03.02 「仕事、みたいなんだけど」

 「おっはよ〜、凜愛姫りあら〜」

 「おはよう、とおる

 「はい、お弁当♪」

 「う、うん。ありがとう」

 「ん?」

 「なんか、すっかり女の子だなーって」

 「そうかなー」


 ブートキャンプから帰ってきてから、いや正確にはキャンプファイヤーの前で一緒に泣いたときからかも知れない。とおるはこんな風に女の子みたいになってしまった。まるで元々そうであったみたいに。


 「そうよねー、何かあったの? とおるちゃん」

 「しいて言えば、凜愛姫りあらと仲良くなれたことかな〜」

 「そんな甘えた声出してると又変な噂が立つんじゃない?」

 「こんなの凜愛姫りあらにだけだもん。それに凜愛姫りあらが守ってくれるでしょ?」

 「えーっと、まあそうだけど」


 そんな事を言われると守ってあげたくなってしまうのはホルモンバランスの影響なんだろうか。とおるもそうなのかな。


 「さあ、二人共、いちゃいちゃしてないで朝ゴハン食べちゃいなさい」

 「は〜い」

 「別に、いちゃいちゃなんて……」


 最近はずっと一緒に登校している。とおるは腕を組みたがるけど、流石にそれはね。嫌なわけじゃないんだけど、誰が見てるか判らないから。


 「誰も気にしないと思うよ? 姉弟なんだしさぁ」

 「姉弟っていっても義理の姉弟なんだから、可能性が無いわけじゃないでしょ」


 無いわけじゃ……


 「そうなの?」

 「……、少なくとも、結婚出来ないわけじゃ無いんじゃ……」

 「結婚?」

 「い、一般論としてよ。調べたわけじゃないけど血は繋がってないわけだし」

 「ふ〜ん。僕は嫌だな。例え凜愛姫りあらでも、男にあんなことされるのなんて想像したくもないもん」

 「私だってそんなこと……」


 想像したことないんだから。


 「あーあ〜、元に戻れたらいいのになー」

 「元に、戻れたら?」

 「うん。そしたら凜愛姫りあらと……、いや、何でも無い」

 「言い掛けといて止めないでよ、気になるじゃない」

 「何でも無いって」

 「もう、ちゃんと言いなさいよ」

 「やーだー。あっ、そろそろ他の生徒に聞かれちゃうよ。そんな女の子みたいな話し方してたらまずいんじゃないの?」

 「そうね。そろそろ意識しないといけないね」

 「ふふっ、伊織いおりになった」


 意識して男の子っぽく話すようにしてたんだけど、とおると2人きりだとつい昔の口調に戻ってしまう。とおるは全然昔のままじゃないのに。


 放課後は別々に帰宅する。何かやりたいことがあるみたいで、授業が終わるとあっという間に居なくなってしまう。

 私は水無みなさん達と部活の体験かな。特選は授業が終わるのが遅いから実際に入るかどうかは分からないけど、体験ぐらいはしておきたいもの。


 土曜日は午前中だけ授業があるから、水無みなさん達とランチしてから帰るのがここ何回かの過ごし方。

 とおるも誘ったんだけど、やはり用事があるとかで先に帰ってしまう。でも、とおるが帰ってくるのは私よりも遅くて、帰ってきたらそのまま部屋に篭ってしまう。日曜日も食事以外は部屋から出てこないし。お母さんの話しでは、ずっとパソコンに向かってるみたいなんだけど、折角前みたいに仲良くなれたのに、ちょっとつまんない。


