ポーション成り上がり。外伝 ~四年に一度の武闘大会~

夜桜 蒼

第1話 四年に一度の武闘大会


「ついにこの日が来た。四年に一度の武闘大会」


 ランデリック帝国で四年に一度開かれる武闘大会。近隣諸国も含め大陸中から参加者を集い開催される大陸最大の武闘大会である。

 大陸中から一万人を越える参加者が集まるこの大会の優勝者には皇帝より望みの褒美が与えられる。


「俺はここで優勝して将軍になる!」


 本戦に進む為の予選会場を前にして決意を露わにするのは帝国の片田舎に住む青年――ザック。今年15歳となり成人の儀式を終えたばかりの男だ。

 村では父親と農業をしつつ、猟師に弟子入りしてその腕を磨いて来た。その腕前は既に師である猟師を越え村でも一番の実力を持つ期待の若者であった。


 ザックには夢がある。実力主義の帝国で将軍になることだ。この大会で優勝した者は軍への入隊に高待遇が約束されている。第一回目の優勝者は帝国軍で第五軍を預かる将軍へとなっており、この大会は優秀な者を餞別する軍人の登龍門となっていた。


「へッ、見てみろよ。あの小僧、優勝するつもりらしいぜ! そんな貧弱な体で何ができるってんだよ!」

「クク、止めてやれよ、夢を見るのは自由なんだからさ。せいぜい頑張れよ、少年」


 ザックを見て笑っている男達は革と鉄の鎧を身に付け、長い槍を携えた冒険者風の二人組だった。その体付きは筋肉粒々であり、歴戦の勇士を彷彿させる立ち姿であった。二人を見たザックの額から汗が流れ落ちる。これまで見て来た冒険者や兵士とはその貫禄が違い過ぎた。間違いなく優勝候補の筆頭であり、ザックが太刀打ちできるレベルではないと理解してしまった。


「っ、それでも!」


 ザックは歯を噛み締め二人を睨みつける。この二人に勝てないとしても本戦への参加人数はこの会場から二十名が選出される。本戦に出場することができれば帝国軍への入隊に弾みを付けることは十分に可能である。

 ザックは初めて目にする本当の強者の姿に尻込みするが、夢の為に拳を握り腹に力を入れ一歩を踏み出す。


「ヘッ、良い面になったな。腰抜けの相手をするのは嫌だからな。せいぜい励むことだな」

「俺らと対するなら容赦はしねぇ。力量を計るのも強者の技だぞ」


 ザックの視線に頬を緩ませる二人組。若い頃を思い出しザックのひたむきな姿に笑みが零れていた。

 ――そこに、フードを被った者が近づいて来た。


「――邪魔ですわよ? どいて下さる?」


「「ッ!?」」


 二人組の男達は大袈裟と言えるほど後ろへ大きく飛び、フードを被った長身の女性に槍を構えた。


「っ、ちょ、ちょっと待ってください! ここは会場の外ですよ! ここでの戦闘は禁止されてます!」


 ザックは男達とフードの女性の間に飛び込み男達に武器を下げるように叫ぶ。会場の警備をしている兵士に見つかれば失格となってしまう。これほどの男達がこんな所で失格になるのは見過ごす事が出来なかった。そして女性に武器を向けるという行いも黙って見ているわけにはいかない。


「…………私は別に争うつもりはありませんわよ。ですけど――向かって来るなら容赦はしませんわ」

「「「ッ!!」」」


 ザックは男達と対峙したまま動く事が出来なくなった。額には大量の汗が流れている。いや、額だけではなく手や背中にも大量の汗が流れている。背後を振り返ることが出来ず男達を見ることしか出来ないザックだったが、その視線の先にいる男達の額にも大量の汗が浮き出ていることに戸惑いを隠せなかった。


「…………。私は行きますわよ。どうせこの後、戦うことになるのでしょう」


 フードを被った女性はそのままザック達を残し会場へと入って行く。

 女性の姿が見えなくなるとザックは膝から崩れ落ち地面に手をついた。そして激しく動く心臓を抑えるべく胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。


