05.03 「決めた。私がなんとかする」

 胸には柔らかな膨らみがあるのが解る。

 足の間には……、うん、大丈夫。異物はないっ!

 恐る恐る鏡を覗き込む。


 「戻ってるっ、私、元に戻ってるっ!」


 鏡に映るのは発病前の私だ。ちょっと痩せてるけど間違いない。嬉しくて思わず声が漏れる。


 「凜愛姫りあら……、上手くいったんだね」

 「とおる、来てたのね。入っていいよ」

 「いいの?」

 「うん」


 ゆっくりとドアが開き、遠慮気味にとおるが入ってくる。


 「……………………天使だ……」

 「とおる?」


 外で待っててくれたんだ。にしても、天使だなんて。


 「元に戻ったんだね」

 「うん、私、元に戻れた。戻れたんだよ、とおる

 「うん、やったよ、凜愛姫りあら。あの時の凜愛姫りあらだ」


 暫くの間2人で抱き合って泣いた。私、本当に戻れたんだ。女の子に戻れたんだ。


 結局、精密検査を受けたりと家に帰れたのは2日後だったんだけど、とおるは毎日面会に来てくれたし退院の日も迎えに来てくれていた。


 退院すると、というか、帰りのタクシーの中からずっとなんだけど、今まで以上にとおるがくっついてくる。

 流石にトイレも一緒になんて言わなかったけど、お風呂は一緒にはいろうって。お風呂はまだちょっとね。


 それに、精密検査の結果、ちょっと気になることもあるし……


    ◇◇◇


 数日後、とおるが入院する日がやって来た。次はとおるの番だ。

 神様、今まで信じたことも無かったけど、どうかとおるを元に戻して下さい。


 「大穴牟おおなむち先生をお願いしますっ!」

 「ええっと、大分嫌われてしまっているようだね。今回は記録の要請を――」

 「大穴牟おおなむち先生じゃないなら、治療しなくても構わないっ」

 「とおる、嫌だよ、そんなの」

 「でもさぁ、こんな変態に体中調べられると思うと……」

 「まあ、そうなるわよね」

 「大穴牟おおなむち先生」

 「須久奈すくな君、いいわよ、彼も私が担当するわ」


 とおるの強い希望により、大穴牟おおなむち先生が担当してくれることに。えっと、何だろう、とおるの勝ち誇ったみたいな表情は。須久奈すくな先生もなんだかとっても悔しそうなんだけど。


 ともあれ、私のときと同じ様に投薬が行われる。でも……


 「あれっ? 発熱するんじゃ……」

 「うん。私の時は40度近い発熱が続いたって聞いたけど」

 「だよね。個人差、なのかな……。まさか、あのエロ医者、腹癒せに薬をすり替えたとか」

 「流石にそれは無いんじゃない?」


 結局、3日経っても5日経っても変化は現れず、ドクターから残酷な宣告が行われることになる。


 「残念ですが、ご子息には効果が無いようですね」

 「そんなっ、どうするんだ、とおる

 「僕に言われてもどうしようも無いんだけど……、採取しとけば良かったね、凜愛姫りあら

 「もう、こんな時に馬鹿なこと言わないの」


 何考えてるのよ、とおるったら。


 「そういえば確認してなかったんだけどさ。僕が女の子のままでも恋人で居てくれる?」

 「……意外と余裕があるのね、とおる

 「まあね。病状からして想定はしてたからね」


 やっぱり、脳まで侵食されちゃってるのかな。

 ずっと私と……、その……、したがってたし……


 「凜愛姫りあら、顔赤いよ?」

 「えっ、何でも無い……。決めた。私がなんとかする。新薬を開発してとおるを元に戻してあげるね」


 うん、絶対とおるを元に戻すっ。とおるは今のままでもいいみたいだけど、私はとおるをもとに戻して……、

 とおるを戻してちゃんと……


 「凜愛姫りあら、熱ある? 大丈夫?」

 「だ、大丈夫。ちょっと暑くなってきただけ」

 「期待してるわよ、凜愛姫りあら、主席だもんねっ。このまま孫の顔が見られないなんて嫌よ」


 孫って、母さんまでそんな……


 「そう言えば、ディズニーどうしようか。キャンパス何とか?」

 「もうチケット買っちゃったしね。それに、いきなり学校でってより先に知らせたいかな、二人には」

 「武神たけがみさんも元に戻ってたりしてね」

 「とおるもそう思ってたんだ」

 「だって、刃瑠香はるかだよ?」


    ◇◇◇


 夢の国へと向かう当日早朝。


 「とおるさん、そちらの女性はひょっとして」

 「伊織いおり改め凜愛姫りあら。僕の義妹いもうとで、恋人の凜愛姫りあらちゃんですっ!」

 「女の子だったと……」

 「黙っててごめんね。その……、これからも友達で居てくれるかなあ」

 「勿論ですわ。想定済みの事ですもの」


 想定済み、だったんだ。


 「ところでとおるさん、女の子同士で問題ないのかしら?」

 「うん。だって僕は元々男だからねー。今回は薬が効かなかったけど」

 「男だった……」


 うわ、武神たけがみさん、とおるの事好きだったもんね。ショック受けてるかも……


 「そうですか。覚えていますか? とおるさん。一緒にお風呂に入ったときのこと」


 とおるに詰め寄る水無みなさん。男だったなんて言っちゃったらそうなるよね。


 「えっと……はい。ごめんなさい……」

 「先に謝られてしまうと告白しづらいのですが……」

 「「告白?」」

 「言ったはずですよ? 貴方が元に戻るまで待つと。でもカミングアウトしてしまったのですから、もうその必要もありませんわね。私、とおるさんの事が好きです」

 「へ? 確か伊織いおりが気になってるって……」

 「はい。ライバルとして、ですけど」


 ライバルって、水無みなさんは本当にとおるが好きなの?


 「水無みな、知ってたのかい? とおるさんの事も」

 「勿論ですわ。情報を制するものが全てを制す、といいますもの」

 「じゃあ知っててとおると一緒にお風呂に……」

 「それは、単純に興味がありましたので、何処まで変化しているのかと。あとはそうですね、ライバルに差を付けるため、ですかね。どうでしたか? 私の体」

 「……」


 とおるに腕を絡ませ、胸を押し付ける水無みなさん。何処まで変化……、差を付けるって……


 「とおる水無みなさんと何したの?」

 「えーっと、何したんだっけな。記憶が……」

 「もう、都合が悪いことは全部記憶の所為にするんだからあ」


 ほんと、何処までしたのよ、水無みなさんと……

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