四色花 よんしょくか

@nakamichiko

四色花



 七十になる私の、幼い頃の記憶である。


私はおじいちゃん子だった。私の家の近くにある父の実家で


「四年に一度しか咲かないの? おじいちゃん? 」


「そうだな、四年に一度だけしかチャンスが無くて、その年の気候によっては咲かない年もある、でも今年はその四年目だ、ここ八年見ていない、でも今年は咲きそうな予感がするよ、お前が生まれた年に咲いたんだよ、ほら」

大きなアルバムの写真は、かなり色が抜けおちた感があったが、それでもしっかりと確認できた。


「え! 花びらが四つの別の色なの? シロ二枚、ピンク、水色,黄色、不思議だねおじいちゃん」

「変わっているだろう? 何が原因かわからないけれどこうなったんだよ、いつも庭のここに咲くんだ」

「小さい花だね、見たことがあるような無いような」

「ああ、調べたら日本の植物じゃじゃないそうだよ、きっと鳥が運んできてたまたまここに糞と一緒に落ちて、芽が出て花が咲いたんだよ。この花は突然変異と言って急にこんな風に色が変わったりすることがあるんだそうだ」


祖父の家は普通の一軒家だったが、野鳥撮影が趣味だったため、庭にピラカンサと言う木を植えていた。冬に鈴生りになる真っ赤な実は、鳥たちの大好物だった。



「あ!おじいちゃん! ツンツン鳥がやって来たよ! 今年はツンツン鳥がいっぱいだね、去年は来なかったのに」

頭がツン立っているので、私たち孫はそう呼んでいた。大きさはムクドリぐらいで、逆立った頭の毛、目のあたりは黒くその中の大きな赤茶色の目の鳥は、そのままマスコットになりそうな可愛さだった。


「昨日も来ていたよ。ツンツン鳥が来るのは大体この辺りは四年に一度くらいだからね。尻尾の一番先は何色だい? おじいちゃんは老眼でね、見え辛いんだ」


「黄色だよ、きれいな黄色」


「え! 赤じゃないのか? 」


「黄色だよ、みんな」


「キレンジャクの群れ!! 珍しい!!! 」


その時祖父はバシャバシャと写真を撮り始めたのを覚えている。ツンツン鳥、本当は尻尾の先が赤いものをヒレンジャク、黄色いものをキレンジャクと言う。

ロシアから冬にやって来る彼らがそうしてくれたのか、他の鳥なのか、わからない。その年の春になる少し手前の頃だった。


「今朝四色花が咲いたよ!! 」

祖父から連絡があり、私は学校に行く前にそれを見に行った。



正直言うと、ちょっとがっかりするくらいの小さな花だった。僕は友達に少々偉そうに四色花のことを話していたので、この事は「秘密にしておこう」と思ったぐらいだった。

でも小さな、子供の頃の自分の指先ほどの花びらが写真と同じように五枚あって、刺繍の模様の様だった。花びらには少し光沢があったので、本当に「作り物」のように見えた。小さなたった一つの株から低い位置に十輪ほどの花が咲いていて

「白の花びらの位置が違うんだね、おじいちゃん」

「ああ、そうだね、面白い」


祖父はカメラの三脚を立ててその花を撮影し、結局そのまま地方のニュースにまでなってしまった。


「小さすぎるよな」「でもとってもかわいい」

小学生たちは賛否両論だったが、懐かしい楽しい思い出だった。



 そうして私は大人になった。祖父は私が結婚する直前に亡くなってしまったが、婚約時代に二人で会いに行くことができ、私はこう告げた。


「おじいちゃん、家を壊すって聞いたけれど、できれば僕たちおじいちゃんの家に住みたいんだ」

祖母が先に逝ってしまい、祖父は長期入院中だった。

「古い家だよ、建て直したらどうかね」

「でもそんなことをしたら、あの花が見れなくなってしまうかもしれない」

「ハハハ、二十年前の事だ、もしかしたら気候の変化でもう無理なのかもしれないよ」

「本当に可愛い花ですね、私もぜひ見たいんです。土を入れ替えたりすると咲かなくなるかもしれませんから」

「そうかね、良かったな、理解をしてくれる人と出会えて」

最後に見たのは、本当に穏やかな祖父の笑顔だった。





「おじいちゃん、おばあちゃん、ツンツン鳥が来てるよ! ものすごくたくさん!! 」


今度は私が孫たちから言われる年になった。


「そうかい、尻尾の先は何色? 」


「えーっと・・・ほとんど黄色だよ」


「黄色! キレンジャク!! 」


私は祖父程野鳥好きではないが、彼らがやって来るのは楽しみにしていた。あの頃と同じように四年に一回ほどだった。


「キレンジャクは珍しいわね」


妻と孫と一緒に写真を撮ったり、双眼鏡で見て楽しんだりしているとぽつりと


「もしかすると、咲くかしら」


本物を一度も見たことのない妻が呟いた。それは女性の感だったのかもしれない。


 

春が近づいてくるある朝


「起きて」


とその日は随分と優しく起こされた。


「どうした? 体調でも悪いか? 」

「違うの、庭に出て」


私は寝間着のまま外に飛び出した。春先の寒さは体を一気に冷やしたけれど、そんなことは気にならなかった。何よりも


「四色花だ! 」


大きな声で私は叫んだ。六十年以上前のあの時以上に興奮して、うれしさは体中に溢れた。その後を妻がゆっくりと歩いて来て、腰をかがめ、四色花の本当にそっと触れた。


「うれしい・・・本当に・・・神様・・・」


あまり泣かない妻の涙を見た。私たちには孫がいるが、実は長男夫婦には子供がずっと出来なかった。本人たちも諦めていたのだが、それが去年の冬、子供を授かることができたのだった。私も妻も本人たちも、その喜びはきっと「四色花を見ることができた」くらいのものだろうと話していたのだ。


「ありがとう、ありがとう」


四色花が咲いてくれたことになのか、それともコウノトリでない鳥たちが運んでくれた奇跡だったのか。

私もあの時の祖父と同じように三脚を使って花を撮った。本当に美しいものを撮影したいと思ったら、やはりそうしなければならないとわかったからだ。


後日色々な人がここに訪れてきた。

もちろん一番最初は孫たちだった。


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