覗き
小さな頃から、俺と晴翔は夢中になるものが一緒だった。戦隊もののヒーロー、真っ先に駆け寄る公園の遊具、お気に入りのトミカの玩具。そして、心の奥が甘く擽られるように泡立つ、幼い恋心を初めて抱いた相手も…
「あー、それは彼女、おまえのこと誘ってるかもな」
「やっぱりそうだよね!そう思うよね!」
春の日差しが心地いい放課後の屋上。幼稚園から幼馴染の、俺、朱音、晴翔は、久々に三人で集まり盛り上がっていた。話題の中心は俺の恋バナ。
地味系男子を卒業し、高校デビューを果たしたにもかかわらず、中々彼女ができないでいた俺は、自分が女子に男として見てもらえないのは、晴翔や朱音という、モテる男二代巨頭と連んでるからじゃないか?と気がついた。
そこで高一の夏休み、学校以外に出会いを求め、可愛い女子高生が沢山アルバイトしていると噂のファミレスバイトに見事合格。
それから半年ほど経った冬休みのある日、密かにいいなと思っていた一つ年上の先輩、明美さんに告白された。
正直、あまりにも上手く事が運びすぎて、俺はしばらく、自分に彼女ができたという現実に半信半疑だったが、俺と明美さんは、青春を謳歌する高校生よろしく順調にデートを重ねていった。しかもついに先日、ゴールデンウィーク両親が夫婦で旅行へ行くから、うちに遊びに来て一緒に勉強しない?と誘われたのだ。
しかし、見ためはチャラついているものの、実際は女性経験のない童貞な俺は突如不安にかられた。そこで、今はフリーだが、中学の頃から彼女がいて、常に女の子にモテモテな朱音と、年上の先輩やギャルとやり散らかしてきた経験豊富な晴翔にアドバイスをもらうべく、進路指導の個人面談のため居残っていた2人を屋上に呼び出し、恋愛相談を持ちかけたのだ。
「いや、嬉しいよ?嬉しいんだけどさ。ほら、多分彼女も勇気出して誘ってくれたわけじゃん?だからガッカリされたくないというか。
その、雰囲気作りっていうの?おまえらなら色々経験あるだろうし?何か気をつけることとかあったら教えてほしいなあみたいな?」
「ああ、俺はあるけど、朱音は言うほど経験ないぜ、だってこいつ…」
晴翔が何か言いかけた途端、朱音の拳が晴翔のみぞおちにはいり、その場にしゃがみ込む。
「痛ってえ…おまえ信じらんねえ!殺す気か!」
「そんな気負うことないと思うぜ、彼女だって優樹のそうゆう気遣いできる優しいところ好きになったんだろうし、こんなヤリチンのアドバイス参考にしない方がいいと思う」
「そうかな?」
「絶対そう」
恨めしげに抗議する晴翔を無視して、朱音は優しく俺に微笑みかけてくる。
(ああ、やっぱり朱音の笑顔最高。いつもはツンツンしてるのに、笑顔は小さい頃と変わらず可愛いからいやんなっちゃうんだよな)
だが、無意識にポロッと出てきた自分の思考を、俺は慌てて振り払う。
(いかんいかん、何考えてるんだ俺は!俺が今一番大切なのは明美さんだ!明美さんたら明美さん!)
