第四十三話:執行猶予
「おい、起きろ!! アレン! まずいことになってるぞ!!」
大声で叩き起こされる。昨日、寝るまでに何をしていたのか。良く思い出せない。シェルケンの話を訊く前に疲れて寝てしまったはずだ。重いまぶたを開けると目の前にはタールの顔面があった。焦った顔でこちらを見ている。
「何だ、
「違う!」
「分かった、
「冗談言ってる場合じゃねえ! 外を見てみろ!!」
タールは額に手を当ててから、寝ていた小屋の出入り口を指差した。意識がはっきりしてくると聴覚も明瞭になってくる。何かがちりちりと縮んで弾けるような音がそこら中から聞こえてきた。その時やっと何かがおかしいことに気づいた。
外に出ようと出入り口の方にまで近づく。首だけを出して、周りを見回すとすぐにその惨状が確認できた。最初に目に入ってきたのは赤だった。ややもすればその赤が血の赤であることが理解された。何故なら、地面にはその赤を引きずって、まばらにラッビヤ人の村民たちが横たわっていたからだ。奇妙な音に顔を上げれば幾らかの建造物から
寝起きで貧血気味の頭には情報量が多すぎる。気分が悪い。えずきを抑えながら落ち着いて呼吸を整えた。そして、ふらふらとタールの元に戻っていく。
「っ……気分が悪くなってきた。こんな早く連邦軍が来るとは思わなかった」
「それがどうやら連邦軍じゃなさそうなんだ」
「……どういうことだ?」
タールは努めて冷静に説明を始めた。
「騒ぎが始まった時に連邦兵の姿は見えなかった。それに銃声もしなければ、爆弾も落ちてこなかったんだよ」
「消音器を付けてれば銃声なんかめったに聞こえないだろ。こんな原始的な村を焼くだけなら焼夷弾なんてものを落とす必要は無い。歩兵部隊にサープレッサ付きの拳銃とガソリンとライターでも与えれば十分だ。もし爆撃機でも飛ばそうもんならオーバーキルだし、無駄だよ」
軍事の専門家でもないし、知識は昔読んだ戦争小説に偏っているが筋が通っていない考えでもないだろう。だが、彼は頭を掻いて、外の様子を警戒しながらそれには同意しなかった。
「俺ぁ将校でもなんでもねえから、そういう細けえことは分からねえけどよ。連邦軍って戦闘服に黒服とマントを着用するものなのか? まるでシェルケンじゃないか」
「それは誰かを欺瞞するために」
「わざわざ消音器付きの銃を持って隠密行動で村を焼きに来たってのにか? それこそ意味がわかんねえ」
遠くから悲痛な叫びが聞こえてきた。連邦軍かシェルケンか、どちらにせよまだ近くに戦闘員が居るらしい。手当たり次第に村民を殺しているのならば自分たちも狙われていることになる。
タールとお互いに顔を見合わせた。
「どうやら相手が何者かを議論している暇は無いらしいな」
「だがよ、逃げるにしてもどっち側に逃げれば良いのか全く分からんぞ……」
「君は今まで何をしてたんだ?」
「ここで静かに様子を見てたんだよ。そのうち家が燃えだしたり、
「シアとリーナは?」
「あっ……!」
何かに気づいたかのようにタールは押し黙ってしまう。それまでの焦りが更に重くなったように見えた。
「どうした? 彼女たちに何かあったのか」
「い、いや、分からないが二人とも朝早くから水浴びに出かけてるんだ」
「この近くなのか?」
「見つかるのも時間の問題だ……」
焦るタールを前に俺は彼女たちを救う手立てを考える。相手の位置も数も装備も分からない以上、こちら側から大きく出ることは出来ない。拳銃の一つでもあれば少しでも変わりそうなものだが、無い以上見つからないように細心の注意を払いながら逃げるしか無い。だが、それでは確実に安全とはいえない。
俺は瘧に罹ったように震えるタールの肩を強く握って、顔をこちらに向かせた。
「この村から出て彼女たちと合流するぞ」
「シェルケンに包囲されてる中でどうやって村を出るっていうんだよ」
「奴らは何の目的もなしに虐殺をしに来たわけじゃないだろ。それならもっと早くこの村が犠牲になっている。奴らが今この村を焼き払う作戦を立てるに至った戦略的目標があるはずだ。違うか?」
「難しいことは分からんが、とにかくどうすれば良いんだよ?」
「奴らに目標を追いかけさせれば良いのさ」
タールは依然俺が何を言っているのかを理解できていない様子だった。首を傾げて俺の言葉に答えあぐねていた。
「タール、二人が水浴びしに行った場所はどっちの方角だ?」
「あ、ああ……えっと、こっちから日が昇ってきたから……東の方だな。しかしなぜ……?」
「一か八か、やってみるか」
そういって俺は小屋の外に出て、古典リパライン語で叫んだ。
「西だ! 奴らは西に逃げたぞ!! 裏切り者が混じって逃げた! 我々は残りの村民を片付ける! 後の奴らはあいつらを追え!」
後ろに居たタールの表情を確認すると顔色が漂白剤されたが如き蒼白さを呈していた。
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