05.07 「僕を捨ててった人なんでしょ?」

 僕のことをお姉様と呼ぶ女の子が現れた翌朝。

 寝ている父さんを叩き起こして緊急家族会議を開催する。


 「朝っぱらから何なんだ。こっちは今日帰ってきたんだぞ。も少し寝かせろ」


 威張るところじゃないぞ。呑みすぎて終電逃しただけなんだから。そんなことより、朝は時間がないんだよ。


 「単刀直入に言うけど、僕に妹って居るのかなあ。凜愛姫りあら姫花ひめか以外に」

 「何言ってんだ、とおる。んなもん居るわけねーだろ」

 「そうだよねー。父さんに限って執事が居るような家の人とそんな関係になるわけないか。やっぱ何かの――」

 「執事?」


 何、急に真剣に。二日酔いで今にも吐きそうな顔してたくせにさ。


 「その娘、なんて名前だ?」

 「名前は訊きそびれたけど、たしか鳳凰院ほうおういんって言ってたような」

 「そうね。名執なとりさんって言ったかしら、執事の人。鳳凰院ほうおういん家に仕えてるって言ってたかな」

 「鳳凰院ほうおういん……、名執なとり……」

 「まさか……、隠し子……」

 「そんなんじゃねえ」


 じゃあ、何なんだよ。


 「とおる、もう行かないと」

 「えっ、でも」

 「遅刻しちゃうよ?」

 「続きは今夜にしよっ? お義父とうさんもそれでいいよね」

 「あ、ああ」


 もう、酔っ払いを起こすのに手こずったせいだ。殆ど話が出来なかったよ。


 「今日は呑まずに帰って来てよね」

 「解ってる、とっとと行け」

 「義母かあさん、馬鹿親父がごめん……」

 「大丈夫よ。仮にそうだとしても私と出会う前の事なんだから。まあ、今も続いてるようなら只じゃ済まさないけど?」

 「とおるっ」

 「あ、うん、行ってきます」


 しかし気になるな、父さんの反応。心当たりがあるみたいじゃん。あー、もう、モヤモヤする。


    ◇◇◇


 「おはようございます、お姉様。ついでに、そちらの方も」

 「おはよう……」

 「ついでって……」


 もう遅刻寸前なんだけど、自称妹は校門で待っていた。色々訊きたいことがあるけど時間がないか。

 風紀委員長が遅刻とかダメだよね、やっぱり。


 「ごめん、時間ないから行くね」

 「はい。放課後、ここでお待ちしております」


    ◇◇◇


 そして放課後。

 約束通り遅くまで待っててくれたみたいだ。


 「お姉様、昨日は名乗ることもせず、申し訳ありませんでした。私は鳳凰院ほうおういん 透華とうかと申します。お姉様と同じ透明の透に中華の華と書いて透華とうかです」

 「同じ字……」

 「はい。お姉様と同じ一字をいただきました」

 「いただいたって……」


 父さんはたけしだから頂きようもないし、あと関係するとしたら祖父母だけど、どっちも透なんて字は付かないしな。5代先までご先祖様を辿っても誰一人として透という字は付いていない。そもそも、それだったら妹の存在を知っててもいいはずだよね。

 だとしたら、残る可能性は……


 「君の……、君の母さんの名前は……」

 「母の名は透子とうこといいます」

 「透子とうこ……」


 一度だけその名で呼ばれたことがある気がする。いつだったのか覚えてないけど。

 僕の透って字は母さんの一字を貰ったのかもしれない。この娘の言ってることが本当ならば、なんだけど。


 「たけしって名前に心当たりは無いかな」

 「そのような方は存じ上げませんが」

 「やっぱり」


 もしこの娘との間に繋がりがあるとしたら、母さんという事なんだ。

 僕を産んだ後何処かに行ってしまった顔も知らない人……。戸籍上も何の繋がりもない人……


 「はい。同じ母親から産まれた、正真正銘血を分けた姉妹でございます」

 「同じ母親って、とおる……」

 「まあ、可能性はあるかもね。父さんも亡くなったとは言ってなかったしさ」


 っていうか、僕を産んだ人の事な何も聞かされてない。じいちゃんもばあちゃんも何も言ってなかったし、そもそも僕自身が気にもしていなかった。


    ◇◇◇


 その夜、約束通り寄り道しないで帰宅した父さんを交えて緊急家族会議を再開する。


 「妹だっていう女の子の名前、透華とうかなんだって。僕の透に中華の華って書くんみたいだよ」

 「そうか……」

 「やっぱ、父さんの隠し子?」

 「馬鹿なこと言うなっ」

 「だよね。でも、あの娘は僕の妹なんだよね?」

 「それは……」

 「あの娘のお母さん、透子とうこっていうみたい。父さん、僕のことその名で呼んだことあったよね?」


 思い出した。入学式の朝だ。制服姿の僕を見てその名で呼んだんだ。それって、似てるってことなの?


 「……」


 でも、さっきから何も答えようとしない父さん。これじゃ会議にならないんだけどさ。


 「僕を捨ててった人なんでしょ?」

 「そんな言い方をするなっ。彼女は……、彼女には彼女の事情が……」


 否定しないんだ。でも、事情って何さ。子供を捨てて出ていく程の事情ってさ。


 「とおるちゃんはどうしたい? その人と会ってみたいのかな?」

 「判らない。僕を捨てた理由ぐらいは訊きたいけど、聞いた所でどうにかなるわけでもないし……。どうこうしたいわけでもない」


 意識したら少しモヤモヤしてきたかも。透華とうかちゃんとはどう接していけば良いんだろう。僕の知らない母親の愛情を独り占めしてきた妹と……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る