覗き②

 屋上での諍い後、勢いのまま晴翔の家にやってきた俺は、どれくらいの隙間なら朱音に気づかれず覗けるのか、押し入れの襖を中や外から真剣に開け閉めし検証していたが、突然ふと我に返る。


(てゆうか俺、一体何やってんだ?)


 晴翔に朱音と付き合っていると言われた時は、あまりのショックに現実逃避して怒鳴りまくってしまったが、よくよく考えてみれば、本当に付き合っていなければ、こんなことまでしろとは言えないはずだ。

 それに、晴翔は確かに、自分がイケメンで女にモテることを自覚している調子に乗ったヤリチン野郎だが、自分の気持ちに真っ直ぐで、嘘をつくような奴じゃないこともわかっていた。


(だめだ俺、朱音が晴翔とラブラブなところなんて見ちゃったら、多分本気で立ち直れない)


 冷静さを取り戻し、現実を目にするのが怖くなった俺は、やっぱりこんな事はやめようと、鞄を持って晴翔の部屋から出ていこうとする。

しかしその途端、丁度タイミング悪くガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえ、俺は思わず押し入れの中に隠れた。



「ったく、なんで優樹帰るの止めなかったんだよ、久しぶりに三人で遊べると思ったのに」

「用事があったって言うんだから仕方ないだろ、三人で遊びたかったて、ガキかよおまえは」


 部屋に入ってきた朱音と晴翔の会話は、普段の二人の会話と変わらず、俺は今、ドッキリでしたあ!って出ていけば大丈夫なんじゃないか?と希望を持つ。


「だって二人きりだとおまえやる事しか頭になくなるんだもん。たまには優樹誘って、三人でだべったりゲームしたり、普通のことしたかったんだよ」

(…ん?)


 だが、朱音から発っせられた言葉に、胸の動悸が一気に激しくなるのが自分でもわかった。


(いや、大丈夫、まだ大丈夫だ。やる事しか頭にないといっても、朱音とやるとは限らないからな)


 自分でも無理があるのはわかっているが、そうとでも思わないと心がもたない。


「仕方ねえじゃん、だっておまえ、すげえ可愛いんだもん」


 晴翔の言葉は想定内だ。晴翔が朱音好きなのはもうわかってるんだから。それよりも朱音。


(頼む!キモいこと言ってんじゃねえよって、中学の時みたいに晴翔を殴ってくれ、朱音!)


「…バーカ」


 でも、そんな俺の切なる願いは、脆くも崩れ去る。声だけで、わかってしまった。バカなんて、朱音が晴翔に言うの何度も聞いたことあるのに、俺の知るどのバカとも違う。


俺の知らない朱音。

晴翔の前でだけ出す声。

晴翔にだけ見せる、朱音の姿。


(もういい!今のでもう十分わかりました!これ以上ここにいて聞いてたら俺は死ぬ!

朱音になんと思われようと、勇気を出してここから出ていくしかない!)


「ちょっはると…んっ…」


 だがしかし、襖の向こうから聞こえてきた、朱音の抗ってるようで抗ってない甘い声と、AVでも聞いたことのある湿った音に、襖を開こうとしていた俺の手は止まった。


(ええ!いきなり展開早くね?帰ってきて早々キス?それもチュッチュなんて生優しいもんじゃない。なんなのこの音!吸ってる?舌絡んでる?AVの演出じゃなくても、キスって実際こんなに音でるものなの?)


 姿が見えないからか、二人が唇や舌を絡ませるエロい水音や、リップ音の合間合間に漏れる、朱音のンッとかハアみたいな吐息が、余計に近く、耳の中で響きわたるように聴こえてくる。

 明美さんとは、まだ唇が触れ合うだけの可愛いキスしかしたことのなかった俺は(しかも向こうからだった)一人押し入れの中で身悶えた。

晴翔と朱音のキスで興奮なんてしたくないのに、童貞丸出しの俺の下半身は、隠しようもないほどパンパンになっていく。


(どうすんだよこれ!こんな状態で外出れねえよ!俺はこんな薄暗い狭い場所で、好きな子が他の男とやってる音を最後まで聞かされるのか?拷問かこれは?)


「晴翔、ちょっと待って、するなら俺シャワー浴びたい」


(するならって、するならって朱音が言ってるよ!もう嫌だ!頼むから色っぽい掠れた声でそんなこと言わないでくれ!二人で風呂場に行って俺に逃げるチャンスを与えてくれ!!)


