第1話 前ぶれ

 1990年3月24日。千葉マリンスタジアム。こけら落しでオープン戦巨人対ロッテ戦を観戦しに、父と二人、出かけた。

 父は機械加工仕上げの職人であり、きさげ加工などを黙々とする人であった。幼稚園や小学生、中学生の時の運動会や授業参観などに来てもらった記憶がない。それほど寡黙で、良く言えば、仕事に実直な人だった。そして、欠点といえば、頑固でどうしようもない、昭和オヤジそのものであったことだ。

 千葉マリンスタジアムでのこけら落としは、父との久しぶりの外出だった。当時、昭和54年(1979年)式シビックに乗っていた我が家。新車から乗っていたのだが、今ではクルマと言えば10年乗っても平気だが、当時は故障が多かった。

 観戦後の帰り道、シビックは止まってしまった。どうやらバッテリーかオルタネーターのあたりの電気系故障のようだった。300mくらい先に、ガソリンスタンドの看板がうっすら見えた。

 父は私を残し、ガソリンスタンドの人を呼んで、数人で車を押してガソリンスタンドに持ち込み、何とか走れる状態にしてもらった。当時、ハザードスイッチはコラム左脇の、よく分からない所にちんまりと付いていた。ガソリンスタンドの人が、ハザードランプを消すのを苦労していたのを、助手席に座っていた幼少時の私の記憶に鮮明に残る。

 それから程なく、父が大学病院に行くようになった。私も母もついていった。誰か病気?それどころか何の用事かも分からなかった。誰かのお見舞いなのかな?と思えば、父が診察されていた。

 その時はまだ進行していなかったので分からなかったが、医師から、いつ頃から症状が出ましたか?という問いに、父は、千葉マリンスタジアムのこけら落しに行った際、車の故障でガソリンスタンドまで車を運んだ時に…と答えていた。

 それ以来、私は千葉マリンスタジアムに行っていない。楽しい思い出が、辛い父の闘病の始まり、そして私への遺伝の恐怖の始まりとなったからだ。

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