第14話 大きなしっぺ返し

 自分の体を大切にしてこなかったしっぺ返しだ。当時、私は30代前半であったので、過信もあったのだろう。働き盛りと思っていたし、少しでも給料をもらいたかった、出世もしたかったのかもしれない。

 大学の同期や同世代の人は、大体、リーダーか係長、早い人は課長になっていた。世間体も、私は気にしていたのかもしれない。今頑張れば、後で必ず報われるものだと思っていた。実際は、報われることはないのに…。

 頑張って開花する人は、もともと才能を持っている人であることを、当時の私は、理解していなかった。スポーツ選手にしても、マンガ家にしても、どんな職業でも、頑張れば必ず結果が出る、という訳ではない。もともと、才能が無ければ、ダメだ。どんなに頑張っても、才能のある天才の努力を目の前にしたら、挫折し、自身が日の目を見ることは無い。

 ほとんどの、大勢の努力してきた人は、努力や志空しく、デビューできない現実を、凡人である私は見えていなかった…。


 MRI検査の結果、脳に異常は見られなかった。


 どっと、肩の荷が下りたように安心した。でも、いったい、この症状は何なのだろうか。もっと悪いところがあるのか?安心の反面、怖くもなってきた。

 低音障害型突発性難聴、胃痛は胃カメラ検査をしたがやはり胃に異常はない。咀嚼障害も、レントゲン検査をしたが、喉に腫瘍などの異常は見られなかった。帯状疱疹に、右手の痺れ。

 どの診療科に行っても、事実、体調は良くないのに、所見は異状は見られない、もしくは、原因不明。

 MRI検査を実施した病院の医師に、今までの経緯をお話しし、脳でなければ、いったい何が私の体調をおかしくしているのか、お伺いした。


 「外科的には脳に異常は見られませんが、脳の内科的要因かも知れません」


 その時、瞬時に意味を理解できなかったが、医師の次の言葉で、理解せざるを得なかった。

 

          「精神科での診察をお勧めします」


 ああ、まさか俺が?血液型O型だよ?あんまり気にしない性格だよ…。しかし、医師の言葉、過重労働、会社でのストレス、家でのストレス…。他にも色々抱えている事を考えたら、そうなのか…。そう思わざるを得なかった。

 脱落、屈辱、いろいろな感情が沸き起こってきたが、もう、仕方ない。これ以上頑張ろうというガッツが出なくなった。

 そして、精神科、は怖かったので、車で30分くらいの、駅前の小さな心療内科を受診した。初診はカンセラーによるカウンセリング、そのあと、診察。

 若い先生は、特に病名については触れなかったが、精神的に疲れているのは間違いないので、と、薬を処方された。

 思えば、午前2時(26時)帰宅で、朝5時出社を繰り返していた。ほとんど睡眠も取れていなかった。気づかないうちに、不眠症だったのかもしれない。

 会社には、心療内科を診察したことは、とりあえず伏せておいた。ただ、体調が悪いので、しばらく22時30分に帰宅さえてもらうようにした。なぜ22時30分かというと、労働基準法で、通常残業は3割増の給付をしなければならない、22時を過ぎる残業は5割増を給付しなければならない。

 裁量労働制とはいえ、この2割の差額は、会社側は支払わなければならないのだ。会社は不景気なので、当然払いたくない。私の所属する部署、設計開発者は、22時30分に帰る事を、「定時で上がらせてもらいます」と言って帰宅する事に、いつの間にか、なっていた。

 

 しかし、しっぺ返しは、私の体だけではなかった。リーマンショック不景気でコストダウンした製品が、ほぼすべて設計不良となり、大問題となった。

 先人が設計した、無駄とも思える一つ一つに、意味がある事を、私をはじめ、上司も、先輩社員も気が付いていなかった。

 設計には、「安全率」というものを掛ける。この振動や過重が掛かるなら、最低このくらいの強度が必要、その最低強度に、私の会社の製品であれば、場所にもよるが、8~10くらいの安全率をかける。その安全率を、社外コンサルタントを雇い、下げてしまったのが原因だ。

 デザインは一新、価格も従来機よりも安い。しかし、中身は猛烈なコストダウン。

実情を知っている私たちは、心配と不安を、当然感じていた。

 まず工場での製造段階から、これは強度が足りない、などの問題が起こり、その都度ツギハギの設計変更を繰り返した。しかし新製品リリースは急務、何となく形になったところで市場にリリースされた。

 営業は、そんなことは知ってか知らずか、従来のお客様に猛烈に買い替えを勧めた。まだ調子良く稼働している機械でも、新しい機械の方が良い、国の助成金が下りる今がチャンス、などと、売った方が赤字になってしまいそうな位な大幅値引きを実施して、かなりの台数が市場に出てしまった。しかし、それから半年も経たないうちに、待っていたのは、顧客からのクレームの嵐、だ。

 せっかく新しい機械に買い替えたのに、何で前の機械の方が性能(精度)が良いんだ?耐久性は前の機械の方が断然良かったぞ!

 全くその通り、ぐうの音も出ない。クレームが出るたびに対策部品を設計、無償交換。結局、コストダウンをしたのか、コストアップになってしまったのか…。

 顧客だけでなく、会社内部からも、設計開発に対しての風当たりは相当強くなった。怒り心頭だ。

 こちらとしては上層部の指示に従っただけなのだが、客先修理に行くサービス部門からは、何で新型機械を納入したのにすぐに交換しなければならないのか、その手間と工数、顧客からぶつけられる金返せ!のような不平不満。最前線の彼らは、ひたすら謝るしかない。

 とうとう上層部も、無償修理が続くことに対して、設計開発の責任を問うようになってきた。私はただの平民設計者だったので、責任を問われるほど詰問されることもなかったし、基幹となる部分の設計に携わっていなかったので、大事には至らなかったが、不良クレームとなっている基幹部分の対策品設計の応援に回ったり、仕事は減るどころか増える一方だった。


 あまりにも大きい、しっぺ返し、だ。

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