カプセルはハコの中に

朝凪 凜

第1話

「最近寒いから思いついたんだけどさ」

 ホームルーム前のわいわいがやがやしている時間。日野杏子きょうこが椅子に座りながら聞いてくる。

「うん?」

 私は後ろを向いて返事をする。

「タイムカプセルって面白そうじゃない?」

 いつも唐突だけど、今回もまた唐突だった。

「あー、いいよね。タイムカプセル。子供の頃に埋めたやつが大人になってから『こんなことあったなぁ』ってノスタルジーに浸るやつ」

 よくあるやつで、埋めたら忘れてるっていうところに、当時のオモチャとかを入れて懐かしむやつだ。

「そうそう、それ」

「ところで、なんで寒いから思いついたの?」

 寒いからとタイムカプセルの関連性がまるで分からない。

「霜柱ってあるでしょ? あれでタイムカプセルを覆っちゃえば完璧じゃない?」

「どこらへんが完璧なのよ」

「霜柱で凍った所をさらに氷で凍らせれば完璧」

「霜柱の意味なくない? 氷の玉で良くない?」

 そもそも凍らせても冬が過ぎたら溶けるというところには突っ込まないのか?

「そっかぁ。それよりタイムカプセルやってみたくない?」

「それはちょっとやってみたい」

 高校になってタイムカプセルはさすがに懐かしむには時が遅すぎるけど、やりたいことに変わりは無いのだ。

「それで50年後の自分へ、っていう手紙とか書いて、50年後にそれを開けたときに、『子供の頃からこんな賢かったなんて、さすが私』って過去からの手紙を読んでみんなに誇りたい」

「それ辞書引きながら書いて、結局何が言いたいんだかわからない奴でしょ」

「そうそれ! なんか抽象的にそれっぽく書けばなんか頭良い感じに見えるやつ!」

「その言葉から頭悪い感じが滲み出てる」

「50年後にはそれを読んで涙が滲み出るよ」

「あの頃は神童だったのに……。今ではしがないパートで一人淋しく……」

「人の人生設計を変えない! でもタイムカプセルってほとんど見ないよね。やっちゃ駄目だったりするのかな」

 杏子が怒るところで私はまあまあ、と宥めるとすぐに別の話題に――というか元の話題に戻ってしまった。

「それ、多分ね、タイムカプセル自体が駄目になっちゃうからだと思う」

「無くなっちゃうの?」

「前にさ、何年も放置されてる物置からよく分からない箱とか出てきた事があったんだ。見た目からしてちょっと腐ってる何かが箱に付いてて、それを開ける勇気はうちの家族には誰も居なかった。ヤバい臭いとかしてた。しかもちょっと開いちゃってるの、マジヤバかった」

 あの光景は言葉では伝えきれない。まさに物置の奥底で異彩を放っていたのだ。なんであんなものを見つけてしまったのか、今でも見つけた自分を責めてやりたい。

「その箱はどうしたの……?」

「うん、見なかったことにして更に大きい箱で隠した」

「それから何十年かして、また物置から発見されたら多分家宝とかになってるよ、きっと」

「その家宝嫌すぎるわ」

「でもそっかー。タイムカプセルも適当に地面に埋めてるだけだから掘り出したときに大変なことになってるかもしれないわけだ」

「しっかり密閉してないだろうし、雨とか降って手紙なんかは無理じゃ無いかな」

 その言葉に杏子は何かに気づいて身を乗り出してきた。

「あ、やばいやばい。それすごくヤバい」

「だろ?」

「うん、っていうか小学校の頃にタイムカプセル埋めたんだよね。10年後の成人式で開けましょうってやつ」

「へぇ、でも学校でやってるならなんかちゃんとした箱に入れたりとかしてるんじゃないの?」

「それがね、入れたい物が大きくて学校で用意してくれた箱に入らなかったから、家から入る箱を持ってきてそれを埋めた……」

「え、それはヤバそう。何入れたの」

 この時点で既に嫌な予感しかしない。昔からこんなだったのか、コイツは。

「お父さんのカメラ。一眼レフとかってやつだと思う」

「えぇぇ!? なんでそんなの入れちゃったの?」

「んー、あんまり覚えてないけど、なんか凄いものを入れたら、忘れた頃に掘り出してお得っぽい感じがしたから、じゃないかな」

「それ、親は許可して入れたの?」

「ううん、そのタイムカプセルに入れる物を探してたときに、カメラを隠してそのまましばらく何も言われなかったから、じゃあこれでいいや、って」

「うわー、今でも話したら怒られそう。入れた箱ってちゃんとしたやつ?」

「ううん、買ったときの箱」

「それは、埋めて一週間くらいで駄目だったんじゃ無いですかね」

「その時は全然平気だって思ってたんだけどなぁ。何が悪かったのかなぁ」

 悪びれも無くそうのたまう杏子。

「お父さん可哀想」

「掘り出したら、私よりお父さんがむせび泣いて涙が流れそう」

「悲しみがすごい」

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