05.02 「天使だ……」

 いよいよ凜愛姫りあらが治療を受ける日がやって来た。

 点滴で薬剤を投与するだけなんだけど、発病したときと同様に高熱を伴うとかで、念の為入院することになるみたい。個人差はあるけど、だいたい5日ぐらいなんだって。


 問題は、治療を行う医者だ。そう、目の前にいる墨でもかぶったような真っ黒な長髪、ド近眼にしかみえないメガネ、おまけにぽっこり膨らんだお腹の持ち主。胡散臭さ全開の小太り男がとんでもないことを言いだした。


 「治療の過程を映像として記録したいのですが、宜しいでしょうか。勿論、学術的な目的のみでそれ以外には用いないことを約束します」

 「治療の過程、ですか?」

 「そうですね。具体的に言うと、体が変化していく過程を観察できればと」

 「はあ? ダメに決まってるじゃん、そんなの。何このエロ医者」

 「エロ医者って、だからあくまでも学術的な目的で――」

 「体の変化が顕著に現れるのは二箇所。それを記録するなんてエロい目的に決まってるじゃん」


 凜愛姫りあらのそんなとこを録画しようだなんて、こいつ、絶対凜愛姫りあらに近づけたらダメだ。


 「いや、だから学術的な目的であってね、僕の個人的な趣味という訳じゃ無いんだよ」

 「兎に角、ダメなものはダメ。他にまともなドクター居ないの? この病院」

 「そもそも、僕は本人と保護者の方に訊いているのであって、君に訊いているわけじゃ無いんだけどね」

 「本人だって拒否するに決まってるだろ、そんなの。ねえ、凜愛姫りあら

 「うん。目的はともあれ、それを記録されるのは嫌かな、かなり」


 ほらみろ。


 「という事で、担当医の交代を要求します」

 「生憎、皆手一杯でね。今担当出来るのは僕だけだ」

 「じゃあ、あの人は?」

 「あの人って、彼女は……」

 「暇そうにしてるじゃん」


 だって、ここに居るって事はそういうことだよね。


 「馬鹿、何を――」

 「いいよ、須久奈すくな君」

 「大穴牟おおなむち先生……」

 「彼、いや彼女は私が担当しよう」

 「しかし――」

 「身内の方に此処まで嫌われたんじゃ仕方ないだろう」

 「申し訳ありません」


 今まで遠くからエロ医者とのやり取りを眺めてるだけだった女医が近づいてくる。同時に、エロ医者が後ろに下がり、なんだか申し訳無さそうにしてる……、かと思いきや、僕の事を睨んでるみたいだ。ううー、気色悪いぞ、その顔。


 「で、君は彼女の何なんだい?」

 「恋人ですけど?」

 「恋人ね。じゃあ君も?」

 「そう」

 「何なら一緒に治療受けるかい? 特別に同室にしてあげるよ?」

 「それは遠慮しておこうかな。僕が治療を受けるのは凜愛姫りあらが元に戻ってから。だって男同士ってありえないもん」

 「まあ、それは一方的な物の見方でしかないんだが、いいのかい? 彼女はそれで」

 「とおるが嫌なら私はそれでいいかな」

 「そう。私は大穴牟おおなむち 千乃ちの。貴女の担当を引き受けるわ」

 「エロ医者は入室禁止ね」

 「はいはい。須久奈すくな君もそれで良いわね」

 「……はい」


 ざまあみろ、エロ医者め。って思いを表情で伝えてみる。


 「くっ」


 うん、伝わったみたいだ。


    ◇◇◇


 そして、凜愛姫りあらの治療が始まった。

 個室で点滴を受け、しばらくすると発熱が始まる。苦しそうだし、手を握っていてあげたい。義母かあさんは付き添えないから、僕が付き添うって言ったんだけど、未成年はダメなんだって。

 仕方ないから、盗聴器や隠しカメラが無いことを確認して、念の為にドアに向けてカメラを設置しておく。カメラはラズパイに繋いで、画像の20%以上に変化が生じたら静止画を僕のサーバにアップするように設定してね。

 勿論、カメラもWiFiもちゃんと許可を取った上だから、エロ医者もそのことは認識してるはず。

 それに、サーバ側で顔認識して、エロ医者が侵入したら僕に通知が来るようにしたから心配はしなくても大丈夫かな。


 僕は……、治療が終わるのを待つだけ。

 治療で変わっていく姿を見られたくないんだって。だから、面会にも行かない。エロ医者と違って見たいわけじゃ無いから、こっそり病室の前まで行って、エロ医者に警戒してたけどね。


 そして、5日後。僕はいつものように病室の前に来ている。

 ドクターの話しでは、順調に行けば今日あたり治療も終わるだろうとのことだった。ここに居れば凜愛姫りあらが戻ったら直ぐに会うことが出来る。


 「戻ってるっ、私、元に戻ってるっ!」


 その時がやって来た。病室から嬉しそうな女の子の声が聞こえる。これ、凜愛姫りあらの声だ。


 「凜愛姫りあら……、上手くいったんだね」

 「とおる、来てたのね。入っていいよ」

 「いいの?」

 「うん」


 ゆっくりとドアを開け、凜愛姫りあらを探す。


 「……………………天使だ……」

 「とおる?」


 ベッドに天使が腰掛けていた。紛れもない、初めて会った時と同じ天使のような女の子が。発熱が続いた所為か消耗しているようにも見えるけど、そこには嬉しそうに微笑む凜愛姫りあらが居た。


 「元に戻ったんだね」

 「うん、私、元に戻れた。戻れたんだよ、とおる

 「うん、やったよ、凜愛姫りあら。あの時の凜愛姫りあらだ」


 暫く2人で抱き合って泣いた。

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