第4話「魔導士の懊悩」

 



「雇ってください、



 あれから十日ほど経ったある日、デュオは再び辺境に唐突に現れ、唐突に口を開いた。


 唐突、というのは現れ方であって、今回は行儀よくきちんと、王城から先触れを出した上でのフロトポロス領訪問だった。

 転移の間から領主の執務室に通されたデュオは、同席しているシルベスタからの嫌悪の視線をひしひしと感じながらジークハルトに申し出た。



「それは『雇用』とは言わん」



「それじゃあ『無料奉仕』で。推薦状もありますよ、ほらここに」



 渋い顔のジークハルトを前にして、平然と言い直したデュオが、上質だがなんの変哲もない封書を、ついと差し出した。



 ジークハルトは渡された書簡の封印と署名を見て頭を抱えた。



「・・・姉上は何を考えておられるのだ。それにこっちはミゼン殿の書簡ではないか」



「俺の人脈を活用させてもらいました」



 悪びれもせず言い放ったデュオだったが、実は城に戻ってミゼンの庵に押しかけ、これまで取ったことのないほど低姿勢で頼み込んで、やっともぎ取った推薦状だったのだ。

 一方オルタンシアの推薦状は、渋々認めたミゼンと違って、事情を知った彼女が嬉々としてデュオに寄越したものだった。

 予言の魔女プロフィティアこと王妃オルタンシアは、面白いことや変化に富むことが大好きなのだ。



「それで、無料奉仕はいいがその仕事『内容』は?」



「フロトポロス領の専属魔導士として異世界人の異能の調査と、新しい魔術の開発協力をシズルに頼みたい」



 シズル曰く『省エネ』とかいう、シズル謹製の防御主体の『反作用の盾』は、いろいろ試してみたところ、攻撃魔法よりも消費魔力が少ない上に、相手の攻撃をそのまま相手に返すという、とても効率の良いものだった。ミゼンも面白がって、盾ではなく城を守る城壁そのものに使えるのではないかと言い出し、デュオを呆れさせた。


 そんな風に、この世界では既に飽和状態で停滞している魔術の新しい試みのきっかけを、異世界人のシズルが与えてくれるのではないかと『魔導士の二番目デュオ』としては期待しているのだった。




「調査だと? お前まだ・・・!」



 静かに対応しているジークハルトとは正反対に、シルベスタは先程からずっとデュオを睨みつけたままだった。



「勘違いしないでくださいよ、メントル様。何も人体実験紛いのことをするわけじゃありませんよ。どのみち魔術に精通した、力のある魔導士がそばにいないと危険でしょう?」



 ジークハルトには、その意味ありげな視線の意味は充分理解できた。確かにミゼンの庵で見たあの力は危険だ。しかもまだ進化の途中ときている。



「だが、そもそもお前は城付き魔導士ではないか」



にすると、国を挙げての話になっていろいろ厄介ですから、『辺境伯の雇われ魔導士が、その地に住むもう一人の異世界人を調査する』という、このかたちを取ることにしたんですよ。元々俺は世界のあちこち周ってて、城には殆ど居ませんでしたから。本当はミゼン本人が来たがったんですが、さすがにそういうわけにはいかない。だから俺が来たんです」



 理屈はわかったが、デュオはシズルに対していろいろ悪さをしていることもあって、ジークハルトはなかなか回答を出すことができなかった。



「だが、ミゼン殿の庵で起こったように、お前自体が、その危険な力の発現の引き金になる恐れがある」



「気をつけますよ」



「信用できるか!」



 黙って聞いていたシルベスタがついに堪りかねて声をあげた。シルベスタは、シズルに散々絡んで傷つけたデュオのことなど、これっぽっちも信用していないのだ。



「信じてくださいよ、俺には、惚れた女を虐める趣味はないですから」



「・・・・」



「・・・・」



「「はぁ?!」」



 しばらく言葉の意味を噛みしめるように沈黙していた主従が綺麗にハモった。



「なんかへんな台詞が聞こえたんだが、シル」



「オレにも聞こえたぞジーク」



「お前、シズルに投げられすぎて、どこか変なところを打ったんじゃないか? うちにも腕のいい魔法医マギコギアトロいるから診てもらえるぞ? いやむしろ今すぐ診てもらってこい」