「な、なん、だ、い、いま、のは?」


 ザックは呂律が上手く回らないまま、会場の入り口を見つめ呟いていた。


「くそったれ、何でアイツがここにいるんだよ」

「く、どうする? 選出人数は二十人だ。上手く躱せば問題はないが」

「やるに決まってるだろ! ここで逃げ出せば俺達は笑いもんだ! 上手くやれば俺達の名も上がる!」

「……だな。所詮は女一人。今回はバトルロワイアル形式だ。上手くやれば大手柄になるかも知れん」


 男達はザックを残し、真剣な表情を浮かべたまま会場へと入って行く。


「…………。いったい、なにが」


 一人残されたザックは予選会場の入り口を見つめたまま、唖然とすることしか出来なかった。


 ◇


『さぁー! 始まりました大武闘大会、第八予選会場――バリヌスシ会場からわたくし、デミオが司会進行させていただきまス!!』


 音を増幅させる魔導具を片手に覆面をした男が会場の闘技台に立ち開始を宣言する。

 会場は闘技台をぐるりと360度覆う客席が設けられたコロシアムになっており、観客席は満席でデミオの宣言に大いに沸いていた。


 その歓声を聞きながらザックは選手控室で師匠である猟師から貰った短剣を握り絞めて不安を押し殺していた。

 武闘大会は武器、防具の使用が許可された何でもありの無差別大会であり、今大会で人を殺してもそれは罪には問われない命がけの戦いであった。

 多少の怪我であれば用意された治療用ポーションで治療も可能だが、とても高価であり平民であるザックには購入できない。

 それでも夢のためザックは自前の革の鎧を身に付け短剣を片手に闘志を奮い立たせていた。


『では、本大会のルールを説明します。今回は本戦へ進める勇者を二十人選出する予選大会となっております! ルールは簡潔! 参加者五百人がリングに上がり闘う! それだけです! 武器の使用、魔法の使用、魔道具の使用! なんでもござれ!! ん? なになに、五百人もリングに上がれるのか? もっともな意見だ! 真の強者がアンラッキーっで消えるのをわたくしは見たくない!! そこで、わたくし共が見定めた戦士100人はリングの人数が100人になったと同時にリングへ上がって頂きます!! つまり、先ずは前哨戦としてわたくし共に選ばれなかった400人が100人になるまで雌雄を決します!! はいそこ! ブーたれない! この世は弱肉強食! 弱い者が悪いのでス!!』


 ザックはデミオの言葉を聞きながら前哨戦の選手が集まる控室でその時を待っていた。会場の入り口でザックが出会った二人組の男達の姿はなく、戦士100人に選ばれていた。そして代わりにフードを被った女性の姿がそこにあった。


「(なんでいるんだよ)」


 ザックの背後には壁に背中を預けて立ち尽くすフードの女性の姿があった。手狭な控室にあって女性の周囲だけぽっかりと開いた空間が印象的である。周囲にいる男達は女性の姿に、ある者はゲスな視線を向け、ある者は絶望の表情を浮かべ、ある者は闘気を漲らせていた。

 二人組の男達の言動からも間違いなく強者であるはずの女性が前哨戦の控室にいることに違和感を感じながらもザックは戦いに向けて心を静めていた。


『では皆様! 呼んでみましょう! 我こそはと立ち上がった勇敢なる者達を!! 栄光を手にするのは一体誰だ!? 選手入場ォォォ!!』


 歓声に掻き消されないように声を張るデミオの叫びと共に控室の扉が開かれる。そして一斉にリングに駆け上がる戦士たち。

 ザックも頬を両手で叩き気合を入れてリングに向かう。その視線の端にはフードを被ったまま、何の装備も持たない女性の姿があった。

 その姿に心臓が握り潰される感覚を味わったザックは女性から最も離れた反対側へ足を進める。


『それでは! 試合開始!!』


 ザックが辿り着いたと同時にデミオが開始を宣言。一斉に闘いが始まる。

「おぉぉらぁぁぁあ!!」

「ぐぅ、っあぁぁあ!!」

 開始と同時にザックの横に居た兵士風の男がロングソードでザックに斬りかかった。

 それをザックは短剣で受け止め、横に受け流す。そしてバランスが崩れた男の膝に回し蹴りを放つ。しかし前進した男が太ももで受け止め、逆にザックのバランスが崩れた。そこに体当たりを喰らいザックは闘技台の上を転がされる。

 リングから落ちると失格となる為、ザックは転がりながらも外側ではなく中央側に転がり男と距離を取ろうとする。

「もらったァァァ!!」

 ザックが逃げる方向に男は素早く移動してロングソードを振り下ろす。

 ザックが避け切れないと両手でガードするが何時まで経っても痛みがやってこない。

 不審に思ったザックがガードを解くと視界には誰も居なかった。


『っ、こ、これは、な、なん』

「司会さん? サッサと次を呼んで下さいな。時間の無駄ですわよ」


 闘技台に立っているのはフードを被った女性のみ。立ち上がる事が出来る者はザックを除き誰もいない。そのザックも余りの事態に立ち上がることを忘れていた。


 女性の声にデミオが慌てて戦士100人を闘技台へと上がらせる。戦士たちは全員が女性に武器を構え緊張した面持ちで身構えていた。


 そしてザックは闘技台に座ったままその光景を見ていた。――群がる歴戦の戦士達をすれ違いざまに一撃で沈めて行く闘神の姿を。

 呼吸を忘れ、目を見開き、ザックはその光景を見つめていた。そして目が乾くよりも早く決着はついた。

 闘技台に立っているのはフードを被った長身の女性のみ。意識があり、立ち上がることができるのはザックのみ。

 選出人数は二十人のはずであったが、デミオが止める間もなく戦いは終わっていた。


 ◇


「ザック、お前、兵士になるんじゃなかったのか?」

 予選大会から数日が経った頃、ザックは本戦会場ではなく、故郷の村で畑を耕していた。

「俺じゃ兵士にはなれないよ。俺はただの村人だもん」

 ザックは本戦出場を辞退していた。座っていたから残れたことへの不甲斐なさ――何てものは一切感じなかった。ただ自身の分を理解しただけ。戦士には戦士の村人には村人の分があると。


「俺、立派な農民になるよ」

「なんだ、それ」


 後日、ザックの村に一つの噂が流れる。闘技場にて800戦無敗――殲滅姫ツバキの噂が。

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 ポーション成り上がり。外伝 ~四年に一度の武闘大会~ 夜桜 蒼 @yozakurasou

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