そう、俺がアルバイトを始めたのも、必死で彼女を作ろうとしていたのも、全てこの、不毛な片思いから脱却するため。
出会った頃、母親の趣味で女の子の格好をさせられていた朱音に、俺は最初、勘違いで恋をした。真実を知ってからは、友達として仲良くしてきたはずなのに、結局俺は朱音が時折見せる、華が咲くような笑顔に魅了され続け、高校生になり、まんまと背丈を抜かされてしまった今も、まごう事なき男である朱音に、ずっと片想いし続けているのだ。
最近はTVタレントの影響もあり、同性愛に寛容な世の中になってきたとはいえ世間の目はまだまだ厳しい。もしも俺が男に片想いしていることがバレたら、同級生はもちろん、朱音にも絶対引かれるだろう。
それに自分の場合、朱音の笑顔が好きすぎるだけで、別に男が好きなわけではない。
朱音で妄想する事はあるが、AVで欲情するのは女の子の身体なのだから、まだきっとノーマルな男に引き返せるはず。
「そういや俺ら、まだおまえの彼女と会った事なくね?なんで紹介してくんねえの?」
ようやく痛みが引いてきたのか、晴翔が腹を押さえながら聞いてきたので、俺は至って正直な気持ちを口にする。
「朱音はともかく、晴翔に紹介したら寝取られそうで嫌だ」
「はあ?なんで?俺友達の彼女とったことなんてねえよ?」
「でもおまえ、先輩の彼女とったことあったよな?」
俺の返答に、晴翔は心外だと声を荒げたが、すかさず朱音が鋭い言葉のカウンターをくらわせた。
「違う!あれは俺からじゃないから!いたいけな中学生だった俺を先輩の彼女が襲ってきて、俺はなすすべもなくだな…」
「それより優樹彼女の写真だけでも見せてよ、一緒に撮ったのとかないの?」
再び晴翔を無視して尋ねてくる朱音に、俺は彼女と最近2人で行った遊園地デートの写真を携帯で見せる。
「いいね、幸せそうじゃん」
「あー、でもおまえやっぱり趣味変わってねえな、彼女少し朱音に似てるじゃん」
優しく笑う朱音にキュンとしていたら、何食わぬ調子で晴翔に核心を突かれ、俺は必要以上に狼狽えてしまう。
「はっ!なっ!何言ってるんだよ!別に全然似てないし!」
(なんなのこいつ?俺晴翔に、今でも朱音好きなこと言ったことねーのに、まさか気づかれてる?いやでも、幼稚園の時2人して朱音を女の子と勘違いして好きになったから、その時のこと言ってるだけだよな?)
「晴翔おまえいい加減にしろよ!彼女を男のダチに似てるなんて言われたら誰だって嫌な気持ちになるだろうが!優樹、晴翔の言葉なんて気にすんなよ、彼女全然俺になんて似てないしめっちゃ可愛いから」
焦る俺を尻目に、朱音は呆れ顔で晴翔に説教し、俺の肩を慰めるように叩いてきたが、晴翔の言葉はまさに図星で、むしろ朱音の方が勘違いをしているため、俺は苦笑いを浮かべることしかできない。
「あ、俺そろそろ面談だから教室行ってくるわ、俺の後晴翔なんだけど優樹は?」
「いや、俺は明後日」
「バイトは?彼女とこの後会う予定ある?」
「今日はないよ」
「そっか、そしたら久しぶりに三人でマック寄って晴翔の家行かねえ?最近おまえ彼女とデートかバイトばかりで全然ゆっくり話せてなかったし、彼女のことも、もっと詳しく聞きたいしさ。少し遅くなっちゃうかもだけど、俺らのこと待ってられる?」
「ああ、全然大丈夫!待ってる待ってる」
そう応えると、朱音はやった!と嬉しそうに笑い、また後でなと、屋上から去って行った。
(はあ、やっぱ俺、朱音のこと好きなんだよなあ。細身だけど俺より背え高いし、今はどう見ても男なのに、なんでこんな気持ちになっちゃうんだろう)
「やっぱり似てると思うんだけどなあ、お前の彼女と朱音、ほら、この笑った目元とかさあ」
と、姿が見えなくなってからも、名残惜しく朱音が出て行った方向を眺めていた俺に、晴翔が明美さんの写真を大きくスクロールさせて見せてくる。
「そんなことねえよ!」
俺は晴翔の手から乱暴に携帯を奪い返し、話しを変えようと、晴翔に話題を振ってやった。
「ところでおまえはどうなんだよ?最近朱音とばっか帰ってるけど、特定の彼女できたの?」
「忙しいってわりによく俺らのこと見てるじゃん。そう、最近は毎日朱音と2人でいるよ。ゴールデンウィークも2人だけで出かける予定だし」
晴翔の言葉にズキリと心が痛んでしまうのは、同性の幼馴染に抱くはずのない、不自然な恋心のせいだろう。
(でも、こんな感情とはもうすぐおさらばだ!明美さんと身体も結ばれれば、俺は明美さんが一番好きになるはず!)
