大切な人

02.01 「僕だってこんなんで行きたいわけじゃないんだけどね?」

 今日は高校の入学式。

 父の勧めで私立高天原たかまがはら高校を受験し、ぎりぎり特選クラスに入ることが出来た。1年生の総数は300名で、入試の得点順に12クラスに分けられる。附属中学からそのまま入学してくる80名もクラス分けの為に入試と同じ問題を解くんだって。1組は特別選抜クラス、略して特選。授業料が全額免除となる。

 父がこの高校を勧めたのもこれが狙いだった。最悪でも特進に入ってくれと言っていたので間違いないだろう。特進は特別進学クラスの略で2組のことを指す。こっちは授業料の半額が免除となる。続く3、4組は進学クラスと呼ばれるが、授業料は普通に徴収されるみたいだ。


 「そもそも、授業料が心配なら普通に公立校にすれば良かったんじゃ?」


 そんな事を言っても今更なので、指定の制服に着替える。鏡に移るのは、すらりと伸びた真っ白な足。勿論素足なんだけど、これが自分の足だと思うと微妙な気分になってくる。他人(女の子限定)の足だったら、ずっと見続けていたいと思える無駄に綺麗な足だったりするのだ。


 そんな剥き出しの足を気にしながらリビングへと降りていくと、両親が正装で迎えてくれる。いや、父さんはいつものスーツ姿だ。義母かあさんは和装かぁ。すごく綺麗だ。今日は伊織いおりも入学式なんだろうな。


 「透子とうこ……」

 「やめてよね、父さん。僕は名前を変えた覚え無いんだけど」


 誰だよ、昔の女か?


 「あ、ああ、そうだったな。すまん、とおる。本当にその格好で行くんだな……」

 「僕だってこんなんで行きたいわけじゃないんだけどね?」

 「ちょっと短すぎないか、スカート」

 「別に短くしてるわけじゃなくてさ、最初からこんな長さなんだもん」


 そう。この高校のスカートは短い。受験する時は健全な男子だったから、案内してくれたお姉さん達を見てちょっとワクワクしてたんだった。風が吹いただけでパンツ見えそうなんだもん。実際には見えなかったけど。でも、まさか自分がこれを着る事になるとはね。どうせ短くするんだからと、最初からこんな長さみたいなんだ。

 ちなみに、スカート丈に関する校則はなく、これより短くしても何の問題もないみたいだけど、只でさえ見えそうなのにこれ以上短くしたいとは思わないな。


 「あら、似合ってるわよ、とおるちゃん。何処からどう見ても可愛い女子高生よ?」

 「そう、ですか?」


 素直に喜んでいいんだろうか……

 まあ、可愛いと言われて悪い気はしないんだけど。


 「ええ。凜愛姫りあらも可愛かったんだろうな〜」


 うん、間違いなく可愛かったんだろうな〜、と凜愛姫りあらがこの制服を着た姿を想像していると、ドタドタと足を踏み鳴らして 伊織いおりが下りてくる。凜愛姫りあら改め伊織いおりが。


 「あっ」

 「……」

 「あら、 凜愛姫りあら、見て見て、とおるちゃんったらこんなに可愛いのよ〜」

 「良かったね、お母さん。都合よく娘もいて。まさか同じ高校だったとは……」

 「そう言えば言ってなかったっけ? 二人は仲良しだから知ってると思ってたんだけど」

 「仲良しなんかじゃ……ないから」


 仲良しじゃない、か……

 この家で初めて会って以来、伊織いおりとは全く言葉を交わしていない。話しかけてはいるんだけど、不機嫌そうに視線を逸されてしまう。


 入学前にオリエンテーションも有ったんだけど、別々に暮らしてたし、学校でも会わなかった、と思う。お互い変わってしまったって知らなかったからすれ違ってても気づけなかったかもしれないけど。だから、入学式当日まで、同じ高校の制服を着ているのを見るまでお互い知らなかった。

 当然、伊織いおりが主席で合格していて、同じクラスだって事も。


    ◇◇◇


 伊織いおりとの会話もないまま、両親と共に学校へと向かう。

 伊織いおりはずっと代表挨拶の原稿を見てるから、声を掛けづらい。

 まあ、そうじゃなくても掛けづらいんだけどさ。うーん、こんな筈じゃなかったんだけどなぁ……


 とはいえ、ここで凹んでいるわけには行かない。ぼっちだった中学時代を払拭し、高校デビューするんだから! イメージするのは、初めて会ったときの凜愛姫りあら。あの時の凜愛姫りあらみたいに皆んなに明るく接して友達いっぱいつくるんだ。


 気合を入れたら実践あるのみっ。


 「おっはよ〜」

 「「「……」」」


 あれ? 硬直してる?


 「えーっと……」


 桜は……もう散ってるか。兎に角、正門をくぐり、真新しい制服姿の男子に挨拶したんだけど……、何か変だった? 僕。


 「お、おはよう」

 「おはようございます」

 「おは……よう」


 良かったー、気合入りすぎてドン引きされたかと思ったよ。


 「よろしくねっ」

 「「「よろ……」」」


 あれ……


 そんな事が何度かあり、両親と別れて教室へと向かう。伊織いおりは一生懸命挨拶している僕を置いて、無言でスタスタ行ってしまう。

 同じ教室なんだけどな……


 「おっはよ〜」


 元気に教室に入ると、何人かから返事は帰ってきた。まあ、沈黙とかじゃないから良かったことにしよう。


 座席は最前列中央に伊織いおり。僕は一番後ろ。クラス分けだけじゃなくて座席も成績順みたいで、22位だった僕は当然主席の伊織いおりとは離れた席ということになる。どうせ近くに居ても無視されるんだろうから、離れていた方がいいのかな。


 伊織いおりの周りには女の子が集まってきてるみたい。中性的なイケメンで、おまけに主席なんだから当然かもね。でも、あの中には男だったのも含まれてると思うと複雑だなぁ。


    ◇◇◇


 入学式を終え、教室に戻ってくると、僕の周りにも少しづつ人が集まってきた。

 伊織いおりは……、まだ戻ってきてないのか。

 僕の周りに集まってきたのは男子と、男子っぽく見える女の子だ。うん、元々男だったんだろう。僕と同じ境遇か。大変だよね、お互い。


 「ねえねえ、アドレス交換しない?」

 「いいよー」


 なんて、訊かれるままに連絡先を教えてしまった。


 「うわっ」

 「どうかした?」

 「えっと、何でもないよ」


 いつの間にか戻ってきてた凜愛姫りあらが睨んでた。何か怖いんだけど。

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