 俺は半泣きになりながら、パンパンの下半身を宥め、祈るように二人が一旦部屋から出ていくことを願う。


「いいよそんなの、後で一緒に入ればいいじゃん」

「でも…」

「朱音、好きだよ」


 ギシッというベッドの軋む音がして、朱音が押し入れの目の前のベッドに押し倒されたのがわかった。


「おまえ、ズリーよ」

「何が?」

「ンッ…そうやって、すぐ好きだとか言うところ…ッアアッ」


(ヒー!なんて声出すんだ朱音!何されてんだ!)


「アカネ、ここ敏感で弱いよな。

中学の時からさ、着替えで朱音のチッセー乳首見えるたびに、触ったり舐めたりしたいって思ってた」

「ウッセーバカ…ンッ」


(い、いつの間に学ラン脱がせてんだ?いや、ボタンだけ外したのか?グアーッ!!)


 晴翔と同じく、中学の時、俺のことなど意識せず目の前で着替える朱音の、人より小さめな乳首を見るたびにドキドキしていたから、例え姿が見えなくても、音や声だけで、朱音が晴翔に乳首を弄ばれている光景が鮮明に浮かんでくる。俺の下半身は、もう外に出してくれ!と限界を訴え悲鳴を上げていた。


(出してやりたいけどダメだ!ここではダメだ!)


 俺は、なんとか下半身の暴走を抑えるため、耳を塞ぎ何か萎える事を考えてみようとする。

しかし、襖一枚隔てただけの距離で、二人の音や声が聞こえなくなるはずもなく


「朱音、もうここ、パンパンじゃん」

「いちいち言うなよ、バカ、おまえだって…」

「好きな子とエッチしてるんだから当たり前じゃん、脱がせてあげるから、少し腰あげて?」


(し、下まで全部脱がされてるのか?朱音は今、一糸纏わぬ姿でベッドの上に!)


 想像しただけでもうダメだと、ズボンのベルトを緩め晴翔と朱音をおかずに猛り狂うそこへ手を伸ばそうとしたその時、かろうじて残っていた理性が、待てよ?と、俺の思考をある可能性に導く。


 もしかしたら音だけしか聞こえないから、俺はこんなにも興奮しているのかもしれない。

 思い返してみれば、中学生で朱音が好きだと自覚してからというもの、勃起防止のため、朱音の裸が見れる機会があってもなるべく目をそらしていたので、朱音の物を、小学生以来はっきり見たことがないのだ。


 高校生になって、自分用のノートパソコンをバイト代で買った俺は、朱音が好きということは男が好きなのかもしれいと、実は試しに、ちょっと綺麗系の男の自慰映像を、とあるアダルトサイトで見てみたことがある。

 だが、自分と同じ、いや、むしろ自分より立派なそれがしっかりついている男の自慰を見ても興奮することができず、そのせいか、朱音をオカズにして抜いたことは何度もあるものの、妄想の中の朱音の下半身は、いつもモワッとしていた。


(そうだ、少し隙間を開けて、朱音にもしっかり俺と同じものがついてるのを確認すれば、男の自慰AV見た時みたいにおさまるかもしれない!)


 俺は荒くなる息を殺し、そっと襖を開ける。

二人が帰ってくる前真剣に検証した、外からわかるかわからないかの微妙な隙間。その狭い隙間から覗いた先に、裸でベッドでまぐわう晴翔と朱音の姿が、ハッキリと見えた。


「アッ…もうやだ口離して…もう無理」


 その光景は、頭の中の妄想など遥かに超えていた。腰を浮かせてイヤイヤというように首を振る朱音の下半身に顔を埋め、晴翔は、朱音の物を口に深く咥えながら、何かでベッタリと濡れた指を、朱音の尻の割れ目に入れ動かしている。晴翔に咥えられているため、朱音の物を全て見ることはできないが、晴翔に腰を抱えられ、下半身をいいようにされて悶える朱音の姿はあまりにエロく、俺は生唾を飲み込み凝視した。すると次の瞬間、晴翔が朱音のそれを口に含んだまま瞳を動かし、覗きをしている俺とガッチリ目が合う。


(しまった!)