「相変わらず仲良いなあ、ま、おまえは中学の時散々女と遊び倒してたもんな。おまえらより一足遅くなったけど、俺はゴールデンウィーク、彼女と楽しい青春送ってくるぜ」
本音に蓋をし、わざとおちゃらけてそう言うと、晴翔はなぜか怒っているような、迷っているような、今まで見たこともない表情で俺を見上げてくる。
「なんだよ?」
「おまえさ、朱音の事まだ好きだろ」
突然の不意打ちに、俺は一瞬、プールで水底に潜水していくような息苦しさを覚えた。
「は?おまえ、何言って…」
「ああ、隠さなくていいよ、俺もお前と同じだから。俺とお前ってさ、昔から好きなもの凄え被ってたじゃん?だからなんとなく、おまえもそうなんだろうなって気づいてたんだ、俺」
(え?これはどう反応するのが正解なんだ?
んなわけねえじゃん?おまえもだったんだ?お互い頑張ろうぜ?どれ?)
「でも、わるいけど諦めてな、俺と朱音、今付き合ってるから」
だが、頭を巡っていたあらゆるセリフが、晴翔の言葉で全て吹き飛ぶ。
「ええー!!」
あまりの衝撃に、俺は大袈裟な芝居をする舞台俳優さながら頭を抱えその場にへたりこんだ。
(嘘だろ?だって晴翔も朱音もそんなそぶり全然!いや、高校生になってから俺、バイト沢山いれたりしててあまり二人と話せてなかったけど、でも…ええ!?)
「朱音ってさあ、自分に向けられる好意には鈍感だから全然気づいてねえし、絶対俺らが付き合ってること優樹には言うなって釘刺されたんだけど、俺からしたらおまえ、朱音好きなのまったく隠せてねえんだよ。
でもさ、おまえはもう朱音諦めて彼女作ったんだから、今更朱音に変なちょっかい出してくんなよな」
俺の混乱など気にすることなく話し続ける晴翔に、俺は一体何をどう答えていいのかわからなくなる。
「ちょっと待って、ちょっと一回整理させて!」
(えっと、つまり晴翔は、俺が朱音の事を今だに好きなことも、朱音を忘れるために女の子と付き合ってる事もわかっていると。
だけど今付き合ってるのは自分だから諦めて朱音にちょっかい出してくんなと、俺を牽制しているってことだよな?)
なんとか今の状況を理解した俺は、大きく深呼吸をし、努めて冷静に晴翔に尋ねた。
「まずさ、俺が朱音の事好きってのは、おまえの言うとおりだし認めるよ。でもおまえすごいヤリチンだったし朱音も彼女いたよな?そんなおまえらが一体なんで?いつから付き合ってたわけ」
「付き合いはじめたのは高1の冬。中2の時告白して一回振られたけど、2年かけてようやくおとした」
「告白してたの!?てかおとしたって何?朱音もおまえも男同士じゃん?友達じゃん?」
「いや、朱音に片想い拗らせてるおまえに言われたくねーし。それに、俺にとっては友達だろうと男だろうと関係ねーから、朱音が好きだから好きだって本人に言っただけ」
つ、つえーと思いながらも、わきあがってくる疑問を、俺はどうしても拭い去ることができない。
「でもだったらなんでおまえ中学の時女と遊びまくってたんだよ!朱音だって彼女いたじゃん!」
「確かに、時々言い寄ってきた女とやっちゃったことはあったけど、俺はちゃんと相手に、好きな奴いるからって言ってたし、おまえが思ってるほど遊んでねえよ。朱音は多分、いきなり俺に告白されたから逃げたくて、その時期たまたま告白してきた女と付き合ってみたんじゃねえの?」
「逃げたくてっておまえ!まさか無理矢理朱音のこと」
「やってねーよ!最後までしたのはつい最近だし」
「さ、最後まで?」
その言葉に、みるみる血の気が引いていく。
最後まで?最後までってつまり…。
頭の中で、最近見た朱音似のAV女優の痴態と朱音の姿が重なり、俺は妄想を振り払い勢いよく首を横にふった。
「あー!聞きたくない聞きたくない!俺は信じねーぞ!おまえ嘘ついてるだろう?朱音がおまえみたいなヤリチンとやるわけねえ!」
