覗き後日談

「お茶とお菓子持ってくるからちょっと待ってて、優樹君甘いの大丈夫だよね」

「いや、いいよそんな」

「いいから待ってて!」


 有無を言わさぬ強い口調で言われ、俺は仕方なく黙って引き下がる。

 明美さんの家に行く約束をした、ゴールデンウィーク初日の今日、俺は複雑な心境のまま、明美さんの部屋の中心に置かれた、小ぶりでお洒落なテーブルの前に座っていた。


(のこのこと来てよかったんだろうか?

明美さんもなんで最後に、俺と部屋でお茶したいなんて言ったんだろう?)



 あの日、朱音と晴翔が恋人同士である証拠を嫌というほどみせつけらた悪夢の日。

 俺は、二戦目を終えた二人がシャワーを浴びに行ってる間に、グチャグチャのパンツのまま晴翔の部屋を飛び出し、なんとか朱音に見つからずことなきをえた。

 だけど、失恋が決定的になったにもかかわらず、俺は朱音の痴態が頭から離れなくなり、ますます毎日のように朱音で抜くようになってしまったのだ。

 幸い数日で大型連休に突入したため、朱音と晴翔とあまり顔を合わせずにすんで良かったのだが、こんな状態で、明美さんと付き合い続けることなんてできないと思った俺は、明美さんに別れ話をする決意をした。


『ごめんなさい明美さん。俺、本当は他に好きな人がいて、その人を忘れるために、明美さんのこと利用してたんです。だから俺と別れてください』


 口にすると、自分の最低さが余計に際立つ。

自業自得だと、殴られるのも覚悟の上だった。


『その人と付き合えることになったってこと?』

『いや、その人には恋人がいるから俺とは…』

『だったら別にいいじゃない?私のこと、その人の代わりにしていいよ』

『え!?いや!そんなことできないよ』

『今までデートしたり、散々代わりにしてたのに、抱くのは無理ってこと?私って女として魅力ない?』

『それは絶対にない!明美さんは十分魅力的です!』

『じゃあいいじゃない』

『そうゆうことじゃなくて!明美さんを代わりに抱くなんてダメだって!』

『本人がいいって言ってるのに?』


 これが年上女性の懐の大きさなのかと、一瞬だけ心がぐらついたが、そんなわけにはいかないと、しばらくの間押し問答が続き、最終的に明美さんは諦めたように言った。


『じゃあわかった、約束した日、最後に私の部屋に遊びに来て。そうしたら別れてあげる』


 明美さんが何を考えてるのかわからなかったけど、自分が圧倒的に悪いという罪悪感から、俺は言われるがまま、親が出かけてていないという明美さんの家に来てしまったのだ。



(それにしても、女の子の部屋って感じだなあ)


 明美さんの部屋は、家具もベッドも全て白と薄いピンクで色が統一されていて、雑然とした自分の部屋に慣れているからか、どうも落ちつかない。

 よくわからない緊張で冷や汗が出てきた俺は、数ヶ月前にデートのため奮発して買った春物のジャケットを脱いだ。とその時、最寄りの駅まで乗ってきた自転車の鍵が音を立ててポケットからおち、フローリングの床を滑って彼女のベッドの下に入ってしまう。


「うわ、最悪」


 身をかがめてベッドの下を覗きこむと、鍵はすぐに見つかったが、その奥に、何やら黒いビニール袋が押し込まれるようにして置いてあった。この女性らしい綺麗な部屋に、それはあまりにも不自然で、不気味な存在感を放っている。

 普段なら、人の家のものを勝手に弄ってはいけないと、絶対にそんなことしないのに、俺は嫌な胸騒ぎを覚え、鍵と一緒にそのビニールを引っ張りだした。恐る恐る中を覗いてみると、そこには、あきらかにアダルトグッズと思われるものが入っている。

 ムチ、手錠、バイブ?ローターか?

そして、まるで男の勃起したものがついているような謎のパンツと、晴翔の部屋でも見た、多分男性同士でやる時に使うローション。


「なんだこれ?なんて明美さんがこんなもの…」


 頭の中が混乱する。これは一体どういうことなのか?