 そうこうしている間にGWに突入。母の日が近いからと、珍しくとおるから誘ってくれたので、2人で中華街に。

 まず向かったのは、衣装をレンタル出来て、写真撮影もしてもらえるところ。


 「ねえねえ、2人でチャイナドレス着ちゃおうよ」


 とおるが手に持つのは、赤と黒のチャイナドレス。


 「私は、こっちでいい……」


 私は無難そうな黒いカンフー服を選んだ。


 「えー、似合うと思うのにぃ」


 似合うとかそういう問題じゃなくて。この体でチャイナドレスはちょっとね。とおるはヘアアレンジのオプションまで付けて、チャイナ風お団子ヘアーに。


 「とおる……」

 「伊織いおり、かっこいいねっ」

 「うん、ありがと。とおるも凄く可愛いよ」

 「えへへ。伊織いおりに言われると凄く嬉しい」


 可愛いというか、ボディーラインが強調されて、スリットから見える白い足も何かこう……


 「では、こちらへどうぞ」


 ポーズはカメラマンに言われるままなんだけど、結構密着させようとするんだよね。とおるったら甘い香りがするし、なんかドキドキしちゃうのは私だけなのかなぁ。


 撮影が終わったらそのまま中華街へと繰り出す。衣装は夕方までに返せばいいみたい。


 「じゃあ、いこっか」

 「ちょっと、そんなにくっつかないでよ」

 「いいじゃーん。ん? もしかして体が反応しちゃう?」

 「それは……、もう、とおるなんか知らない」

 「冗談だってばー。待ってよ伊織いおり


 一度は振り切ったものの、人混みが凄くて逸れないようにってとおるが腕を絡ませて来た。


 「だから、そんなにくっつかないでって」

 「嫌?」

 「嫌じゃ……ないけど」


 きっと、ホルモンバランスがおかしなことになってるんだ。そうに違いない。


 そのまま元町のジュエリーショップへ行き、母の日のプレゼントを選ぶのだと言うとおる

 四芒星の中心にダイヤモンドがはめ込まれてるのが気に入ったみたいなんだけど……


 「とおる、それ、10万もしてるよ?」

 「うん、平気平気。初めての母の日だしね」


 そうか、とおるって……


 「でも、そんなに出せない……かな」


 とおると違って私はアルバイトもしてないから、その金額はちょっとね。


 「お金の事は心配しなくていいから」

 「でも、それじゃ私は……。私のお母さんなのに」

 「僕一人じゃ買いに来れなかったしね。二人からって事でいいじゃん。それに、今は僕の義母かあさんでもあるしねっ」

 「そうだね。じゃあ、ちゃんと返すから、今は貸しておいて」

 「いいってば」

 「そういうわけにはいかないから」

 「うーん、どうしてもって言うなら、体で払っちゃう?」

 「体、で……」

 「えっと……、ごめん」


 顔真っ赤にするぐらいなら言わないでよねっ。もう、ほんと今日はドキドキする。


 結局、衣装のレンタルも、母の日のプレゼントも、最後に買ったお土産の月餅の詰め合わせも、費用は全部とおる持ちだった。


 「全部僕がやってみたかったことばっかりだし、いい仕事が見つかったから気にしなくていいよ」


 って言ってたけど何の仕事? ずっとパソコンに向かってるみたいだし、変な事始めたんじゃないよね……


    ◇◇◇


 GWが終わったらまた忙しいって。


 「とおるさん、相変わらず忙しそうだね」

 「仕事、みたいなんだけど」

 「何の仕事か気になってる、ってところかしら?」

 「うん、まあ」

 「だったら、後をつけてみようか。土曜日は何処かにでかけてるんだろ? とおるさん」

 「そうだけど……」


 こそこそ後をつけるなんて気は進まないけど、訊いても教えてくれないからな。


 「なんだか面白そうですわね、私も参加させていただきますわ」

 「じゃあ、決まりだね。今週の土曜日、授業が終わったら密かにとおるさんを尾行しよう」

 「う、うん……」


 まあ、着いてくるなとは言われてないか。


    ◇◇◇


 そして、その土曜日。

 私達はとおるを尾行し、小太りのオジサンと密会している現場を押さえてしまったのだった。

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