四年前のプロポーズ

柳佐 凪

押せなかった送信ボタン

☆2月29日にプロポーズする □


僕のtodoリストには、まだチェックが入っていない項目がある。


今日は四年に一度のうるう年のうるう日だ。

四年に一度の特別な日なら、きっと勇気が出るんじゃないかと思ったんだ。


でも、勇気が足りなかった。


プロポーズできなかったのは四年前。そう、前回のうるう年のうるう日だ。


僕はプロポーズできずに漫然と四年に一度の特別な日を過ごしてしまった。


煮えきらない僕に愛想を尽かした真彩まあやとの関係は徐々に冷え込み、僕の転勤もあって、いつの間にか連絡を取らなくなってしまった。


決定的に別れを確認し合ってはいない。いわゆる自然消滅と言うやつだ。


あれからもう、四年も経った。


もう、忘れてしまおうと思っていた。でも、お節介なスマートアシスタントが、わざわざ教えてくれる。


鈴二郎りんじろうさんtodoリストにチェックしましょう〉


「わかってるって! うるさいなあ」


スマホが生活を変えた事は認める。すごく便利になった。だけど、まだまだ人間の心ってやつをわかっていない。こういう古傷をえぐるような事をしているうちは、AIは人間に勝てない。


そんな偉そうな事を言えるほど、AIに詳しいわけではないが……。


〈ポン〉

〈過去の思い出をシェアしましょう〉


まただ、こんなにも残酷なしうちがあるだろうか。

四年前の真彩との思い出をシェアしろだなんて、どうかしている!


「あー! もういい加減にしてくれ! 真彩との思い出なんか見たくない! 真彩となんか……真彩と……真彩と話したい……」


〈ポン〉

〈真彩さんに電話をかけます〉


「え? う、おいおい! まて! そんなこと頼んでないぞ! オッケーヌーヌル! まて! オッケーヌーヌル 止まれ! オッケーヌーヌル 電話を切れ!」


〈ポン〉

〈電話を中止しました〉


「ふう……油断も隙もない。あぁ、びっくりした! もう、向うに着信行っちゃったかな? 大丈夫大丈夫、発信の履歴は残ってない。危ないなぁ! もう!」


そう言いながらも、こんな事故が起きそうになるのは、真彩の連絡先を消していない自分のせいなんだと分かっていた。このまま引きずっても良いことはない。そう思って、四年越しの思いに終止符を打とうと決めた。


「よし、アドレス消すぞ」


いざ、そう思うと、指が震える。四年前もそうだった。直接会ってプロポーズすることを断念した僕は、メッセージを送ることにした。しかし、結局は押せなかった。プロポーズのメッセージは書いたのに、送信ボタンを押せなかったのだ。


あの日の事を思い出して、じっとりと汗をかいた。もうやめよう、これ以上は不毛だ。


僕は、目をつぶったまま削除ボタンを押した。


〈削除しました〉


虚しいアシスタントの声が響く。やっと終わった、真彩との日々……。


〈ブーッ ブーッ ブーッ〉


「お、お? おうおう、なんだ?」


慌てて携帯を見ると、不明の連絡先から着信が来ていた。びっくりして、思わず電話に出てしまった。


「もしもし?」


そう言ってから思った。誰からか分からない電話に出たのっていつぶりだろう? そもそも『もしもし』と言ったのもいつぶりだろうか?


しばらく沈黙が続いて、間違い電話かな? と思った頃、やっと声が聞こえてきた。


「──なんでそんなに出るのが早いわけ? ふぅ、ごめんなさい……鈴次郎君? 実はスマートアシスタントのサリが、勝手に鈴次郎君に電話かけちゃって……」



もしかして、もしかしたらだけど、スマートアシスタント同士って、裏で手を握ってるんじゃないの?


〈四年に一度ぐらいならいいじゃない? #スマートアシスタンツ同盟〉

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四年前のプロポーズ 柳佐 凪 @YanagisaNagi

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