想い出話をしよう―四年に一度
花散ここ
四年前と、八年前
パソコンで流しているユーチューブを、わたしも夫である
並んで座ったソファーの上、二人とも目線は手元のスマホ。わたしは何をするでもなく流れてくるツイートを見ているし、彼は株価情報に夢中。最近始めた趣味らしいが、大火傷しない事を願うばかり。
そんな中、一つのツイートが目に入る。同級生のもので、誕生日を祝うケーキの写真。――そうか、今年は閏年か。
「今日は二十九日かぁ」
「何があった?」
「同級生が誕生日だった」
「閏年生まれなんだ、珍しいね」
「ね。こどもの時は『まだ二歳?』なんて皆でよくからかってたけど、途中からはあの子の持ちネタになってたわ。いまも【今年で七歳になりました♡】なんてツイしてる」
「ああ、二十八で七歳ね」
家族に祝われる賑やかな写真。ケーキに立てられたロウソクは七本。
「ねぇ、四年に一度って言ったら、何が思い浮かぶ?」
「ワールドカップ」
「言うと思った」
間髪入れずに帰ってきた言葉が案の定すぎて、思わず笑ってしまう。
「あ、ていうか今年ユーロじゃん」
「今年も仲間内で賭けるの?」
「多分ね。サエも参加する? 」
「しようかな。イングランド一択だけど」
「昔はサッカーに興味無かったのにねぇ。あっ、今年は分散開催なんだ」
サッカーの話題になったからか、夫のスマホは株価情報ではなく、欧州選手権の特設ページを映している。
夫はサッカーが大好きで自分でプレイするだけではなく、サッカーゲームもするし、サッカーの試合は国内外問わず見ているほどだ。
わたしは宗近とお付き合いをするまで、サッカーには全く興味が無かったのだけど、好きな人が真剣になって試合を見ている、その隣にいるうちにすっかりサッカーファンになってしまった。
初心者丸出しの質問をしても、嫌な顔をしないで教えてくれた彼のお陰でもあるんだけれど。
地元のチームも応援していて、試合もよく見にいくほどだ。彼に言わせると『マフラーを掲げるのもサマになってきた』らしい。まぁね、チャントだってお手の物。宗近が言うには、時々鼻歌もチャントになっているらしい。
「そう思うと、宗近との付き合いも八年かぁ」
「知り合って八年、結婚して四年。あっという間だった気がするけどサエはどうだった?」
「あっという間でした。好きなことも増えたしね」
「俺の好きなところ?」
「サッカーとかってこと」
「なぁんだ」
可笑しそうに宗近が笑う。
二人とも、いつしかスマホをソファー脇に置いている。手持ち無沙汰なお互いの手が繋がれるのも自然な事で。
気付けばユーチューブは既にサムネイル画面で止まっている。結局ちゃんとは見られなかった。明日、ご飯支度をする時しながらでも見よう。
「四年前のサエはオリンピックで試合を見る度に、結果問わず泣いてた」
「八年前の宗近はユーロを大きな画面で見たいって、仕事終わりのわたしを連れて電器屋さんに走ったよね」
意外と覚えているものだと、二人で笑った。
四年が節目だからかもしれないけれど。
「四年後は何かあるかなぁ」
「今年じゃなくて?」
「今年でもいいけど。四年に一度、みたいな特別感のある出来事」
「えー… …」
わたしの問いに、宗近が考え込んでしまう。わたしは肩を抱かれるままに体を預けた。シャワーの後の、同じ石鹸の匂いが立ち上る。
「分かんないけどさ、四年後も、八年後も、十二年後もその先も。こうやって二月二十九日には、これからも宜しくねって言えたらいいね」
「ふふ、そうだね」
「とりあえずユーロだよね、今年は」
「現地で見たいなぁ」
「株で利益が出たら連れてってあげるよ」
「うわー、絶対無理なやつ」
茶化すように笑いながら、わたしは四年に一度に想いを馳せた。
オリンピックじゃない、ユーロでもない。サッカーワールドカップでもない。
わたし達が、これからも宜しくねって笑い合う、そんな平凡な、四年に一度のことを。
想い出話をしよう―四年に一度 花散ここ @rainless
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