「そうだぞ、ぜひアフセン医伯せんせいに診てもらったほうがいい」



 さっきまで敵意剥き出しだったシルベスタまで、本気で心配そうにしている。



「・・・なんだ、俺はてっきり」



 ふたりが、と言いかけたが目の前のふたりはとても渋い表情をしていた。



「お前までやめろ。俺は風評被害の拡散防止に尽力して、今の状態に落ち着いているんだ。俺の趣味はお前ほど悪くない」



「オレはあの時のは気の迷いと確信したんだ、蒸し返さないでくれ」



 デュオに対してもシズルに対しても随分な言い方だが、生まれてこのかた、男女間の『友愛』や『親愛』というものを見たことがなかったデュオは、やっぱり三人の関係性がよく理解できなかった。



「ミゼン殿の代理ということなら仕方がない。本邸の出入りは許可するが、この度は客人ではない。住まうところは兵舎か使用人棟になるが」



「それでかまいませんよ。それはそうと、肝心のシズルはどこです?」



「あいつはアディスが付き添って、ザカリたちと街へ視察に出ている」



「アディス?」



 また新しい男の名前が登場して、一体シズルの周りにはどれだけ男がいるんだとデュオはげんなりした。



「ここの警備責任者でシズルの父親だな」



 ジークハルトの的確で簡単な説明に、ぷっとシルベスタが吹き出した。



「そういえばもうひとり父親がいるぞ、なぁジーク」



「ガストロか。アフセンもシズルに甘いし、ほかにもあいつを気に入っている保護者が山ほどいるぞ。まぁ頑張れ」



「まあ一番の障害はザカリだな。あいつシズルに何度も、お前のことを『カンデイイカ』って許可を求めてたからな」



 魔狼ザカリに咬みつかれそうになったことを思い出したついでに、全裸の美青年ザカリにのしかかられたという、封印していた記憶まで蘇ってしまったデュオは、その記憶を封印し直すのに苦労しなければならなかった。



「冗談はさておき、無料奉仕にしろ正式雇用にしろ、公私混同は認められん。そのあたりはきっちりと線引きしてくれ、魔導士殿」



「わかってますよ」



「それと」



 踵を返して退室しようとしたデュオに、ジークハルトは声をかけた。



シズルを玩具扱いしたら、次は俺が俺の持てる人脈と魔力の全てを使って、この世界からお前を消し去ってやる。いいな」



 脅しつけるような言い方ではない、ただ淡々と『その時はそうする』と静かな声で宣言しただけだったが、、デュオに対して『お前など殴る価値もない』と冷たく言い放った時と同じ、凍るような目をしていた。



「わかりました」



 使い魔ザカリどころではない、国王を義兄に持つ辺境伯が一番厄介な保護者だった。






 ジークハルトの執務室を出たところでデュオはシズルと鉢合わせた。アディスとかいう人物は見当たらず、シズルのそばにはザカリとテッセラという見知った者の姿しかなかった。



「あれ? なんでお邸にいるんですデュオ。ギネカさんの所にホンモノの転職ジョブチェンジしたんじゃなかったんですか?」



 背後に、美麗な人間に変化へんげしている、使い魔のザカリを張り付けたシズルが、デュオを見て驚いたように言った。ザカリはデュオを見た途端、警戒心をあらわにして後ろからシズルをぎゅうと抱きしめて、彼女と同じ緋い目でデュオを睨みつけている。

 中身は『ひよこ』なおこさまだとわかってはいるが、いかんせんその見た目は銀髪長身の精悍な顔立ちの美青年だ。思わずデュオの眉間に皺が寄った。



「本物の転職ってなんだよ」



「このあいだ私が、デュオにご馳走になってた時にたまたま会ったギネカさんと仲良くなったんでしょう? 私の代わりに勧誘されて、の用心棒という、ちゃんとした職業に就いたと思ってたんですけど」



「えっ、デュオは城付き魔導士を辞められたの? ぼく辞めさせてもらえなかったのに」



 茶色の髪と目の十二才の少年で、デュオと同じ『番号持ち』の四番目テッセラが、二番目デュオに口を尖らせて言った。

 テッセラは一連の騒動後、城を離れ辺境のこの伯爵邸に住んでいる。以前は客間に住み着くただの居候だったが、今はちゃんとした部屋を与えられ、ザカリの友達兼教育係のようなことをしている。



