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昼食を取り終えると、いよいよもって暇ができてしまったリディアは大人しく部屋で読書を……するはずがなかった。
もともと活発で好奇心旺盛な彼女のこと。ここ最近それがなりを潜めていたのはただ単にあれやこれやと準備するものがあったため、忙しくてそれどころじゃなかったというのが本当のところだ。
そして、その悪いクセが今、ムクムクと頭をもたげてきていた。
部屋に戻り、ネグリジェに着替える。そしてベッドにもぐってからミミを部屋に呼び寄せた。
「ミミ。私、ちょっとお昼寝したいから、呼ぶまで誰も部屋に入れないでくれる?午後のお茶とおやつもいらないわ」
「分かりました。仕立て屋に付き合ってお疲れでしょうから、ごゆっくりお休みくださいませ」
「うん。ありがとう。おやすみなさい」
ミミはニコリと笑って一礼してから部屋を出ていった。
パタンとドアが最後まで閉まるのを確認してからすぐさまベッドから抜け出し、代わりに部屋にあった家具をベッドの中に押し込んでいく。人の形が出来上がると、リディアは一仕事終えたとフゥと満足そうに息を吐いた。念のための偽装工作だ。
それから部屋のクローゼットの中にある比較的目立たないような服を取り出し、それに着替える。選んだのはクリーム色のドレスで、オレンジの花が足元に僅かに散りばめられているやつだ。その上に白い外套を羽織ってしまえば大丈夫だろう。そう判断し、その外套も手に取った。
部屋からそっと顔を出すと、使用人達が忙しなく動き回っている。その中にはオルガの指示を受けたのだろうミミの姿もあった。その合間を見計らい、リディアは外へ出た。
「ちょっとの間だから」
少し離れたところで屋敷を振り返ると、聞こえないと分かっていても、つい言い訳の言葉が口をついて出た。
そして踵を返し、たくさんの人で賑わう街へと足を踏み出した。
クレイヤンクール家は王都の中でも高級住宅地が立ち並ぶ一等地の中にある。そこから少し行くと、たくさんの人達が行き交う公園があり、そこを抜けると王都にあるリディアの家の屋敷がある。
緑豊かなその公園はリディアもお気に入りの場所だ。そこを目指して足を進めていく。
いつもは馬車で通るこの道も、たまにはこうやって抜け出して歩いてみるのもいいかもしれない。
春の芽吹きが至る所で見られ、花壇にはたくさんの花が咲き乱れている。行き交う人の表情も寒さ厳しい冬とは違い、どことなく綻んで見える。
「そこのお嬢さん」
足を止め、リディアが花壇の花を眺めていると、背後から若い男の声がした。
知らない人に話しかけられても返事をしてはいけません。幼い頃から耳が痛くなるほど言い聞かせられているのにも関わらず、彼女の人の良さがその教えをいつも頭の片隅に押しやってしまっている。今回もそうだった。
リディアがその声がする方へ顔を向けると、薄手のフロックコートに身を包んだ端正な顔立ちの男だった。落ち着いた茶色の髪がさらさらと風にたなびいている。リディアをしっかりと捉えている瞳はさらに濃い褐色の輝きを持っていた。
端正といえる部類に文句なしに入る男は、申し訳なさそうに一枚の紙きれをリディアの前に見せた。
「すみませんが、この国に来たばかりでまだこの国の文字に明るくないのです。ここになんと書いてあるのか教えていただけませんか?知り合いに言葉は教えてもらったのですが、悪筆だったせいで字までは学べなくて」
「えぇ。それくらいなら全く構いませんわ」
とても困っていたのだろう。その男はパッと表情を明るくした。
「ありがとうございます」
「いえ。えぇっと……なんですって!?」
リディアが受け取ってその紙切れを見ると、目を疑うような文字がずらずらと書かれていた。
つい大声をあげてしまい、慌てて口を押えるも、もう遅い。周りにいた人達が一斉にリディアの方へ視線を向けてきた。
「ご、ごめんなさい。なんでもありません」
苦笑いで周囲に謝ると、なんだなんだと注目を向けていた人達も自分達の会話へ戻っていった。ごく僅かに痴話喧嘩かと野次馬根性丸出しの人がこちらへチラチラと視線を向けてくる。
「ちょ、ちょっとこちらへ」
「えっ」
リディアはその男の腕を掴み、驚く男をよそにどんどん急ぎ足で歩を進めていく。
側から見れば二人が恋人同士のように見えてしまうことなど、今のリディアの頭の中にはなかった。
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