02.12 「ふーん、綺麗な人よね」

 ブートキャンプ開け最初の登校日。


 凜愛姫りあらとはなんとなく仲良くなれて、今日は初めて一緒に登校してるんだ。そうそう、お弁当も受け取って貰えたんだよ。


 学校に近づくと、正門の前に生徒会長が立っていた。

 いつものように、黒タイツだ。僕も真似しようかな、黒タイツ。いっそ、短パン履いたらパンツ気にしなくても済むかも。


 「おはよう、姫神ひめがみさん」

 「「おはようございます」」

 「君は確か代表挨拶をした……、姫神ひめがみくんだったかしら。なるほど、2人は夫婦というわけね」

 「ふ、夫婦?」


 からかわれ慣れてないんだろうか。凜愛姫りあらが変な声をあげて顔を赤らめている。


 「だいたいから年齢的に無理じゃないですか。伊織いおりは僕の義弟おとうとですよ」

 「確かにそうだわね。では二人共私とお付き合いを始めるということでいいかしら?」

 「何でそうなるんですか」

 「私、可愛ければ性別は気にしないタイプなの。姫神ひめがみさんも気にしなくていいわよ?」

 「気にしなくていいんですか?」


 会長、美人だし性別気にしないなら僕でもいいのかなぁ……

 ちょっと性格は微妙な気がしてきたけど……


 「とおる?」

 「ん? 何?」


 僕は女の子意外と付き合いたいとは思わないけど、凜愛姫りあらはどうなんだろう。


 「これ、貴女にあげるわ」

 「鍵?」

 「2人の愛の巣を用意してみたの。姫神ひめがみくんも一緒だとは思わなかっらからこれしか無いのだけれど。ごめんなさいね」

 「こんな鍵を使うって……兎小屋ですか?」


 会長に渡されたそれはどうみても南京錠の鍵程度にしか見えないんだもん。


 「まあ、そんなところね。新年度早々、校内で嫌がらせ行為があったようなので下駄箱もロッカーも施錠できるものに変更することにしたの。1年生のは既に交換済みよ。あなたたちがブートキャンプに行っている間にね。本来は鍵も自分で用意してもらうんだけど、もう毛虫もうんちも踏み潰したくは無いのではなくて?」

 「そんなことされてたの? とおる……」

 「まあ、毛虫は勝手に入ってきちゃっただけかも知れないんだけどね」

 「そんなことあるはずないから」

 「そうなんだ……。ありがとうございます、会長」

 「大した金額でもないから気にしなくてもいいわ。そうねぇ、どうしてもと言うなら体で払ってもらっても構わなくてよ?」

 「えっと、体ですか……」


 男に戻ったらいつでも体で払わせてもらうんだけどな……


 「とおる?」

 「えっ、いや、何でも無いよ?」


 もしかして僕の心が読めるの?


 「流石に体でっていうのは……」

 「あら、残念ね。気が変わったらいつでも言ってね。じゃあ、私はこれで。またね」

 「ありがとうございました」


 軽く手を振ってから颯爽と歩いていく会長。


 「会長と知り合いだったんだ」

 「知り合いっていうか、うんちが入ってた時に助けてくれたんだ。会長が居なかったら異臭を漂わせながら購買まで行くとこだったよ」

 「ふーん、綺麗な人よね」

 「凜愛姫りあら?」

 「その名前で呼ばないでっ」

 「ごめん。でも僕には凜愛姫りあらだから」

 「しょうがないなぁ。でも他の人が居る時は止めてよね」

 「うん、わかった。凜愛姫りあら♪」


 下駄箱にもロッカーにもしっかりと鍵が掛けられていた。しかも、ロッカーを開けると教科書が2倍に増えていて、“使い古しでよかったらどうぞ! 貴女の神楽より” なんてメモが添えられていた。

 神楽って誰だっけ?