「は?嘘なんかついてねえし!」
「いや!絶対嘘だね!」
人間の脳というのは、どうしても認めたくない現実をつきつけられた時、それが嘘だと思える証拠を必死に脳内で掻き集め探しだそうとするらしい。
晴翔が朱音を好きだというのは、正直すぐに、そうだろうなと納得できた。
何しろ、女の子と勘違いしていたとはいえ、俺と晴翔は幼稚園の時、あからさまに朱音を2人でとりあっていたのだ。
小学生で朱音が男とわかり、三人で男友達として連むようになってしばらくは平和だったが、思えば中学生になってからは、晴翔の朱音に対する言動に、いちいち腹が立つことが多かった。
例えば、朱音が家庭の事情でグレて髪を染めた時、すげえ綺麗な色だし似合ってるじゃんと、やけに馴れ馴れしく朱音の髪を撫でたり
朱音がピアスをしだした時も、俺が開けたと自慢気に言いながら朱音の耳タブを弄ったり
だけど朱音は、その度にキモい触り方すんなと晴翔の手を払っていたし、幼い頃から穴が開くほど朱音を見つめてきた俺には、朱音の晴翔に対する態度や表情は、決して好きな男に対するそれではなかったという確信がある。
「俺は絶対に信じねーぞ!今日も朱音おまえのこと普通に殴ってたし、全然恋人に対する態度じゃなかった!」
「そんなのおまえがいるから普通にしてるだけに決まってるだろ?大体おまえはなあ、バイト始めて女追っかけて、朱音に好きだってストレートに告白もできなかったくせに、今更彼女ができて誘われてるとか言って、朱音の気をひこうとしてんじゃねえよ!」
「別に気をひこうとしてるわけじゃねえし!
てゆうかおまえ、俺が彼女のこと相談したら、朱音が俺に靡くとか思っちゃってるわけ?付き合ってるのにそれって余裕なさすぎじゃねえ?絶対おかしいだろ?おまえは朱音好きだけど、付き合ってるわけじゃないから俺を朱音から遠ざけようとしてんだろ?」
「は?んなわけねーだろ!朱音はもう心も身体も全部俺のものなんだよ!」
「うるせえ黙れ!朱音をおまえの欲望で汚すんじゃねえ!あーもう決めた!俺彼女と別れて朱音を守る!朱音に可愛い彼女ができたってならまだしも、女食い散らかしてる獣のおまえに朱音が狙われてると知ったからには見逃すわけにはいかねー!」
そう叫んだ次の瞬間、晴翔は突然ポケットに手を突っ込み、俺に思いきり何かを投げつけてきた。それは、俺の学ランの胸に強くあたり、そのまま屋上のコンクリートの上へと、風鈴のように涼しげな音をたて落ちていく。
思わず目で追った視線の先にあったのは鍵だった。今はもう引っ越して住んでいないが、幼い頃自分も家族で暮らしていた、晴翔の住む団地の鍵。
「なんだよおまえ!いきなり!」
「そんなに言うなら、俺たちが恋人だって証拠見せてやるよ!それ渡しとくから、先に俺の家に入ってろ。俺の部屋の押し入れ、ベッド買って布団捨てたから、人一人くらい入れるの知ってるだろ?本当は今日、お袋が長距離で地方まで行ってて帰ってくるの明日だから、朱音と二人きりで過ごす予定だったんだ」
「な?え?」
意味がわからず間抜けな返事をする俺を真っ直ぐ睨みつけ、晴翔は言った。
「押し入れから、朱音が俺と2人きりでいる時の姿覗いてろって言ってんだよ!それで俺らが恋人同士だってわかったら、朱音のことはきっぱり諦めてもらうからな!」
晴翔の意図を理解した俺は、コンクリートに落ちた鍵を拾い握りしめる。
「いいぜ、そんなに言うなら、本当だって証拠見てやるよ!」
引けなくなった男二人の、売り言葉に買い言葉。秘めると決めた恋は、美しい想い出のまま、心の奥底にしまっておくべきだったのに
こうして俺は、差し出されるままパンドラの箱に手を伸ばし、残酷なほど滑稽な、自分の愚かさを知ることになるのだ。
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