第11話 近所の目

 Uターンで実家の近所の会社に転職した訳だが、必死だった。初めての転職だったが、ちょうど30歳、転職限界説ギリギリの年齢だった。

 転職サイトや転職コンサルタントなどを使わず、たまたま実家に帰った時、新聞の求人広告に掲載されていたので、応募した。今時、そんなアナログなやり方で…と笑われそうだが、その時は運命を感じた気がした。

 当時はまだITバブルの余韻が残っていたのか、その会社は景気が良く、就職氷河期の2000年頃の新卒採用をしていなかったため、30歳前後の中堅層を補充したかったようだ。なぜか、職務経歴書と面接だけで合格した。

 地元は田舎なので、大きい会社はほとんど無いが、その会社は地元で唯一?の上場企業。私が幼少の時から知っていた会社だが、まさかこの会社に入社する事になるとは思っていなかった。

 地元ではそこそこ有名な会社で、悪い評判も聞くことは無かった。職場は実家から近い、オヤジとの確執は残ったままだが、両親をすこしでも助けられればとの思いであった。

 しかし、中途採用の技術者となると、「即戦力」として、何の教育もなく投入される。会社にもよるのだろうが、私が転職した会社は、とにかく猫の手も借りたいくらい忙しい、そのような状況だった。

 朝は7時頃に家を出発するが、帰りは午前様が続いた。「朝食は適当に食べる」言って毎回断っているのに、母は毎朝早起きして朝食を準備してくれた。夜も同様。レンジでチンすれば食べられる状態に、食卓に置いてくれていた。

 母の負担を減らすために戻ってきたのに、返って負担が増えているではないか。そう母に言うが、3人分作ろうと、2人分作ろうと同じだから。あと、お父さん美味しいとか言わないから、作り甲斐がないから、お前に食べてもらった方が嬉しい、と。なんとも子離れできない親であるが、私も親離れできない困った子である。断り切れなかった。

 実家に戻ったとはいうものの、両親とはすれ違いの生活だ。朝、少し母と話をする以外は、父とはほぼ会うことは無い。休日出勤も多かった。それはそれで、私としては精神衛生上、良い事だった。

 田舎なので、近所からは、オヤジの謎の病気は知られており、祟られた一家、と陰で言う人もいたし、私が単身で出戻ったことも、パラサイトシングルと揶揄もされたが、当面、引っ越す資金も無い。父を施設に入れる資金もない。

※父は施設なんて絶対入らない(お前は俺の家に住んでるんだぞ!)と言うが、この介護状態が長く続けられると思っていなかったので、資金を貯めようと思った。

 とりあえず、様子見で働くしかなかった。当時は、この会社は残業手当も出たし、休日出勤手当も出た。ヒラの中途オジサンなので、たくさんの給料はもらえないが、転職前より少し年収は増えた。2007年末の事だった。

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