 「会長の教科書? しかもこんなに書き込みが。あの人、いつも全教科満点だって噂なんだけど……。ねえとおる、私のと交換しない?」

 「やだ」


 そんなお宝、手放すわけないじゃん。まあ見せてあげてもいいけどねー。

 思い出した、会長って神楽って名乗ってたんだった。


 程なくしてホームルームの時間となる。

 何だか、臨時の全校集会とかで、教室に設置されている大型モニターに会長の姿が映し出され、真面目な感じで話し始めた。


 『校内で噂になっている件についてですが、事実無根であり、全ては加害生徒による嫌がらせであることが判明しています』


 会長の言葉に続いて次々と証拠映像が流される。

 って、これ、僕が受けてた嫌がらせのことじゃん。


 男子トイレに入っていく女子生徒と、入り口で周囲を警戒する女子生徒。偶然やってきた男子生徒が見張り役の引き止めも虚しくトイレに入るも、出てきたのは先に入った女子生徒と一緒だった映像。続いてトイレの募集広告、例のセフレ募集の広告ね。21位さんのロッカーから教科書を取り出して僕のロッカーに入れてる映像。それから、きゃーきゃー言いながら箸で摘んだうんちを下駄箱に入れてる女子2人組とか。これ、さっきと同じ2人だよね。体育館の用具置き場に入っていく3人。トイレの件の3人だ。マットを広げてパンツ脱いじゃってるし! って思ったら、映像はそこまで。朝からその先を流すわけにもいかないか。朝じゃなくてもダメかな? 最後は、“セキュリティ関連業務を委託している者”というテロップ付きて、スーツ姿のオジサンがいる部屋に例の2人が入ってくる。ここでもパンツ脱いじゃってるし……

 プライバシーに配慮してか、顔はモザイク処理されていたけど、髪型や仕草からそれが誰であるかは明らかだった。特に特選の生徒にとってはね。証拠映像が流れてる間、ずっと俯いてるし。


 『これらの行為によって3人は退学処分となるでしょう』


 だって。


 「そんなっ、お前の所為だぞ。どうしてくれるっ」

 「はあ? 散々出しといて何言ってんの?」

 「くっ……」

 「だいたいから、笑顔振りまいてムカつくから落とそうって言い出したの玲那れなだよね。こんな男にヤらせて、その上退学だなんて……、どうしてくれるのよっ、玲那れな

 「あんたも成績心配だから姫神ひめがみを落とそうって言ったよね」


 会長の言葉を受けて、3人が内輪もめを始めた。


 「えっと……、皆さんお静かに……」


 副担任が止めようとしてるけど、そんな声じゃ無理じゃないかな。


 でも、僕が嫌がらせを受けた原因はそんなことだったのか。

 この高校では、試験の結果を受けて下位二名が下のクラスに落ちる。代わりに下のクラスから上位二名が上がってくるんだけど、僕が落ちればこの中の誰かは助かるもんね。あと一人何とかしなきゃなんだけど、21位さんも嫌がらせ受けてたのかな? 僕がやったことにしてさ。


 「あの……、姫神ひめがみさん、ごめんなさい。私、貴女が隠したんだと思いこんじゃって……」

 「まあ、そんなこともあるよ。気にしないで」

 「ありがとう」


 どうでもいいよ、そんなこと。ブートキャンプでの仕打ちに比べたらどうってこと無いから。まあ、それも勘違いが切欠だって言うのかな?

 っていうか、この人何て名前だったっけ。今更覚える気もしないけどさ。


 でも、これで僕がこのクラスの最下位になってしまうわけか。欠員出てても下位二名って2組行きなのかな……


 最後に、『根も葉もない噂話に惑わされること無く何とかかんとか』と締めくくる会長。何とかかんとかは……何言ってるのか解らなかったんだもん。


 直後の休憩時間。誤解が解けたとはいえ、初日みたいに皆んなが集まってくるなんてことは無かった。まあ、僕が寝ていると思って言いたい放題言ってくれたからね。声も掛けづらいんだろう。

 代わりに凜愛姫りあら水無みなが僕の所に来てくれる。あと武神たけがみさんもか。


 「名誉は回復されたみたいだね」


 こんな話し方だし、男子の制服着てるんだけど、刃瑠香はるかって名前なんだよね、武神たけがみさん。変に警戒してたけど、女の子だったんだよ、絶対。名前を変えなかったのは何か事情があるんだろうな。それとも、元に戻ってやるっていう強い意思とか?

 とにかく、元が女の子なら心配いらないかな。僕が男とどうこうなりたいと思ってないのと同じで、武神たけがみさんも女の子をどうこうしたいだなんて思ってないよね。発病前だろうが、後だろうが関係なくさ。


 これで、僕にも平和な高校生活が訪れた、のかな?

 友達いっぱいってわけにはいかなかったけど、凜愛姫りあらが居て、水無みなが居て、武神たけがみさんが居る。


 そうそう、ホームルームに担任が来なかったんだけど、辞職したんだって、一身上の都合とかで。会長って……

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