「見つけちゃった?」


 ハッと気がつき振り返ると、そこには、可愛らしい木製のトレイに、お茶とお菓子を乗せて持ってきた明美さんの姿があった。

 明美さんはテーブルにトレイを置き、ビニール袋を開けたままベッドの側に座りこんでいる俺にゆっくりと近づいてくる。


「こ、これ何?」


 恐る恐る尋ねる俺を見つめ、明美さんは徐に口を開いた。


「私ね、優樹君と付き合う前も、何度か男の人とお付き合いしたことあって、高1の夏に当時付き合ってた彼氏と初体験も済ませたんだけど、どうもずっと違和感があったんだよね」

「い、違和感?」

「なんか、燃えないというか、こんなもの?みたいな感じっていうのかな。でもね、私の友達に、同人活動している子がいるんだけど」

「どうじん活動?」

「自分で漫画書いたり、コミケっていう即売会で本売ったり、オタクって聞いたことあるでしょ?」

「ああ、うん」

「その友達、男同士の恋愛漫画書いてて」

「ええ!」

「そうだよね、男の子はそんな話し聞いたらビックリしちゃうよね」


 いや、自分の好きな人幼馴染の男だからなんてもちろん言えるはずもなく、明美さんの話がどこへ向かむていくのかわからないまま、俺は黙って耳を傾ける。


「それでね、ちょっと言うの恥ずかしいんだけど、その友達が描いてたのが、男同士のSM漫画で、私、拘束されて性的に攻められてる男の子の姿見た時、今まで感じたことがない、血が沸きたつような興奮を覚えたの」

「…え?」


 いや、なんか凄いモジモジして可愛らしい感じで言ってるけど、俺は一体何を聞かされて…


「それから色々読んたり、男同士のAV見てみたり、調べてみたりしてわかったんだけど、私どうやら抱かれたいじゃなくて、男の人を抱きたいみたい。実はね、初めてバイト先で優樹君見た時、私ビビッときたんだ。優樹君みたいに可愛い男の子を、手錠で拘束して、ムチで叩いて、ペニパンで支配してみたいって」


 全く想像もしていなかった明美さんのとんでもない告白に、俺は言葉を失い硬直する。

 明美さんは、少し朱音に似た目元を細めて微笑み、道具の入った袋を持つ俺の手に自らの手を重ねた。


「だから、ね、別れてあげるから、最後に一回だけ試させてくれる?私のことも、その相手の代わりに抱いていいから。そしたらフィフティフィフティでしょ?

大丈夫、ずっと興味あって色々勉強してきたから、きっと私、優樹君のこと気持ちよくしてあげられると思うの、ね?優君、いいでしょ?」

「ごっごっ…ごめんなさい!」


 俺は明美さんの手を振り払い、なりふり構わず部屋から飛び出す。

 幼い頃絵本で読んだ、山姥から逃げる旅人のように、時折後ろを振り返りながら必死に逃げ

なんとか自分の家まで帰ってきた時には、全身汗びっしょりになっていた。



「おかえり兄貴、何慌てて帰ってきてんの?今日彼女の家行ったから泊まってくると思ったのに」

「うるさい!中坊のくせにませたこと言ってんじゃない!俺シャワー浴びるから洗面所にくんなよ!」


 何も知らない弟の言葉に逆ギレしながら、俺は服を乱暴に脱ぎ捨て風呂場に入り、シャワーのお湯を勢いよく浴びる。


(そういえばあの日も、帰ってきて早々一人虚しくパンツを洗って、シャワー浴びながら、ひたすら晴翔に抱かれる朱音の姿思い出して抜いてたな)


 なんで自分ばかりこんな惨めな思いをしなくてはいけないのか?考えだしたら自分自分が情けなさすぎて涙が出てくる。


「もう嫌だ!なんでこんな目にあってばかりなんだよ!バカやろー!くそっ!くそ!」


 シャワーのお湯にあたりながら俯き、誰にもぶつけられない憤懣を、ひたすら大声で叫んでいたら、ふと、そんなみっともない自分を誰かに見られているような気がして、俺は顔を上げる。


