第四十二話:黒服たち


「そっちのほうは情報が掴めたか?」

「特に目ぼしいものはないですね」


 合流してきたシアとタールに訊いてみるも反応は芳しくない。シアは綺麗なストレートの黒髪を振らしながら否定する。だが、タールのほうは何がしかの収穫が得られたとでも言いたげに肩をすくめた。


「良く言うぜ、何もなかったように見えて俺は火を起こせたんだぞ?」

「ふふふっ……」

「何がおかしい?」

「いえ、何も?」


 シアは努めて何もなさげな仕草をしていた。しかし、彼女が何もなく笑い出すだろうか? きっと火を起こす最中に紆余曲折があったのだろう。ドキュメンタリー映画の一本でも書けるような……むしろ、コメディ映画なんだろうか?

 そんなことを頭の片隅で考えながら、俺は周りを見回した。思ったより自分たちを取り囲っている人の数は多かった。夕飯はどうやら村の全員が広場のようなところに集まってするらしい。来訪者の俺達も広場に集められていた。目の前では数人のラッビヤ人が村民たちに完成したヨケルやら野菜やら肉やらを配っていた。配られた順に彼らは食べ始めていた。食事のマナーは良く分からないが見様見真似でやってみるしかない。

 俺達のところにも食器が置かれ、ヨケルと野菜と肉とが配られる。完成したヨケルは扁平な団子状だった。腹に溜まりそうな見た目だ。


「そういえば、そちらは収穫があったみたいですね」

「まあな」


 俺はヨケルを手に取りながら答える。


「だが、奇妙なことを言ってた。数十年前に既に連邦人が来てるだとか」

「どういうことだ、それ?」

「だから、分からないんだ。まず時系列が合わない」

「シェルケンがデュインに来てたりしてな?」


 タールがいつもの軽口を叩く口調で言う。

 シェルケンというのは古理派とも言って、古典リパライン語を信奉し神の言語であるとする一種のエスニックグループだ。シェルケン・ヴァルトルやシェルケン・アレスといった一部の過激派は古典語を公用語・教育言語として採用しない国や国民、企業を攻撃するテロリストとして有名で、穏健なシェルケンに対する偏見を深めている。タールの祖国である“王国”ではシェルケン過激派と手を組んだハフリスンターリブという反政府グループが異能ウェールフープを利用した誘拐やテロを行っていたらしい。

 しかし、なんでそんなものがいきなり出てきたのだろうか? そんな疑問を抱いているとタールは先を進めた。


「異世界との邂逅はこれが初めてじゃないしな。シェルケンが“王国”だけに手を出していたとは限らないだろ」

「確かにそれなら辻褄が合うが……」


 シェルケンが“王国”のある異世界カラムディアに手を出し始めたのは数百年前からだ。それを考えるに数十年前にデュインに行く手段を見つけて、先住民と関わるというのは無理な話ではない。

 だが、それでは良く分からない。シェルケンの過激派は占領地域の民を古典語の話者にしようと強権的な教育を行うという。言語特務局の研修で習ったことだが、母語の入れ替わりは三世代の間で発生しやすい。青年の話を信じるのならばシェルケンが来たのは三世代前の話で、ラッビヤ人がシェルケンの影響下にあったとすれば古理語を喋るはずだが彼らはラッビヤ語を喋っている。ラッビヤ人は彼らの圧政に抵抗したか無関係だとするとシェルケンが協力者としてラッビヤ人に強盗殺人をさせる理由が分からない。シェルケン過激派と“連邦”は敵対関係にあるが、ラッビヤ人と彼らは無関係か敵対関係で手を組む必然性がない。

 深くを考えているとふと周りからの視線を感じた。なにか注目を集めているような気がする。村民の間からは小声で何かを囁く声が聞こえた。シアも視線に気づいたのか、灰色の瞳を巡らせていた。


「シェルケンという言葉に反応してるようですね」

「少なくともお友達ってわけじゃなさそうだな」

「うーむ……」


 反応から察するにシェルケンを知っていることは確実だろう。しかし、これだけ嫌悪感のある反応をされると手を組んでいるとは思えない。議論は振り出しに戻ることになる。

 手に取ったヨケルは既に冷めていた。一口食べると口の中に素朴な甘さが広がる。もっちりとした食感が少し残っている。熱々で食べればとても美味しく食べられそうだ。だが、文句は言ってられない。これからの旅ではまともな食事を得られないかもしれないのだから。


「取り敢えず、食べて休んでさっさと次の村へと行こう。留まっていても危ないだけだ」

「こんな調子で手がかりが掴めんのか?」

「まあ、やるしかない」


 タールの疑問に答えながらヨケルを頬張る。いずれにせよ俺達にはそれ以外の方法が残されていない。シェルケンとラッビヤ人の関係についても気になるものがあるが、視線が気になる以上ここではこれ以上の言及を避けることにした。適当な人を捕まえるか、村長レベルの人間に訊いてみるか、とにかく衆人環境でシェルケンの話をするのは悪手だろう。


「時間があれば、黒服たちシェルケンに関する話を訊こう。出来る限り人の居ない場所で」

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