 異様に心臓の鼓動が激しくなり、見つかった!と思わず焦ったが、晴翔は優樹に覗いてろと言った張本人なのだ。

 晴翔は俺を睨んだまま、朱音の物から口を離す。初めて見た朱音のそこは、イク直前だったのだろう、物欲しげに濡れ立ち上がり、プルプルと震えていた。


(か…可愛い、全然萎えねえ)


 それを見たら、おさまると思ったのに

やっぱり朱音も男だったんだなって、俺はやっぱりノーマルだったんだなって、見知らぬ美男子のアダルト映像見た時みたいに、冷めていくと思ったのに、朱音なら俺は…


「朱音、今日は後ろだけでイケる?」

「え?」


 晴翔は仰向けだった朱音の身体を、俺のいる押し入れの方へ向け朱音の片足を開脚させると

膝立ちになって、自らのそれを、限界まで開かされた朱音の尻の割れ目に当てがった。


(こ…これは)


 AVとネット検索で、童貞のくせに知識だけは豊富な俺は、すぐにピンとくる。いいところにあたって、密かに好きな女性も多いという体位、松葉崩し!


「ちょっ…これ、奥までいきすぎて怖いからやだ」


 朱音は嫌がるように首を振ったが、晴翔は身を屈め、朱音の首筋にキスをすると、そのまま熱のこもった声で囁く。


「大丈夫だよ朱音、前これした時も気持ちよかっただろ?ね?力抜いて」

「…ッン」


(てゆうか最後までしたのつい最近て言ってたのに、何もうすでに色んな体位でやってんだよ!だからヤリチンは嫌なんだよ!くっそくっそ!うー!朱音!)


 晴翔への嫉妬と朱音への恋慕で心はグチャチャだったが、朱音の表情も、徐々に深く繋がっていき、フルフルと震える朱音のそれも、全てが鮮明に見えて、俺は好きな子のいやらしい姿から一瞬たりとも目を離すことができなかった。やがて晴翔は、朱音の反応を見ながら、ゆっくりと動きだす。


「アッ…アア…ハルト」

「アカネ…スキ…可愛いよ、朱音」


 狭い隙間からとはいえ、本物のセックスの迫力のエロさは、俺の妄想やAVなど遥かに超えていた。朱音と晴翔の激しい息遣い、身体が繋がり、裸の肌がぶつかりあう音、朱音の堪えられずに溢れる嬌声と、互いを呼び合う声。

 そして何より伝わってくるのだ、互いが互いに夢中であることが。俺は、ここにいてはいけない、二人だけの世界にいてはいけない存在である事を思い知る。


(朱音…朱音!)


 圧倒的な失恋と、好きな人の霰もない姿を見ている興奮で、俺は泣きながら無意識にベルトを緩めシコりはじめていた。


「アッ…アアッ、ハルト!ハルト」


昂っていく朱音の声。

自分ではない、幼馴染の名前。

恋に破れた慟哭と、抑えられない性衝動。


 俺は、朱音が果てると同時に、パンツの中でイッた。晴翔も朱音の中でイッたようで、自身を引き抜き朱音の身体を仰向けに戻すと、深く口付けし、朱音の首筋に顔を埋める。

 図らずも三人同時にイッたようだが、俺の射精は、恋人同士の幸せな充足感とは程遠く、パンツが濡れた不快感しかない。


(神様、俺はこんな惨めな目にあうほど悪いことをしたんでしょうか?)


 何の宗教も信仰してないくせに、思わず神に問いかけたその時、朱音がおもむろに口を開いた。



「晴翔さ、本当は優樹と何かあった?」


 晴翔に語りかける果てたばかりの朱音の声は、妙に色っぽく、それでいて優しい。


「なんもない」

「本当に?」


 俺は、とりあえず晴翔が、俺が朱音を好きなことや、ここに隠れていることを言わない事にホッとする。だが次に続いた朱音の言葉に、俺は耳を疑った。


「変な嫉妬して優樹困らせるなよ?俺が優樹好きだったのは昔のことだから、今は本当に、おまえだけなんだから」

(え?!)


今なんて?

朱音が俺を好きだった?

え?どういうこと?


「じゃあなんで今日二人で俺の家で過ごす約束してたのに優樹誘ったんだよ」


 晴翔の抗議に、朱音は晴翔の頭を抱きしめ、それは悪かったってと謝りながら、優しく言い聞かせるように語りだす。


「確かに俺さ、優樹に彼女ができた時、スゲエ落ち込んでたし、ヤケになっておまえの告白受け入れたと思われても仕方ないけど

でも今日さ、優樹と彼女が写ってる写真見せられた時、全然辛くならなかったんだ。良かったなって、幸せになってほしいなって、本当に心から思ったんだ」

(嘘だ!嘘だ!)