見ていたのは、鏡の中の俺だった。

俺であって、俺ではない俺。


 眼鏡からコンタクトレンズに変えて、髪を明るい茶色に染めて、男子校生に人気のメンズノンノやファインボーイズとか読んで、バイト代で貯めたお金で女の子にモテそうな服を買っちゃって、そのおかげで、中学の時の同級生には垢抜けたねと褒められたし、高校では女友達も沢山できた。

 どうやら変態だったみたいだけど、年上の彼女だってできたし、自分を変えたおかげで、楽しいこともいっぱい経験した。


 だけど違ったんだ。俺が欲しかったのは、求めていたのは、それじゃなかった。

 俺が本当に欲しかったのは…


(もう、やめよう)


 鏡を見つめながら、俺はある決意を固める。




「朱音!」


 ゴールデンウィーク明け初日の朝、学校の正門を抜けたところで、晴翔と一緒に歩く朱音を見つけた。

 俺は、あの日以来、顔を合わせることを避けていた朱音の元に自ら走っていき名前を呼ぶ。朱音は振り返り、驚いた表情で俺を見た。


「優樹!どうしたんだよおまえ、コンタクトは?髪まで黒くして、中学の時に戻ってるじゃん」

「なんだよおまえ!チャラ男はどうしたんだよ!」


 敵意向きだしの晴翔を無視して、俺は朱音に告げる。


「俺、もう自分を偽るのやめるわ。こっちが本当の俺だから。朱音前に、中学の頃の俺の方が良かったって言ってくれたことあっただろ?」


 すると朱音は、俺の大好きな笑顔を浮かべて言った。


「いんじゃね?そっちの方が優樹らしくていいって、俺は思うよ」


 その笑顔と言葉に勇気づけられ、俺は鉄は熱いうちに打てとばかりに、ずっと言えなかった言葉を口にする。


「あとさ俺、朱音のこと好きだから」

「え?なんだよおまえ急に、照れるじゃん」


 朱音が、すぐに笑ってそう応えたので、友情の意味にとられたと気づいた俺は、違うと首を振り、ありったけの想いを込め告白する。


「俺、朱音が晴翔と付き合ってるの知ってる。

それでも俺は、俺もずっと朱音が好きだって伝えたかった。返事はいらないし、晴翔と別れて俺と付き合ってほしいとか、そんな図々しいこと今は望まない。ただ、知っててほしいんだ。俺も本気で朱音が好きだってこと」


 朱音は呆然とした表情で俺の言葉を聞いていたが、やがてその顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。


「ちょ…こんなところで急になに言ってんの?彼女は?」

「別れた」

「え?!てゆうか俺と晴翔のことなんで知ってるの?」

「てめえ!今更何言ってんだよ!ふざけんな!俺らが恋人だって証拠見せただろうが!」

「ちょっと待て、証拠って何?何見せたの?」

「なんでもねえよ!それより朱音もなんでこいつの告白に赤くなってんだよ!

てめえ朱音が眼鏡フェチなの知ってて元に戻しやがったな!朱音は絶対渡さねえぞ!」

「いいこと聞いた!」

「いいこと聞いたじゃねえ!おまえ!あんだけ見せつけてやったのに図々しいこと言ってんじゃねえ!てめえに朱音満足させることができると思ってんのかよ!この童貞野郎!」

「うるせえヤリチン!確かに俺は童貞だけどなあ!朱音への想いなら絶対おまえに負けてねえ!」

「やめろおまえら!一旦黙れ!ここどこだと思ってんだよ!とにかく!どういうことなのかあとでちゃんと話し聞かせでもらうからな!」



 こうして、晴翔と優樹の朱音をめぐる争いは、晴翔の圧倒的勝利で終わったように見えたが、朱音の初恋が優樹で眼鏡フェチだったことから、これから先より複雑に、激化していくのであった。



チャンチャン(終わり)





        【あとみく様1周年に捧げます】
















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オゲレツガッツリBL略してOGB「覗き」 安藤唯 @yuiandou

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