第四十一話:陰謀論のような推理
リーナをシアと共に行かせようとしたのは少なくとも二つの理由がある。
まず、ラッビヤ語の通訳能力に関してだ。リーナは比較的頼れるガイドとなりうる。俺に関しても指示語とコピュラ動詞のような動詞「ゴシュ」の基本的な使い方が分かっているのでサバイバル程度は出来よう。だからこそ、二手に分かれる際に言葉がある程度使える人間はそれぞれに分散させるべきだと思ったのだ。
そして、二つ目はラッビヤには性別にまつわるタブーが厳し目であるということだ。今までのリーナとの会話でも火と建築に関するタブーが知られている。男女を混ぜて送り出しては仕事にならない可能性が高い。
だからこそ、今となりにリーナが座っているのは大きな誤算ということになっている。
「アレン?」
「あ、え?」
「手が動いてない」
「あぁ……」
「何か考えてた?」
「いや、シアとタールが心配なんだ。今頃何かやらかしてないと良いけど」
リーナは手元のすり鉢を見ながら、「うん」と答えた。
タール一行は火起こしの作業に行ったのに対して、俺達二人は薄暗い部屋の中で延々と穀物をすり潰す作業を行っている。ユティルという植物の黒ずんだ茎の先に垂れる穂から実をとって、すり潰す。これに水を加えて丁度良い柔らかさになるまでこねて、茹でたり焼いたりする。以前リーナから聞いたヨケルと作り方が重なる。ご飯を代表することからも大分一般的な食べ物なのだろう。
背後ではラッビヤ人の青年がこちらを興味ありげに見ていた。視線を向けると彼は顔を背ける。じろじろ見ていることを悟られないようにしているらしいが、既に手遅れである。大分暇だし、情報収集も兼ねて会話してみてもよいだろう。
「リーナ、通訳してもらえるか? 彼と話したい」
「ん、分かった」
リーナが青年の方に向かって「エレフェルギュズ」と呼びかけると、顔を背けていた彼はやっとこちらに顔を向けてくれた。
「ラル?」
「
「ユルムアゴシュン……アダ、ラルジェハンホシュン、
青年はこちらに何か問いかけているようだった。だが今のラッビヤ語能力では殆ど理解も及ばない。俺は助けを求めてリーナに視線を送る。
「“分かった”って。“何を話したいのか、リパレーナンの男”って言ってる」
「あー、えーっと、取り敢えず俺の名前はアレン・ヴィライヤで、無実の罪で“連邦”に追われてるんだ。潔白を証明するために旅をしていて君たちにも幾つか訊きたいことがある」
リーナが逐一通訳で彼に伝えてくれた。彼の表情も先程までとは打って変わって真剣なものになる。それでリーナを介してしっかりと言葉が伝わっていることが分かった。
俺は先を続ける。
「連邦人がここに来てから、こっちの方に逃げてきたり、見聞きしたものとは違う変な連邦人が来たことはないか?」
リーナがまた通訳を挟む。しかし、その言葉を聞いた青年は目を細めて、奇妙なものを聞いたという顔になる。
「
「なんだって?」
「んぅ……良く分からない」
「えっ? ラッビヤ語を喋ってるんじゃないのか?」
リーナは首を横に振る。言葉の問題かと思いきや違うらしい。
「リパレーナンは曾祖父のときに来たのことを言っている。“お前がいうことは新しい”って」
「リパレーナンってリパラオネ人、或いは連邦人のことだろ?」
「そう思う」
「どういうことだ……?」
“連邦”がこのデュインと邂逅し、原住民などと戦い始めたのはここ一、二年の話だろう。しかし、彼は曽祖父の時にリパラオネ人が来たという。つまり、連邦人がこのデュインの地に踏み入れたのは少なくとも数十年前ということになる。それでは時系列の辻褄が合わない。
何かと勘違いしているんじゃないだろうか? リーナが発言を聞いて怪訝そうにしているのを見るとラッビヤ人の中でも認識が割れていることになる。彼女のほうが正しいとすれば何かを勘違いしてリパレーナンと呼んでいるのかもしれない。
しかし、もしレシェールのような人間が裏で行われていた異世界との繋がりを秘密裏にしてきたとしたら? 言語特務局が情報を出さなかったのが隠蔽の一端を担っていたのだとしたら? 陰謀論みたいになってきたが、ここまで来ると十分ありえることだ。もしそうだとすれば、協力者関係の話はより現実味を帯びてくる。先にラッビヤ人と関わった連邦の敵対者が居るのかもしれない。
「しかし、まあ一体どうなってるってんだ」
呟いても状況は何も変わらない。リーナはぽかーんとこちらを見ているし、青年も首を傾げて不思議そうな顔をするだけだった。
今はただ手元のすりこぎを回すしかない。この先でより多くの情報を得る必要があるだろう。
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