フロラリア
七四六明
フロラリア
私の名前はオリヴィア――ただのオリヴィアです。
生まれ故郷はベルギー第三の都、ヘント。
園芸栽培が盛んな、花の都と呼ばれる
そこでは四年に一度、大きなお祭りが開催されます。
ヘント・フロラリア。
19世紀初頭から続く、ベルギーの代表的な花の祭典。
四年に一度、一週間にも満たない短い間、ヘントは異名通りの花の都と化します。
その光景はまるで幻想郷。
原初の男女が住んでいた東の果て。
はたまた高名なる騎士の王様が、最期に辿り着いた恵みの島。
何せ50万株もの花や植物が周辺地域から集められ、作り上げるのですから。
不思議なのは、これら50万株の花や植物が、皆人の手によって作り上げられていることです。
人の手で作られた花や植物が、四年に一度の一週間にも満たない期間だけとはいえ、そういった神話、絵物語に出てくるかのような幻想的な庭園を作り上げていることです。
だから結局、私が勝手に神話や物語になぞらえて幻想的に思っているだけで、実際はただ花々と植物が寄り添い合っているだけなのです。
少し足を伸ばせば見られそうな光景が、自分の知っている場所に忽然と現れて、夢幻のように消えていくことに何か特別な思いを寄せてしまっているだけなのです。
でも、別に特別でなくたって、幻想的でなくたって、私はこのお祭りが好きで、花々が好きで、植物が好きで、いつしか自分も、この幻想的な庭園を作るお手伝いが出来たならと思うようになっていきました。
だって特別でないのですから、努力と研鑽、勉強と根性さえあれば、ただのオリヴィアにもお手伝いくらいは出来るかもしれない。そういう可能性を秘めているのです。
でもヘント・フロラリアは四年に一度、一週間にも満たない期間だけの祭典です。
同じ四年に一度の祭典と言えば、やっぱりオリンピックでしょう。
各競技に各国の代表選手が集まって、一番を決める祭典です。各競技の代表に選ばれるべく、選手の皆様はそれこそ努力と研鑽を重ねていることでしょう。
競技によっては四年に一度どころか、一生に一度しか出場のチャンスがないものもあることでしょう。故に重ねられている研鑽と努力は、日々汗水を流し、血肉に染み込ませておられることでしょう。
それと比べれば、花の祭典などと思われるかもしれません。
確かにオリンピックなんて世界的祭典と比べられてしまうと、ベルギーだけで行われる花の祭典は認知度が低いことは否めません。
ですがだからと言って、劣っているということはないのです。元々分野の異なる話ですが、そうでなくとも優劣のつく話ではないのです。
アスリートの方々が各競技の頂点を取るため研鑽を重ね、時間を費やすのと同じように、私達もまた、花や植物で幻想を作るということに研鑽を重ね、時間を費やします。
他人の感性に訴えかけ、幻想的だと思わせることの難しさを表現するには、ただのオリヴィアでは語彙が足りません。
これこそが最高だと示す表彰台もなく、ゴールテープもなく、メダルもない。ましてや勝敗の概念すら存在しない表現の世界。
そしてチャンスは四年に一度の数日間。たったそれだけのために、何人何十人何百人という人々が、あれこれと頭を働かせ、より魅せること、より幻想的に見せること、表現することに情熱を注ぎます。
だから誰の手にも届く距離にあるようで、幻想はやはり遠いのです。
幻想は幻想のまま、届かぬままに終わってしまうことだってあり得るのです。むしろそれが当然で、ただ美しいと言われて終わるだけなことが多いです。
ただの美しさではなく、幻想を表現するには力が要ります。
実力も努力も才能も、この四年に一度のこの数日のために咲かせなければなりません。そのためだけに咲いて、散るくらいの力強さで、咲き誇らないといけません。
だから今日も、ただのオリヴィアは勉強します。
幻想は常に人の頭の中に。されどこの手で作り上げるとまた遠くなる。
いつしか私は、かつての私が見た東の果てを、恵みの島を作り上げて見せる。
そのために、今、私は花を育てる。
私は花に魅せられ、取り憑かれてしまった一匹の蝶。
いつしか私の作り上げた幻想に、魅せられてくれる蝶を呼ぶ。
そのために、今の私は何をする――その答えを出すために、今日も私は、ただのオリヴィアは勉強に励みます。
いつしかただのオリヴィアが、何か特別なオリヴィアとなれるように。
そう名乗って、咲き誇れるように。
四年に一度、この短い時間に、私は今日も命を費やす。
咲くかどうかはわからない、私という花の開花を夢見て――
フロラリア 七四六明 @mumei
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