2-3 天才たる所以
エクセリオの才能は化け物だ。少なくともオレはそう思う。
日を追うごとに彼の力はどんどん強くなっていった。一度に同時に操れる幻影の数が増えていった。
そして魔力は休めば回復する。個人差があるが回復にはそれなりの時間がかかる。
オレが信じられないのは、エクセリオが全然魔力切れを起こさないことだった。
「実体のある幻影」だぞ? 十歳まで持ち続ければ「神憑き」にすらなれるレベルの力だぞ? それで作りだした幻影を何体も同時に操るんだぞ?
確かに扱いを覚えればどれくらいで魔力切れを起こすのか分かるようになるから、魔力切れを起こさないように注意することはできるだろう。しかし彼ほどの魔法の持ち主ならば、すぐに魔力切れで倒れてもおかしくはないのに。それなのに、オレは奴が魔力切れで倒れたところを見たことが無い。おそらく、凄まじい量の魔力を持っているのだろう。
オレだって確かにそれなりの魔導士ではあるが、「神憑き」になるには全然足りないし何より、他人よりもたくさん炎を操れるだけでそんな能力、エクセリオの「幻影」に比べれば簡単に霞んでしまうものなんだ。
そしてある日、エクセリオのその稀有なる才能が村の皆に知らしめられる事件が起きた。
エクセリオは生まれつき身体が弱かった。外に出るにもすぐに病気をする虚弱体質だった。現にオレと話している時に急にぶっ倒れて焦ったことも何度もあった。エクセリオは身の内に膨大な力を持っていたが、その代わりのように身体が弱かった。特に寒さの激しい冬の日なんかは、彼が外に出ることさえも稀だった。だからオレは彼のために、お見舞いに本を持って行った事も何度もあった。
それは本来ならば彼が外出することなんてない、ある寒い冬の日のことだった、
隠されたこの村に、目的を持って侵略者がやって来たのは。
時刻は早朝。まだ誰もが眠っている時、
それは起きた。
「うわあああぁぁ!」
上がった悲鳴。その頃、オレは安らかに眠っていた。その声に目を覚ませば、視界に映ったのは炎の赤。
(敵襲? またか、またなのか!)
どこからばれるのかまるで分からない。アシェラルの里は、人の寄りつかない高山の中にあるのに。
外に出てみたら、轟々と音を立てて村が燃えていた。
炎。
それは、オレの力。
ただし一言言及しなければならない。オレは確かに炎を操るが、それは呼び出すこと専門で、自分で呼び出した炎以外は消すことが出来ない。
つまり。
この状況で、「救世主」はまるで頼りにならない――。
なのに。
「救世主さま、お助け下さい!」
それなのに。
村の人々は皆、一様にオレに縋ってくる。オレは何も出来ないと知っているだろうに、オレが「救世主」だから奇跡を起こすとでも思っているのだろうか?
精々できることは放火した犯人を見つけて倒すことくらいか。考えている間に火は広がっていく。
「くそ! 誰か水使いはいないのか!?」
思わず叫んだオレの隣で。
居るはずのない人の声がした。
「出来たよ。もう、お終いさ」
笑った小さな声とともに、一瞬にして火は掻き消えた。
「……エクセリオ」
オレは「彼」の名を呼んだ。
あの現象を見る限り、エクセリオが放火の犯人としか思えないのだが? 彼が現れた瞬間、あれほど辺りを覆い尽くしていた炎は消えた。
オレは彼に難しい顔を向けた。
「どういうことだ、説明しろ」
詰め寄っている間に皆の声。「どこも焼けていない!」「ならさっきの炎は何だったんだ!」
エクセリオは笑う。笑う、笑う、無邪気に笑う。
その唇が、言葉を紡いだ。
「僕は朝早く起きて何かおかしいなって思った。よく見たら外の人間が何人かいた。そいつは何が目的かわからないけれど村に火をつけようとしてた。だから僕が」
先んじて、と言おうとしたエクセリオはそこで小さなくしゃみをした。そこに至ってオレは、彼が寝間着のままだと気が付いた。小さな身体が寒さで震えている。
このままだと病気になるな、と思ったオレは、自分の羽織っていた黒のマントを脱いで、そっとエクセリオに差し出した。サイズの差もあって彼にはぶかぶかだったが、エクセリオは礼を言ってありがたそうにそれを体に巻きつけた。
彼は気を取り直して説明を続ける。
「先んじて、物陰で幻影を使って偽物の炎を起こしたのさ。すると奴らはびっくり仰天! 小さないたずらのつもりだったのかなぁ? でもその人達には、起こした炎がごうごう燃え盛って広がっていったように見えたんだよね。そのまま固まっていた人たちを捕まえるのは簡単だったよ」
言って、彼が軽く腕を振れば。途端、不意に現れた、「実体のある幻影」のロープで縛られた幾つもの人影。
オレは驚いた。奴は、エクセリオは。
「『実体のある幻影』だけでなく、通常の幻影も操れるのか……!」
それも、本物とほとんど遜色のないくらいにリアルに。
「僕、役に立てたでしょ?」
無邪気に笑った金色の影。オレはそれに戦慄した。
誰もが彼のその力を見ていた。誰もが彼の「実体のある幻影」を見ていた。
エクセリオがゆらりと手を振れば、現れる、本物そっくりの幻影。
前から気づいていたはずなのに。
――こいつの力は本物だ。
改めて理解し震えた心。
その時蘇った、彼の力を初めて目の当たりにしたときの恐怖。
「救世主」はまるで役に立たなかったのに、外部からの少年が、大して苦労もせずに村を救った。
やがて彼は村にて、「小さき英雄」と持てはやされるようになる。
その栄光と反比例するように、「救世主」たるオレは人々に軽く見られるようになっていった。
◇
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