02.11 「折角のパーティーなんだから楽しまないと、ね?」

 「遅かったね、水無みな

 「ええ、一緒におやつを食べていましたので」

 「おやつ?」

 「今日一日、殆ど食べていなかったようですからね。少しばかりリラックスしてお腹も元気になったのでしょう。とは言え、かなり追い詰められてるようですわね」


 やっぱりそうなんだ……

 水無みなさんはお風呂から戻ってくるなりそう私に告げた。


 「無理して明るく振る舞っていたようなんですけれど、こうなってしまっては、ねぇ」

 「無理して……」


 本気で楽しんでるのかと思ってたのに、無理してたんだ、とおる。そんなことにも気づけなかっただなんて……


 「班編成の変更を申し出てみようか」

 「どうかしら。彼女と仲良くなりたいと思ってるクラスメイトがいればいいのですが。もちろん、男子は別の目的で仲良くなりたいんでしょうけど?」

 「だったらぼくたちが」

 「それもどうかしらね。意識していないみたいですけれど、刃瑠香はるかって女の子に人気がありますのよ? もちろん伊織いおりさんも。そんなお二人と同じ班になったりしたら他の女の子からはいい目では見られませんですわよね。最悪の場合、嫌がらせが今よりも酷くなることも考えられますわ」

 「だったらどうすれば……」

 「それは私にも……」


 結局、どうしたらいいのか判らないまま時間だけが過ぎていった。


 2日目の朝食。部屋割りは班ごとということは無かったんだけど、だいたい部屋ごとにまとまって来ているようだった。とおるの姿を探すと、ここでも離れた場所で一人ぽつんと食べていた。声を掛けようかとも思ったけど、昨日水無みなさんが言っていたこともあって躊躇していると、食器を下げて出て行ってしまった。今朝はちゃんと食べたんだろうか……

 今日も一日孤立したまま最後の夜を迎えてしまうのかな。

 天気が良ければキャンプファイヤーが行われる予定で、午後はその準備なんだけど、やっぱり一人だ。結局、日が落ちてキャンプファイヤーが始まってもずっと離れた所で一人で星空を眺めている。まるであの時のとおるみたい。ううん、あの時より酷い事になってるのかも。私が近づいても気づかないぐらいに。

 そう、気が付けば、足が勝手に動いていた。やっぱり放っておけないよ。


 「折角のパーティーなんだから楽しまないと、ね?」

 「……」


 無言で立ち去ろうとするとおるの手を掴む。


 「待って。……ごめんね、とおる

 「伊織いおり、泣いてるの?」

 「えっ? そんな事は……」

 「でも、涙が……」

 「あれっ、なんで……。そういうとおるだって泣いてるじゃない」

 「……うん。また凜愛姫りあらに逢えたから」

 「私……」


 またって……、しかも、凜愛姫りあらって……。とおるの中で今までの私は……。


 「とおるだって別人だったじゃない。貴方、そんな性格じゃなかったでしょ?」

 「それは、凜愛姫りあらに言われたから」

 「私に?」

 「うん。今みたいに。覚えてないの? 初めて逢った日のこと」

 「覚えてるけど……」

 「中学でも頑張ってみたんだけどね、今更って感じで何も変わらなかったんだよ。寧ろ酷くなったかな。だから高校生になったらって。僕の事を知ってる人が居ない所にいったらって。でも結局こんなことになっちゃった。ごめんね、凜愛姫りあら、僕には無理なんだ。何処に行っても嫌われるようにできてるんだよ」


 とおるが中学でクラスメイトに無視されていたってのは聞いていた。そのこともあって無理して明るく振る舞ってたのか。それに、とおるだってずっと男の子として生きてきて、それが突然……、なのに私は自分のことだけで精一杯で……

 とおるの方が頑張ってたのに……

 だから――


 「もう大丈夫だよ、とおるは私が守るから」

 「でも、僕と居たら凜愛姫りあらまで……」


 こんな時にまでそんな心配を……

 もしかして、『話しかけないで』って言ったのもそれを気にして……


 「大丈夫。もしそうなってもとおるは近くに居てくれるでしょ?」

 「いいの? 僕で」

 「うん。とおるは大切な人だよ……。今までごめんね、とおる

 「ううっ、凜愛姫りあらー」

 「ああ、もう、そんなに大きな声で呼ばないでよね。皆んなに聞こえちゃうでしょ」


 泣きじゃくるとおるを抱きしめ、頭を撫でてあげる。もう、本当に女の子みたいなんだから。


 暫くして、水無みなさんと武神たけがみさんがやって来た。


 「うまく仲直りできたようですけれど、少しは落ち着きましたか? とおるさん」

 「水無みな、うん。り、伊織いおりが大切な人だって言ってくれたんだ」

 「「大切な?」」

 「えっ、家族って意味だから……、ねえ、とおる

 「うん。伊織いおりは大切な家族だよ」

 「家族、ねぇ。まあそういうことにしておきましょうかしら? ね、武神たけがみさん」

 「あ、ああ。そうだね……って、そんなに警戒しなくても……」


 私の背中に隠れて警戒するとおる。最近男子からいろいろと言い寄られてたからなー、無理もないか。


 「大丈夫ですわよ、とおるさん。武神たけがみさんは貴女の思っているような人ではなくってよ?」

 「そうなの?」

 「うっ、どう思われていたかはあまり知りたくないが、友人として仲良くできたらと……」

 「そうですわね。私も友人として、仲良くしてくださいませ。また一緒にお風呂というのもいいですわね」

 「お、おふっ……」


 とおるったら顔を真っ赤にしちゃって。


 「とおる?」

 「ん? 何? お風呂ね。うん、いいんじゃないかなぁ。あははは」


 目も泳いじゃってるし……


 「お風呂で何かあったの? もしかして――」

 「何にもない、何にもない。ねえ、水無みな

 「ええ、お背中を流して差し上げただけですわ。あとは――」

 「そうそう。背中洗いっこしただけ」


 なんか怪しいけど、とおるが元気になったんならいいか。


 「何処に居るのかと思えば、班のメンバーを放ったらかして“うんち姫”と仲良くお喋りとはねぇ。君たちにも異臭がこびり着いてしまうんじゃないかな?」

 「いい加減にしないかっ」

 「そうだよね。こんな風にとおるとくっついてたらとおるの匂いが移っちゃうよね」

 「そんな……、抱きついたりしたら臭いが取れなく――」

 「桃みたいな甘〜い香り。私は大好きだな」

 「そうよね。とおるさんって本当にいい香りがしますわよね、武神たけがみさん」

 「えっと、うん。そうだね」

 「待ってくれよ。どうしてしまったんだい? 成績上位者の絆は――」

 「そんなの……」


 この人、鬱陶しい……


 「そんなどうでもいい。とおるを避けたいのなら、私にも近づかないでくれるかな」

 「何を言って――」

 「とおるは私の家族。貴方は赤の他人。偶々入試で上位に入っただけの他人。家族のことをとやかく言われる所以はないっ」

 「くっ、勝手にすればいい」


 言われなくても勝手にする。

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