を寝て過ごすのはどこかもったいない気がして結局いつも何かしらのことをしていた。



「出掛けてくるね」家族に声を掛けてから家を出る。

外は少し肌寒かった。ここ何日かはずっと同じような天気だったから時間停止との関係は特にない。そうはいってもみんなソワソワしてるな。すれ違う人の顔はいつもと少し違う。歩行者の間をすり抜け待ち合わせの駅へと向かう。

「春人遅いぞ」 柊也の一言目を聞く限りどうやら僕は遅刻したようだ。

「ホントに?俺の時計だと時間ピッタリなんだけど。」

「その時計多分遅れてるぞ。ほら見ろ俺のより10分遅い。」

昨日までは合ってたんだけどなぁ、と嘘に近い、というよりほぼ嘘なのだが言い訳をする頃にはもう誰も聞いてない。


時が止まるまではまだ時間があったから早めの昼食を取ったり買い物をしにショッピングモールへ行き、映画までの時間をつぶした。その後最新作のアニメ映画を観るために映画館へと向かった。


「もうそろそろで始まるな。」

席に座ってから柊也が話しかけてきた。

「そうだな」と返事をしたはいいが、映画の話か時間停止のことだったか。


ブーーーーーーーーー

突然の音に体がびくっと震える。開演前のブザーが鳴り響いた。


時が止まっていないことに気づいたのは頭にカメラ被ったスーツ姿の男がサイレンを被った警官風の男に取り押さえられる映像が流れたあたりだった。周囲を見渡す。そこでようやく動いているのが自分だけということに気付いた。


【中山柊也の場合】


12時から上演される映画が始まると同時に体が止まる。声も出せない。かろうじて耳は機能するのが幸いだが、あくまで「幸い」程度にしか柊也にとっては感じられない。もう何回も体験しているとはいえ4年に1度であるし体が全く動かない感覚は慣れないものだ。

上映されている映画、といってもまだ場内での撮影禁止を警告する映像だが、スクリーンに意識を移す。声が出ない分うるさい客がいたとしても静かに映画を楽しめるはいいことだな、と考えて自分は意外とのんきだな、と思う。

そんなのんきさも隣に座っていたやつが立ち上がり始めたら流石に驚かざるを得ない。

(え……?)

周囲を不安げにキョロキョロする春人を見る限り驚いているのは自分だけではないようだった。

(なんで動けるんだよ、お前)

もしかしたら自分も動けるのかもしれないと思い体を動かそうとするが動かない。

「なんで動けるんだよ…」小声で呟く声が聞こえる。やっぱりお前もそう思うよな。


【秋山由希の場合】


「12時まであと少しだね」


映画館の席で隣に座る横山夏奈が話しかけてくる。

「来ちゃうね。4年に1度のビッグイベントが」


笑いながら返事をする。オリンピックやW杯のような4年に1度開催するイベントに比べて時間停止はそれほど嬉しくはない。だからこそせめて楽しく過ごそうと皆を誘ったのである。そう改めて考えていると映画が始まった。


(来た …。やっぱり慣れないよね、この体が動かない感じ。)


そう思っていると離れた席に座っていたはずの春人が立ち上がったのだから驚いて声も出ない。実際に声は出せないのだが。

(なんで春人君動けるの…?)

そう思ったと同時に春人の呟く声が聞こえる。


【伊藤春人の場合】


なぜ動けるのか。必死に頭を回す。思わず立ち上がった。立ち上がってから、上映中は立たない方が良かったかと自分の置かれている状況にふさわしくないことを心配する。とりあえず春人は出口の方へと向かった。

重い扉を開けて外に出る。映画館のスタッフの視線が刺さる。意味があるとは思えないがスタッフに軽く会釈をする。外へと出ると寒い風が肌を通り抜ける。風の音以外何も聞こえない。1人孤独を感じつつも、この一時間をどのように過ごすか考える。せっかくの1人きりの世界で映画を見て過ごすのは少しつまらない。


あちこち出掛けたが結局人が動かなければ遊園地のアトラクションもお店もただの物体でしかないと分かる。

「みんなの所戻るか」

これが本当の独り言だと気づき苦笑する。時計を確認するとまだ1時までは時間があった。このまま戻って席につき1時を迎えれば皆記憶は無くなるのだから、変わらず過ごせるだろうと考え映画館の方へと足を向けた。


席に戻ろうとすると由希のことが目に入る。好きな相手が全く動いていないのは不思議な感じだ。

(今なら何を言ってもバレないよな…)

正確にいえば相手には聞こえているのだが1時になれば告白したことも由希は忘れてしまうに違いない。まだ1時まで10分あるな。腕時計を確認してから春人は心を決めた。


【秋山由希の場合】


「大丈夫、バレないよな…」

春人が何か呟いている。なんで動けるのかだったり色々聴きたいことがあるし、それに心の声が漏れてるよ!と指摘したいけれど声を出すことは出来ない。春人が私の顔を見つめる。夕焼けのように顔が赤い。

「前々から言おうと思ってたんだけど…」

ドラマで聞いたことのあるような枕詞が聞こえる。目の前で春人はもじもじとしている。

何を言いたいか春人の様子からありありと伝わってくる。告白しようとしていることはすぐに分かった。

(返事をしたい…。でも1時になったら忘れちゃう。…お願い時間止まって…!)

時間は止まっているのだがそんなこと気にも留めない。


気が付くと体が動いた。 どうやら1時になったようだ。それと同時に目の前に春人が立っていることに気づき驚く。

「好きだ…付き合ってくれ」

そう聞こえた。聞き間違いじゃないよね?

頭の中が真っ白になるのが分かった。


【伊藤春人の場合】


「好きだ…付き合ってくれ」

言ったあとで館内が少し騒がしくなったことに気づく。

(あれ…?)

目の前の由希は混乱しているように見えた。慌てて時計を確認するが1時にはまだ10分早い。けれど世界が動き出したことは事実なのだから今さらどうしようもない。

(やばい…聞こえちゃったよな…)

体から湯気が出るのじゃないかと思うほど体が熱くなっているのを感じる。

席に戻れば誤魔化せるか。席の方を見る。驚きと興奮が混じったような顔の柊也がこちらを見ている。映画など見向きもしていない。我に返り席に戻ろうとすると声が聞こえた。


「私も春人君のこと好きだった…」


確かにそう聞こえた。



























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