第27話 復職とは耐えがたきを耐える事①

 私は、恩人のお陰で復職する事が出来た。しかし、というより、やはり、といった方が適切かもしれないが、その着任する職場には、私の風評は事前に流れていた。

 人事からは、上司には、私の健康状態などを知らせる必要があり、無理をさせられない旨を伝えると聞いていた。それはありがたい事であり、殆どの会社が、復職する際には、事前に上司や職制には、そのような説明はしてくれる。

 しかし困ったのは、これから一緒に仕事をしなければならない、いわば同僚になる人たちだった。

 私が着任したのは、いわば、会社で何かやらかしてしまった人、例えば、パワハラ、セクハラ、あとは病人の集まりである地方拠点だ。病人とは、私のようにメンタル的に病んでしまった人も多いが、心筋梗塞、脳梗塞、癌や高血圧、三大疾病や生活習慣病で、仕事の第一線を外れた人の、いわば収容施設のようなところである。

 私が最初に着任した時、パワーハラスメントで有名な人と働く事となった。さすが、主力拠点で部下10人以上をメンタル不調で休職に追いやった人だ。物理的な暴力だけでなく、言葉の暴力ももの凄いものがあった。

 毎日のように、夜、誰も居ない広々としたフォークリフト置き場に呼び出され、真っ暗な中、1日2時間は暴言を吐かれ、説教され、この歳にして泣かされていた。

 一応、このパワハラ同僚も、今の拠点をクビになったら次がない事は分かっているようで、「ちょっと休憩行こうぜ」と、人目に付かない所に連れていかれ、夜20時くらいまで説教の毎日だった。

 何が気に入らないのか?私自身、その人から直接仕事を貰っている訳でもないし、私だって、ここが最期の職場、最終墓場拠点であることは百も承知で、大人しく、粛々と業務をこなして過ごしていたのに。

 そのパワハラ同僚は、私の人格批判、うつ病への偏見と差別など、恐ろしい程に、私に対する憎悪の念が込まれていた。よくもまあ、毎日、私の事を、これだけの時間を割くほど、恨んでくれるものだと恐ろしくなる。

 話を聞いてみると、私の学歴、今まで最前線で仕事をしてきた事、そのような全てが気に入らないようだった。

 のちに知ったことだが、そのパワハラ同僚は、私より若干年上で、この会社に、高卒でスポーツ推薦で入社した人だった。スポーツで活躍できない年齢になれば、それとなく、誰でもできる職場にいたようだ。そこで、やはりタタキ上げ根性で、実力でのし上がり、職制についた経歴の人だ。

 そこでパワハラをやり過ぎてしまい、私の一緒の最終墓場拠点へ飛ばされた。彼にしてみれば、何不自由なく大学に行き、中途入社のくせに技術的な仕事をして、それなのに勝手に精神崩して、俺と同じところにお前がいる。それが、とにかく気に入らなかったのだろう。

 事情を知らない人は、そう思うのかも知れない。いろいろと腹を割って話したい気持ちもあったが、パワハラ同僚は、もはや毎日が「躁状態」だった。とても人の言葉に耳を貸す状態では無いことは容易に想像がついた。

 

私だって、死に物狂いで大学に行き、転職し、限られた時間の中でどれだけ頑張れるか…


 人事総務やCSRに相談しても無駄な会社だ。CSRに通報すれば、翌日には内部通報した事が上長に筒抜けとなり、さらに雇用の危険が増すからだ。こういう、古い企業体質の会社だ。

 私も病み上がりで復職したばかり、私の言葉も、誰も信用してくれない。下手をしたら、またアイツが精神崩壊し、虚言していると言われ兼ねない。

 会社としても、この最終墓場拠点は、いかに自主的に退職するように持って行くか、というスタンスの職場であるので、とにかく、私自身は、貝になるしかない。

 なぜ自主的に退職するように仕向けるかと言えば、体裁上、東証一部上場企業で、労働組合も御用組合ながら存在する。会社からクビを切る事は、まずできない。

 もし、会社都合で辞めてくれ、となると、会社は全額、退職金を支払わらなければならない。その点、自主的に辞めさせる(自己都合による退職)となれば、退職金も半分以下の支払いで済む。会社が迷惑を被る体になり、その文言は就業規則に謳われている。

 しかしまあ、社会と言うのは、とにかく厳しい。世知辛い。生きることは大変だ。法律とは、弱者を守るためではなく、強者が弱者を、如何に正当に排除できるか、法律のグレーゾーンを応用するためにあるものだ、と痛感した。


 生まれてきた事だけでも奇跡なのに、その先の人生、何の苦も無く、生活を送ってくる事が出来た人は、ほとんど居ないのではないだろうか。誰だって、悩みや事情、宿命、運命を背負っている。

 この人は羨ましい、と思っていても、いろいろ歩んできた結果である。そう思えば、手離しに「うらやましい」という、やましい意味での感情や、陰口、悪口などは減る。

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