2-2 悪気のない悪意
縁とはつくづく奇妙なものだ。オレはエクセリオとの初めての出会いから、繰り返し彼と出会うことになった。それまではただの「有名なだけの他人」同士だったのに、エクセリオはオレを見かける度に声を掛けてくるようになった。
今日も。
「メルジア!」
オレの「本当の名」を呼んで、近づいてきた黄金の影。こいつだけがオレを「救世主」と呼ばないんだ。こいつだけがオレを「メルジア」と呼び、本当のオレを見てくれる。メルジア・アリファヌスなんて本名、時にオレですら忘れそうになるのにな。
その日、オレはまた「救世主の仕事」として雑用みたいなことをこなしていた。
エクセリオは言う。
「ねぇ、メルジア」
明るく笑って。
「どうして『救世主』なんてやっているの?」
どこまでも無邪気に。
「メルジアがやっているのは、ただの雑用じゃん」
その言葉は、オレの心に深く突き刺さった。
「『救世主』って、もっと違う生き方だと僕は思っていたのにな」
無邪気に笑って、何のためらいもせずにエクセリオはオレの心を抉った。
エクセリオが言ったのは、ずっと前からオレの心にくすぶっていた疑念と不信。そんな疑いを抱いてはいけないのに、エクセリオの言葉はオレの暗い思いを再燃させた。
そうだ、本来の救世主ならばこんな雑用ばかりの生活なんてしないはずだ。何かあったら真っ先に犠牲にならなければならないのが救世主としての在り方ならば、救世主の幸せはどこにある? 犠牲になることに幸せを感じろというのか? ただひたすらに献身し、自らを省みるなということなのか? 救世主は要はただの、
(駄目だ、考えてはいけない!)
オレが「救世主」としての在り方に疑問を持ってしまったら、オレ自身が破滅する。なのに奴は不思議そうな顔をするのだ。
悪気のない悪意。
「ねぇ、どうして? 教えてよ!」
「……黙れ」
心の葛藤。打ち克ちたいから、オレは無邪気なだけの彼に言葉の刃を向けた。
「そんなのどうだっていいだろう! オレが『救世主』であることは生まれつきなんだ! そんなことにつべこべ言うな!」
……八つ当たりだとわかっていた。エクセリオは一瞬、虚を突かれたような顔をした。その顔が暗く沈む。
オレに出会う前のエクセリオもそんな顔をしていた。悲惨な過去。両親を失ったばかりで寄る辺なく、それでも苦しいのを、悲しいのを悟られたくないから無理して笑っていた。
壊れた笑顔。
しかし沈んだ顔でも、エクセリオは笑っていたんだ。
教えてくれ。どうしてお前はそこまでして笑う?
その顔が、痛ましくて。八つ当たりした自分が、腹立たしくて。居たたまれなくなったオレは、ついにその場から走り去った。
「メルジアー?」
エクセリオの声が、罪のない声がオレを追いかけて心を切り裂いた。
◇
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