05.06 「お姉様……」

 「姫神ひめがみさんそっくりな娘が附属中に入学したってほんとか?」

 「ああ。ちょっと幼い感じだけど、そっくりだっだぜ」

 「ちょっと幼い姫神ひめがみさんか……、いいかもな」

 「天使だろ、それ」


 またその噂か。

 姫神ひめがみって言っても、私じゃなくてとおるのことなんだけどね。男子の間でとおる似の中学生の噂が持ちきりになっている。何でも、姉妹としか思えないほどそっくりなんだとか。


 「おい、あれって例の……」

 「ああ」

 「確かに似てるな」


 昼休み、教室の外が騒がしくなってきた。そう、例の女の子がやってきたのだ。


 「あの……、姫神ひめがみさんは……」


 おどおどしながらも、誰にともなくそう尋ねてきた。当然、みんなの視線は私に向く訳で……


 「えっと、姫神ひめがみなら私なんだけど」

 「えっ、違……」

 「探してるのはとおるの方かな?」

 「は、はい」

 「ごめんねー、生徒会長に呼ばれて行っちゃったのよね。何か伝えておくことある?」

 「大丈夫……です。自分で……。また出直します」


 確かにとおるに似てるかも。しかも、態々高等部の教室に訪ねてくるだなんて。赤の他人じゃなさそうよね、とおるとは。


    ◇◇◇


 そして、放課後。

 教室を出ると、昼休みにやって来た女の子が待っていた。中等部の授業はとっくに終わってるはずなのに、ずっと待ってたんだ。


 「とおるお姉様……」


 とおるの顔を見るなり、緊張気味だった表情がぱあっと明るくなる。

 っていうか、お姉様? 聞いてないんだけど、そんな話。


 「うーん、凜愛姫りあらに妹いたっけ?」

 「ちゃんと聞いてなかったの? 彼女、とおるお姉様って言ったのよ?」

 「そうだけど、僕には心当たりがないし、凜愛姫りあらの妹でも僕は姉って事になるよね?」

 「私にも心当たりが、というか、居ないわよ、妹なんて」

 「じゃあ、僕の妹なの? 何かの勘違いとか?」


 とおるにも心当たりがないのか。この娘はいったい……


 「姫神ひめがみ とおるさん……、ですよね」

 「うん、それは僕の名前で間違いないけど」

 「お姉様……」

 「うわあ」


 彼女はいきなりとおるに抱きつき、泣き始めてしまった。もちろん、嬉しそうに、だけど。やっと逢えたって感じ?


 「勘違いとかじゃ無さそうね」

 「どう……かな」


 とか言いながら、しっかり頭を撫でちゃってるし。女の子に抱きつかれたら自然とそうなっちゃうのかな? とおるお姉様は。

 とはいえ、このまま放っておくわけにもいかないか。


 「とりあえず、送っていってあげようか、この娘」

 「うん」


 嬉しそうにとおると手を繋いで歩く女の子。こうして並んで見ると、本当に良く似てるな。仲の良い姉妹にしか見えないよ。


 中学の後輩だっていう女の子といい、妹だという女の子といい、ちょっと心配になっちゃうんだけど、私。あと、しずかって人も気になるかな。とおるとはどういう関係だったんだろう。

 とおるの記憶は当てにならないしな……


 校門前には、彼女の迎えと思われる車が停まっていた。


 「お嬢様、心配いたしました。さあ、お車へ」

 「ごめんなさい、名執なとり。どうしてもお姉様にお逢いしたくて」

 「では、このお方が……。申し遅れました、わたくし、鳳凰院ほうおういん家に仕える名執なとり 賢事けんじと申します。以後、お見知りおきを」

 「姫神ひめがみ とおるです。こっちは義妹いもうとの――」

 「凜愛姫りあらです」


 義妹いもうとかぁ。まあ、赤の他人に恋人ですって紹介しないもんね、普通。女の子同士だし?


 「お姉様に妹……。私以外の……」


 えっと、そんなに睨まれても……ね。それに妹ならもう一人居るよ? 私も嫉妬しちゃうぐらいとおるがべったりな女の子がね。


 「お嬢様、さあ参りましょう。大旦那様もご心配されておられるでしょうから」

 「名執なとり……」

 「では、これにて失礼致します」


 こうして、とおる似の自称妹は去っていった。


 「似てるよね、とおるに」

 「うん……。緊急家族会議だね。父さんを尋問しなきゃ」

 「とおるって、お義父とうさんには似てないよね。お母さん似って事なのかな」

 「……」

 「ごめん、無神経だった」

 「ううん、僕にも義母かあさんができたから。帰ろっか」

 「うん。手、繋ご」


 捕まえとかないととおるが何処かに行っちゃいそう。

 もう二度と離したくない。

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