心臓が痛い。

頭に血が昇る。


(朱音が俺を好きだった?なんだよ!なんで!言ってくれれば俺は…。

晴翔のやつ!俺も朱音のこと好きなのわかってて黙ってたってことだよな)


 またもや思ってもみなかった事実を聞き、俺は、怒りとも後悔ともつかない感情に襲われ

俺の朱音への想いに気づいていながら黙っていた晴翔に激しい憤りを覚えた。


(なんでだよ!分かってれば、俺が晴翔の立場になれたかもしれないのに、あんな風に朱音を抱いていたのは、俺だったかもしれないのに)


「俺はさ、優樹が好きだって中2で自覚した時、自分が普通とは違うんだと思って、すごく怖かった」


(同じだ、俺も朱音と同じ…)


 朱音の告白に、俺は固唾を飲んで耳を傾ける。


「しかもその時期母さんは再婚して妊娠するし、喜んであげなきゃいけないのに全然喜べなくて。幼馴染の男好きになるような俺は、きっと結婚して家族作ったりもできないんだとか、余計なことばかり考えちゃって」


 朱音が、家族の事で苦しんでたことは知っていた。俺は陸上部で、朱音と晴翔は弱小サッカー部の幽霊部員で、小学生の時より一緒にいる時間は短くなっていたけど、あの頃は、真面目に部活やってる俺を2人が時々冷やかしにきたりして、まだ三人でよく連んでたから


「でもおまえはさ、俺が優樹好きで悩んでる事打ち合けた時、普通って何?とか言って全然引かなかっただろ?しかも俺のこと好きとか言いだすし」

「だってマジで意味がわからなかったしおまえのこと本気で好きだったんだもん!

それよりなんで優樹なんだよってのが大きかった。どう見ても俺の方がカッコいいじゃん」

「だから、おまえのそうゆうところが嫌だったの!女と遊びまくってるくせに好きとか言われても信じられるわけないだろ?」

「今はもう朱音としか会ってねえよ。朱音以外に興味ない。朱音が彼女と別れてから、俺が女友達全員切ったの知ってるだろ?」


 知らなかった。朱音が彼女と別れたのは知っていたけど、俺は、高校生になっても、晴翔は年上のギャルとやりまくってるとばかり思っていたのだ。


「知ってるよ、あの時俺はまだ優樹好きだったし、彼女と別れたからっておまえと付き合うなんて一言も言ってないのに、女の名前全部消したからって携帯見せてきた時は、バカだなって思った」

「なんだよバカって、俺は本気で!」


 言いかけた晴翔の唇に、朱音は愛しげにキスをし、言葉を続ける。


「分かってる、晴翔はいつも本気だった。

周りの目とか、人にどう思われるとか、全然気にしないで、いつも真っ直ぐ俺を見つめてくれた。だから心配しないで、ガキみたいだけど、優樹誘ったのは、本当に中学の時みたいに、三人で高校受験の勉強したり、遊んだりしてた時の事思い出して懐かしくなっちゃっただけだから。俺が今好きなのは、おまえだけだから」

「朱音…」


(ああ、そうか…)


 朱音の話しを聞いているうちに、俺は、自分の晴翔にへの怒りがお門違いだったことに気がつく。

 俺も、そしておそらく朱音も、誰かを好きだと思う自分の中から湧き上がる純粋な気持ちよりも、普通からはみ出てしまうことを恐れた。

だから朱音は中学生の時彼女を作り、俺は高校生になって、いわゆるリア充男子校生を目指し、自分ではない誰かになろうとしてしまった。だけど、晴翔だけは違った。


『俺にとっては友達だろうと男だろうと関係ねーから、朱音が好きだから好きだって本人に言っただけ』


 敵うはずなかったんだ。あんな、他人の目なんて気にしない、馬鹿正直で真っ直ぐな奴に

自分の気持ちからも、朱音からも逃げていた俺なんかが、勝てるはずなどなかった。

 最初からきっと、勝負は決まっていたんだ。


「あ…ハルト…」

「アカネ、もう一回…」


(とか思ってたらまたはじめやがった!

もうわかったよ!もう反省したから!頼むからこの地獄の状況から誰でもいいから助けてくれー!!)


 狭苦しい押し入れの中で、俺は一人薄暗い天井を仰ぎ救いを求める。

 こうして俺の初恋は、見事なほど残酷に終わりをつげたのだ。














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