十度目の卒業式

澤田慎梧

十度目の卒業式

 大学の卒業式の会場で、僕は友人の達也とばったり出くわした。


「よっ、久しぶり」

「久しぶりだね、達也。最近姿を見なかったけど、またどこか旅行に?」

「ああ、今回は南米の方を、ブラりとな。あっちはまだ行ったことなかったし」


 相変わらずの自由人ぶりに苦笑いする。

 達也も昔はもっと真面目な男だったんだけど……を思えば、遊びまわってしまいたくなるのも無理はない、とも思う。


「お前の方はどうよ? どこに就職するんだ?」

「いや、就職しないで、院に進むことにしたんだ」

「へぇ、物好きだな。ま、自由にやればいいさ。どうせ俺達には未来さきなんて来ないんだから……」


 諦観に溢れた笑みを浮かべる達也の姿に、再び苦笑する。

 確かに、僕らにはこの先の未来なんて待っていない。頑張って就職しようが院へ進もうが、全ては無駄なのだから――。


 最初に「それ」が起こったのは、僕らの体感時間で三十六年前のことだ。

 大学の卒業式を終えた僕と達也が会場の外へ出ると――僕らが大学へ入学した年へと舞い戻っていたのだ。

 いわゆるタイムスリップ……いや、タイムリープと言った方が正しいだろうか? 僕らは四年後の精神を維持したまま、四年前の自分自身へと乗り移っていた。


 最初はそれはもう、パニックになったものだった。もし、達也と一緒でなければ、頭がおかしくなっていたかもしれない。

 当然、元の時間軸に戻る手立てなどなく、僕らはおとなしく「二度目の大学四年間」を平穏無事に過ごすしかなかった。やり直したいことや心残りも沢山あったけど、下手に歴史を変えてしまうと、どうなるか分からないという不安があったのだ。


 けれどもそれから四年後。二度目の卒業式の日にも同じことが起こった。その次も、その次も。

 僕らは何度も大学の四年間をやり直す羽目になり……その度に様々な「実験」を行うようになった。


 例えば、事故に遭う運命にあった知人を助けてみたり。

 例えば、記憶している株価情報をもとに大儲けを狙ってみたり。

 例えば、これから起こる災害をそれとなく予言してみたり。


 結果はぼちぼちだった。

 軽い事故なら防げるけど、重大な事故――死亡事故なんかは防げなかった。

 株取引は、本来の歴史よりも株価が上がらずにお小遣い程度の儲けにしかならなかった(それでも十分だったけど)。

 災害については……当たり前の話だけど、事が起こるまで誰も真剣に受け取ってくれなかったし、いざ災害が起こった後には「おかしな奴ら」といった視線を向けられるようになった。


 結局、僕らに変えることが出来たのは、自分自身にまつわるあれこれだけだった。

 ループする度に少しずつ成績を上げたり、就職先を頑張ってみたり。ループごとに異なる場所へ卒業旅行に行ったり。

 ――そういう所に楽しみでも見付けないと、本気で頭がおかしくなってしまいそうだった、というのもある。


 「どうせループするのだから、もっと大それたことをやってみよう」と思ったこともあったけど、僕も達也も、いつかこのループから抜け出すことを夢見ていたから、結局は出来なかった。

 精々、達也が女の子を何股かして、修羅場になったくらいだ。流石に反省したのか、一度しかやらなかったみたいだけど。


「――思えば、長い付き合いになったなぁ」

「そうだね。もう、お互いの家族よりも長く一緒にいる」


 達也と僕は高校時代からの付き合いだから、その三年も含めると実に四十三年も一緒にいることになる。

 既に、お互いの癖や考えていることが何となく分かるような間柄だ。そのせいで周囲からは「できている」と思われてるらしいけど……。


「にしても俺ら、精神年齢だけで言えば六十くらいな訳だろ? その割に、老けた実感ないんだよな~」

「……精神は肉体に引っ張られる、なんて説もあるらしいからね。脳が若ければ、案外精神的には老けないのかもね」


 気付けば卒業式はもう終盤に差し掛かっている。

 最早見飽きた学長の禿げ頭と、何度も聞いた祝辞を聞き流しながら、達也と一緒に生あくびをかみ殺す。


「なあ……」

「ん? なんだい達也」

「次の四年間も……よろしくな」

「こちらこそだよ」


 そんな僕らの会話と共に、十度目の卒業式が終わった。


「――よし。会場の外に出るぞ? 準備はいいか?」

「そういう達也こそ、声が震えてるよ」


 時間ループのトリガーとなるのは、卒業式の会場を出ることだ。会場から一歩踏み出せば、僕らはまた四年前へ舞い戻ることになる。

 ――でも毎回、「次こそは未来へ進める」という希望をどこかに持ってもいた。緊張は隠せない。


「じゃあ、せーので一歩踏み出すぞ」

「オッケー。……せーの!」


 周囲からの奇異の視線を受けつつ、僕と達也は掛け声とともに会場から出る最後の一歩を踏み出した。

 ――すると。


「……なあ」

「なんだい? 達也」

「また、巻き戻った……か?」

「……いや。まだ四年前に戻ってはいない……みたいだけど?」


 達也と共に、周囲をキョロキョロと見回す。そこにはまだ、卒業式の光景が広がっていた。間違っても入学式じゃない。


「達也……これって……?」

「ループを……抜けた?」


 思わず顔を見合わせた僕らは、その場で「やったー!」と大声を上げながら抱き合った。

 何事かと驚く周囲をよそに、僕らは号泣し、お互いを強く強く抱きしめあった。

 なんだか、遠くから知り合いの女子達の黄色い歓声やシャッター音が聞こえてくる気がしたけど、気にしていられない。


 今はただ、新たな未来を迎えられた喜びを、友達と分かち合いたかった――。


(了)


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十度目の卒業式 澤田慎梧 @sumigoro

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