「辞めてねぇよ。だからここにいる。シズルがミゼンの弟子になるのを渋るから、痺れを切らしたミゼンの依頼で、シズルを調べにきたんだ」



 ということにしておく。

 ところが、魔導士の『調査』というものがどういうものか、充分すぎるほど知っているテッセラが顔色を変えた。



「調査って・・・」



 魔導士の調査は徹底していて冷酷だ。調査対象は体の内外問わず隅から隅まで魔導士の納得の行くまで調べられる。そこには腑分け、つまり解剖も含まれる。



「ああ、例の『腑分け』ってやつですか?」



 どうやらシズルもそのことを知っているようで、それに気がついたデュオが、シズルを真っ直ぐ見つめて真面目な顔で言った。



「心配ない、惚れてる女にそんなことはしない」



「別にかまいませんけど、あいにく私は無抵抗主義ではないので、そちらもただでは済まない覚悟をしてくださ ん? 惚れてる?」 



「前から変わったやつだと思ってたけど、デュオってば趣味わる、いひゃいいひゃい! やめへ、しるる!」



 いつものように『口は災いの元』の体現者テッセラの口をつねってシズルが言った。



「テッセラ君、君は賢いのかそうじゃないのかどっちなのかな? それより、なんだか変な台詞が聞こえたような気がしたんだけど」



「俺はお前に惚れてる」



 周囲に一体どれだけの信奉者がいるかわかったものではないシズルに対して、まどろっこしいマネはやめだ。

 デュオは正攻法で直接本人に伝えた。



「はあそうですか、それはどうもありがとうございます。でもそういうのは、まにあってますので結構です」



 渾身の告白に対する、シズルの想像の斜め上の反応にデュオは戸惑った。そんなデュオにシズルは顔色も変えず、すらすら理由を説明した。



「幸か不幸か女扱いされていないせいで、皆さん、私の前でも平気で猥談エロいはなしをしてくれやがるんですよ。その中には最近この辺境にやってきた若い魔導士の話なんかもありまして、その方は随分とお金持ちの好色漢スケコマシらしくて、『男性専用の社交場』で何やらいろいろ喰い散らかしたとかなんとか。すげぇ、とうちの脳筋集団が感心してましたよ?」



「・・・へー、俺の他にも辺境ここに魔導士が来てるのか」



 デュオには心当たりが充分ありすぎたが、とりあえず他人事ととぼけておいた。



「なんでもその魔導士は長い三つ編みで、へんてこな眼鏡をかけて綺麗な菫色の目をしてたと。そうそう、ギネカさんののお姐さんたちが『またいつでも来てね♡』だそうですよ、デュオ」



「ギネカってこの辺を仕切ってる商会長でしょ? あの人飲食店なんかやってた?」



「クウ、ナニ? マドウシ、エサ?」



 おこさまふたりが首を傾げて問いかけてきたが、シズルはそれには答えず、にっこり笑った。



「なのでわざわざ私に惚れたとか愛想振りまかなくても、調査や研究くらい付き合いますよ。仕事に支障が出ない限り、赤の他人のフリーダムな下半身事情には興味がないのでご自由にどうぞ」



 シズルは本当に興味がなさそうに言うと、ザカリとテッセラを連れてその場から去っていった。






 その場に取り残されたデュオは、初めて多情うわきものな自分を呪った。

 その多情なデュオが、初めて心から欲しいと望んだ女にいきなりサイテーな下半身男だとバレてしまった、いやバラされてしまった。

 意識的か無意識か、しかも男女問わずこの辺境の地には、デュオの素行を逐一、シズルに報告する人間が溢れていることに愕然とする。


 今更聖人君子のようになれと言われたところで、今までの習慣はなかなか変えられるものではない。しかしサイテーな下半身男のレッテルを払拭したいデュオは、これから暫くのあいだ、己の本能リビドーと戦う羽目になる。



 それを人は自業自得という。






 いつの間にか背後にいた辺境の貴族ふたりが、それぞれ違う反応を示した。



「お前は最低だ! やっぱり信用できない。シズルには相応しくない!」



 まるで本当の親兄妹おやきょうだいのような反応をするシルベスタと、



「まあ、この辺境に金を落としてくれるなら俺は別に構わんが、刃傷沙汰は気をつけてくれ。辺境は土地柄、男女共におおらかだが気の荒い者も多いからな」



 どこかシズルにも似た反応をするジークハルトだった。






 こうしてデュオは取りあえず『心から望むもの』のそばには行けたのだったが、それを手に入れるためには神の山ヴノテオスを登るよりも、さらに困難な道程みちのり辿たどることになってしまった。



 しかしながらその山を登りきったとして、果たして結果がどうなるかについては、正に『』ところだった。








 おしまい。


 デュオの今後の健闘を祈って・・・そして次のかけらのお話へ。

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魔導士の懊悩 依澄礼 @hokuto1

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