第26話 ボランティアさんが遺してくれた手紙

 葉月家は、自動車が無いと、どこにも行く事が出来ないような田舎に住んでいるが、幸いな事に、ボランティアさんがいた。

 その方との出会いは、人づてでお聞きし、ガソリン代のみを支払えば、病院でもどこでも、障害をもって動けない人を、送迎してくれる方であった。

 私が実家に戻って数年後にその方と知り合ったので、かれこれ12年くらい前が最初の出会いであった。とても素晴らしい方だった。

 もともとは和歌山の人で、あまり詳しい身上話はしたことはないが、定年退職後、こちらに単身で住んでいるとの事だった。年齢は、私の両親と同じくらい。当時で60歳後半だったと思う。

 毎月の父の病院送迎は、母からそのボランティアさんにお願いする事が出来た。今まで通院だけで片道1時間以上かかっていた病院だが、その方は嫌な顔をする事も無く、とても気さくに送迎してくださった。

 本をたくさん読む方だった。だから、静かなこの地に移住したのかもしれない。また、サラリーマン時代は大手企業の重役クラスをされていたような事も、ポロっと会話で漏れる時があった。人間的に、とても尊敬できる方であった。

 10年くらい、その方にはお世話になった。月一回の通院だけでなく、度々、ボランティアの合間を見て、父の様子を見に来てくれ、父の話し相手にもなってくれたようだ。

 私の父は頑固一徹、自分の意見は曲げない。そのボランティアさんがどんなに良い事を言って下さっても、突っぱねる。病気で頑固になった訳ではない。元々、元気だった頃から、そういう人であった。

 そのボランティアさんだが、2年ほど前に亡くなってしまった。その頃は、連絡をしても、実家のある和歌山に戻っているので、暫く送迎はできなくなってしまった。すみません。そのような連絡を受けていただけで、そのボランティアさん本人が闘病生活を送っているとは、全く知らなかった。

 後日、ボランティアさんの奥様からお手紙をいただき、癌を患い、手術を繰り返していた事、そして、とうとう全身に癌の転移が広がり、和歌山で手術を受けたものの、帰らぬ人となってしまった事を知った。

 そのボランティアさんが亡くなってから、父に向けて、手紙が送られてきた。生前に、ボランティアさんが遺していてくれた手紙だ。便箋5枚くらい、達筆な字で、びっしりと書いてくださっていた。

 父に向けての手紙だった。今さら無理かもしれないが、人の話に耳を傾けないと、嫌って誰も相手にしなくなってしまうとの忠告、そして、障害があるから何もしなくてよい、という父の姿勢に、苦言を呈してくれていた。

 障害があるから何もできない、何をしても治らない、難病だから仕方ない、進行性だから意味がない…。

 たとえ、そのように心で思っていても、それを口に出し、何もせず、常に家族や他人に頼っているだけではいけない。家族であっても、そんな姿勢で毎日生活していて、男としてはずかしくないのか!無理でも、何か一つでも、努力している姿を見せないと、家族にも愛想をつかされるぞ!

 

 父は、その手紙をくしゃくしゃに丸めて捨てていた。動かない手の精一杯を使って丸めたのだろう。父にとって、それは憎しみだったのかも知れない。ゴミ箱から母が見つけ、私も読むこととなった。


 結局、父は、自分でもわかっていたのかもしれない。いや、でも、父の性格からしたら、結局のところは、嫌な事を言われたとしか思っていないのだろう。「感謝」を知らない人だ。やってもらって当然。そうやってずっと傲慢に生きていた。

 未だに、何かあったら国がなんとかしてくれる!などと騒いでいる始末だ。我が父ながら、父の存在は何なのか?母と私のいる意味は、この人間を生かすためにだけの存在なのか?

 家に居ても、心はまったく休まらない。三つ子の魂百まで、とは良く言ったものだ。今さら70歳を過ぎた父に何を言っても、火に油を注ぐ様なものだ。だからといって、自分自身で気づく訳もない。

 障害で動けない事に対して、自分を卑下する必要はない。しかし、してもらったことには、たった一言、ありがとう、の「感謝の気持ち」を持ってほしい。こんな事、息子の私が、親に言う事ではないが。

 もはや、どうしてよいのかも分からなくなってきた。そして私は、絶対にこんな人間にならないように、と心に誓う。

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