スーパー飽き性バンドマンタケル君

おぎおぎそ

スーパー飽き性バンドマンタケル君

「えー今日は皆、ライブに来てくれてありがとう!」

 蒸発した汗に包まれているライブハウスに俺がコールを投げると、観客は皆両手を挙げ、サイリウムを振り、サーターアンダギーを頬張りそれに応えてくれる。

 琉球音階を用いたロックバンドとして名をはせた「シママース」としての四周年記念ツアー、最終日の今日は一段と素晴らしい盛り上がりを見せている。

「名残惜しいけど、次が最後の曲だ。ここまで付いて来てくれたお前らなら、もちろん何の曲かはわかってるよな!」

 ジャーンとギターを一掻き。呼応して観客たちも再びサーターアンダギーを頬張る。

「……と、その前に今日は皆に大事なお知らせがある。最後の曲を歌う前に、聞いてほしい」

 俺のその言葉を合図に、バンドメンバーがステージの前に集まる。ライブハウス特有の青白いライトに照らされて、ドラムのヨシの汗が煌めいた。

「えー、俺達『シママース』は今まで、ベースのシゲ、ドラムのヨシ、そしてこの俺ギターヴォーカルのタケルのスリーピースで活動してきたわけなんだが……」

 ごくりと唾を呑みこむ。ここまで何曲も歌ってきたせいだろうか、喉の奥がヒリヒリと熱い。

「本日をもって俺達『シママース』は解散します!」

 俺がそう叫ぶと、観客はなぜか大歓声を上げた。カラフルなサイリウムに紛れて、食べかけのサーターアンダギーが宙を舞っている。

「いいぞータケルー!」

「知ってた知ってた!」

「それでこそタケルだー!」

 観客は口々に喜びの声を上げ、シゲとヨシまでもが手を叩いて爆笑し始める始末だ。

 ……あれ、おかしいな……バンドの解散ってもっとシンミリするものだと思ってたんだけど。

 まあ、こういう展開になってしまうのも、自分の経歴を振り返れば頷けるというものだ。

「えー、解散の理由は皆さんもご存知の通り、『音楽性の違い』ですね」

 シゲが一言付け加えるとライブハウスは爆笑に包まれた。


 俺は業界内で「飽き性」として有名だ。

 ひと昔前はジャズミュージシャン、その前はパンクバンド、その前は演歌歌手……、様々なジャンルを転々としながらデビューと引退、再デビューを繰り返し、だいたい二枚目のアルバムを出す頃には飽きて別のジャンルに異世界転生する、というのがお決まりの流れになっている。

 その周期がだいたい四年のため、一部のファンが統計を取り引退予想を発表し、その予想がヨーロッパでは賭け事の対象になっていたり、所属事務所の株価の定期的な変動を引き起こしたりしているらしい。アホである。ただの一ミュージシャンの音楽遍歴に(一部とはいえ)世界経済が左右されているのだ。世の中皆、アホである。

 俺としては別に意図してオリンピックみたいな引退をしているわけではないのだが、どうも今回も世間の予想と合致した引退をしてしまったようである。あーあ、またウィキペディアが荒れちゃうよ。まとめサイトが湧いちゃうよ。

 まあ、先ほどの引退宣言により最高潮の音楽ライブが抱腹絶倒のお笑いライブと化してしまった今となっては、もはや全てが手遅れではあるのだが。


「……じゃあ最後の曲いきますか! またいつかどこかで会おうな!」

 ジャーンとギターを一掻き。呼応して観客は爆笑。笑うな笑うな。沸け沸け、沸いてくれ、沸いてくれって……ねえお願いだから普通の沸き方して?

「えー、最後の曲はもちろん俺達のメジャーデビューシングル。みんな盛り上がってくれるな? いくぞ⁉ 『さよならは別れじゃない』‼」

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スーパー飽き性バンドマンタケル君 おぎおぎそ @ogi-ogiso

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