第三十三話:総務省大臣
「意外と大所帯だったな……」
俺とリーナ、シアの三人はパーティー会場である行政本庁の一角に居た。タールの車でここまで連れてきてもらったわけだが、彼は騒がしいのは苦手だとらしくもないことを言って車内で寝てしまったのであった。
数百人程度、とは聞いていたが連邦人会結成パーティーには明らかにそれよりも多くの人々が来ている。丸テーブルに座って歓談している人もいれば、立ってお互いを紹介しているような人も居る。デュインはいつの間にか連邦人の注目の的になっていたようだ。
「それにしてもリーナさんの服、可愛いですね」
「あ、ああ、そうだな」
「どこで買われたんですか?」
「特注してもらった」
シアの服装はいつも通りのエプロンドレスだ。俺もパーティーに似合う目ぼしい服などなく普段通りのシャツとズボンで来ている。しかし、リーナだけは違った。フリルブラウスの胸元にある大きな黒のリボンが可愛らしい。黒いコルセットスカートは可憐さと非日常さを調和させている。彼女の銀髪も相まって独特の空間を生み出していた。
リーナはパーティー会場を見回して、少し不安な表情をしていた。会場に入ったときから黙りこくっている。心配しているとシアが奥の方のテーブルを指差した。
「シュフイシュコ長官が居ますね」
「本当だ、何やってるんだ。こんなところで」
奥の方のテーブルについて飲み物片手に座っているのはレーシュネだった。行政庁の奥の方で仏頂面になって座っているような中年男性が楽しそうに隣の女性と話をしている。イミカは民間人しか来ないと言っていたが、レーシュネはいつの間に民間人に格下げされたのだろうか。
いつも面倒を掛けられている身だ。少しくらいちょっかいを出しても天罰は下らないだろう。
シアとリーナに手を振ってここで待っているように伝える。
「少し挨拶してくるよ」
「殊勝ですねえ」
「まあな」
その場を離れようとすると後から腕をぎゅっと掴まれた。振り返ると無言でリーナがこちらを見上げていた。水色の瞳が不安そうにこちらを見つめている。そうだ、完全に失念していた。
「リーナも来るか?」
彼女はこくこくと頷く。シアにも一応目配せで尋ねてみるが、彼女は視線を反らし、肩をすくめて答えた。さっさと行ってこい、とのことらしい。どうやらレーシュネの類の官僚には近づきたくもないようだ。まあ、先日の前髪炎上事件も含めて彼女には苦い思い出しかないだろう。
俺はリーナを連れてレーシュネのテーブルへと近づいていった。会場が薄暗くて良く見えなかったが、近づいてゆくと隣の女性の姿が顕になってくる。銀髪ショートで蒼眼、恐らくリパラオネ人だろう。彼女はこちらの姿を認めて顔を向けてきた。その相貌は何処かで見たことがあるような気がするがはっきりとは思い出せなかった。レーシュネもそれに気づいてこちらに視線を向ける。彼は俺とリーナを見るなり、面倒なものを見たという表情になった。
「長官もこのパーティーに来られてたんですね」
「ま、まあ、この管区を仕切ってる人間だからな。どんな感じなのか見に来たのだよ」
「そちらの人は誰なんです?」
「人って君……この方は……」
レーシュネの隣に座る女性は少し苦笑いした。快活そうなショートヘアにマッチして爽やかな笑いに見える。心なしか、レーシュネの顔色が悪くなっているような気がする。俺は無視して目的であるレーシュネ弄りに集中することにした。
「しかしまあ、なんです? 前回は俺に“女を二人も侍らせて~”なんて言ってたくせに――」
「アローン君、ちょっとこっちに来い。レシェール大臣、少々失礼します」
レーシュネは女性に一礼してから、俺の首根っこを掴んだ。会場から外れた廊下の方まで強引に連行される。周りに誰も居ないのを確認すると彼は俺を壁に投げ飛ばした。背中を強打して、その場にへたり込む。彼の顔には少しやりすぎたか――という困惑と焦りが見えた。しゃがんでこちらを微妙な表情で見ていた。
「何なんです、いきなり?」
「すまん、やりすぎた。だがそれにしても、君は馬鹿か? 身の程知らずにもほどがあるぞ」
「何の話かさっぱりなんですけどね。はっきり言ってもらわないと分かりませんよ」
レーシュネは髪の毛をかき乱してから、一つ大きなため息をついた。
「あの女性は総務省大臣だ」
「なあんだ、総務省大臣なんてどこにでも居――って総務省大臣!?」
大声を出したせいか、レーシュネに口を塞がれる。
他の国では総務省というと地味なところだと思われがちだが、“連邦”のそれは違う。そもそも連邦の省庁は法務省、中央省、保健省、防衛省、総務省の五つだけである。その頂点である大臣に選ばれるだけでもエリート中のエリートである。総務省は外交や
ほとぼりが冷めるとレーシュネは手を離した。
「全く度し難い奴だな、君は。お菓子作りの時に何を聞いてたんだ」
「ええっと……“総務省の視察団”って連邦人会結成パーティーのことだったんですか?」
「それはこれの前の予定だ。彼女と私は行政庁から流れで来たんだ。出来る限りご機嫌取りをしないと、行政庁の関係ない人間まで吹き飛ばされるからな」
レーシュネが怒るのも無理はない。総務省は地方行政にも関係している。つまり、彼女の指一本で彼だけではなく行政庁の職員全員が失職することだってありえるのだ。
そんなことを言っているとレーシュネの胸ポケットの辺りから着信メロディーが流れてきた。連邦の国歌のアレンジ、よく聞くタイプのメロディーだ。彼は胸ポケットから端末を取り出して一言、二言喋るとまた大きなため息をついた。
「私は行政庁に戻る。くれぐれも失礼のないようにな」
彼はこちらを睨みつけながら、パーティー会場から離れていった。パーティーの喧騒とは離れ、ぽつんと廊下に残されたのは俺だけだ。そういえば、ついてきていたはずのリーナが周りに居なかった。不安が心の中にざわつく。とりあえず辿った道を戻ってみることにしよう。そう思って俺は立ち上がった。
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