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◇◆◇◆
――ねぇ、リディア。もし大好きな人ができたらそれはとても素敵なことよ。
――おかあさまのだいすきなひとってわたし?
――ふふっ。そうね。それと、貴女のお父様と
あの時、母はなんと続けて言っていただろうか。
リディアは上手く働かない頭で無理に考えようとはせず、しばらくの間、ぼーっと天井を見上げていた。
他愛のない夢であるはずなのに、その夢の中に今は亡き母が出てくるだけで嫌に感傷的になってしまう。しかも、内容的にも今そういうものを考えさせられる問題に直面しているだけに余計だ。
「お嬢様、お目覚めですか?」
「……えぇ。入っても大丈夫よ」
「失礼いたします」
リディアがこの屋敷に滞在中の間、世話係に
赤い髪を両脇で三つ編みを作り、丸い眼鏡をかけたミミはとても
「ねぇ、ミミ」
「なんでしょう?」
ミミからタオルを受け取り、リディアは濡れた顔を拭った。その合間に髪のセットの準備をしているミミの方をちらりと見つつ声をかけると、ミミは首を傾げてリディアの方に視線を寄越してきた。
「ミミは大好きな人っている?」
「えっ!? わ、私はそんな人、まだいませんっ!」
「あら、家族は?」
「家族はもちろん好きですけど……お嬢様がもとめていらしゃる大好きな人とはそういう好きとは違うものでしょう?」
「……どうなのかしら」
リディアは自分で尋ねておいてよく分からなくなっていた。
でも、ミミにもそういう意味での好きな人はいないと知って、少しだけホッとしたのも事実だ。この気持ちを家族以外の誰かに持っていない者が自分以外にもいる。きっと聞けばもっといるだろうけれど、これから偽とはいえ婚約を発表しようとする人間が不用意に聞いていいものではないことはリディアにも分かる。
そんなリディアの気持ちを察したのか、ミミは柔らかく微笑んだ。
「お嬢様。お嬢様はお嬢様のペースで進めばよろしいのではないですか? 旦那様もきっと待っていてくださいますよ」
リディアよりも年下であるにも関わらず、まるで人生をより長く生きた年長者のような口ぶりで物事を言う。そしてそれはリディアの心にストンと簡単に落ちた。
「そうね。……って、なんでそこでジョエルが出てくるの!?」
リディアもそれについ返事をしてしまった。そして、ふと引っかかりを覚え、その引っかかりの要因に気づいた時、いつもの調子を取り戻したかのように大声を張り上げた。
それに対してミミはニコニコと笑いながらリディアの髪に手を伸ばした。スルスルとよく
「オルガさんに聞きましたよ。お嬢様、昔は旦那様の後ろをよくついて回っていたそうじゃないですか。それに私、幼馴染で婚約なんて、すごく憧れます」
「他人事だと思って。ジョエルと本当に婚約なんてしたら毎日
「なんで今は喧嘩ばっかりになってしまったんですか? 昔の写真とかも見せてもらいましたけど、本当に仲が良さそうなのに」
「……忘れたわ」
それは半分嘘だ。忘れたんじゃなくて、忘れたかったのだ。リディアにとって、あまりいい記憶ではないから。
ミミは再び表情が曇ってしまったリディアを見て、それ以上追及するのはやめた。
「あっ、お嬢様。そういえば、今日は仕立て屋がドレスを持ってくる日ですね」
話題を変えたミミに、リディアも卓上に置かれたカレンダーを見てようやくそれを思い出した。
「そうだったわね。でも、あんな急に頼んで大丈夫なのかしら?」
「ご安心ください。あの仕立て屋は早くとも完璧な仕事をすることで有名な所ですから。その分値段も張るみたいですが、お嬢様のためであれば旦那様はいくらでも出してくれますよ!」
「……それはクレイヤンクール家の財政に関わるから、控えた方がいいと思うんだけど」
「大丈夫です! アルマンさんも了承済ですから。むしろもっとお嬢様のためにお使いくださいって旦那様に進言してたくらいですよ」
昔から知っている令嬢とはいえ他家の者に大判振る舞いするクレイヤンクール家の財布は一体誰が握っているんだろうか。リディアはその人物と一回話をつけなければいけない気がした。
もちろん最終決定権はジョエルにあるのだが、そこに至るまで進言する人物は少なからずいるはずだ。そして、あの超がつくほど面倒くさがりのジョエルはほとんど言われるがままに裁可しているに違いない。
目下話をつけるべきなのは執事のアルマンと侍女長のオルガだろう。あの二人のおかげで敵を作る天才であるジョエルが当主のままでいられていると言っても過言ではない。影の立役者だ。
お礼を言うべきなのか、苦言を
「お嬢様、愛されてますねー」
おどけたように言うミミの言葉に、リディアは苦笑いでもって返した。
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