第三十一話:在デュイン連邦人会
相変わらずその部屋は服で溢れていた。以前よりも服の嵩が高くなっている気がする。奥の方から間延びした部屋主の声が聞こえた。
「どーぞー、入ってきてー」
リーナが寝ているうちに俺はイミカの宿舎に来ていた。日は大分傾いているが進捗を見るくらいだったら大した時間も掛からないだろうと思っていた。
積み上げられた服を避けながら、奥の方に進んでゆく。今日の彼女は紫色のシェナパートを着ていた。古代を描いたスキュリオーティエ叙事詩の時代に英雄が着ていたというシェナパートは連邦人にとっては一般的ではない服だ。イミカの服装もコスプレのように見える。
彼女は縫い針をもって難しい顔をしながら布と格闘していた。
「まだ作ってたのか? リーナの分は出来たって聞いたんだが」
「違うわよ、連邦人会の人のため」
「連邦人会?」
聞き覚えのない単語に戸惑う。イミカは布から目をそらさずに「ん」と答えた。
「在デュイン連邦人会の結成パーティーがあるらしくてね。それで衣装作りを頼まれたのよ」
「結成パーティーって……一体何人居るんだ?」
「数百人くらいじゃない?」
「この一日、二日のうちにそんなに入ってきたのか」
「規制緩和と一緒に民間人がいっぱい入ってきたからね。取りまとめる代表組織が出来たってわけ」
イミカはそう言いながら縫い針を巧みに動かし始めた。
連邦人会は連邦人が居れば何処にでも設立される。“王国”とも国交を樹立して以来、現地の連邦人のために王国連邦人会が設立されている。
同僚の言語調査官が“王国”に派遣されていたのでお土産話を良く聞いていた。主に在外連邦人の協力を主目的として、現地での円滑な商業活動の支援も担う。時にお祭りやレクリエーションを開催することもあり、中にはサークル活動まで存在している。
同僚の顔を思い出そうとしていると、イミカはいきなりため息を付いた。
「それで聞いてよ。明日までに十数人の衣装を作れって言われたのよ!」
「大変そうだな、なんで引き受けたんだよ」
「なんかいつの間にか口車に乗せられてたのよ」
「馬鹿だな」
「なんですって?」
イミカは瞬時にこちらに顔を向けた。恐怖を感じるほどのスピードだった。どうやったらその速さで首が回るのか。
彼女は手元を動かしながら、俺を睨めつけた。
「ともかく、彼女の服ならもう出来てるから」
彼女は部屋の隅にあるテーブルを指差した。そこには扁平な白い箱が一つあった。
「開けても良いのか?」
「どーぞー」
ふてくされたような答えが帰ってくる。俺はテーブルに近づいて、白い箱を開けた。
まず出てきたのはフリルブラウスだ。胸元に大きめの黒のリボンがあしらわれている。その下にあったのはこれまた黒いコルセットスカートだ。全体的にモノクロという雰囲気だが、シアのシックな雰囲気とはまた少し違う感じだった。
「悪くないじゃないか」
「なにそれ、一体何が出てくるって思ってたの?」
「いや……何かもっとヤバそうな服……」
「……語彙力は本土に置いてきたわけ?」
「ぐっ」
「言語調査官さん、だったっけ?」
「ぐぬぬ……」
いつの間に彼女はこんなに煽り性能が高くなっていたのだろうか。
ともかく俺は服を白い箱に戻した。白い箱は四つある。これならリーナも体にあった服が着れるようになるだろう。これで任務完了といったところだ。
俺はイミカに振り返った。
「さて、お礼はどうしたらいい? ざっと
「良いわよ、そんなの。どうせ手慰みに作ってたようなものなんだし」
「そういうわけにはいかないだろ。このご時世だから貰っておいたほうが良い」
正当な働きには正当な対価を――偉大な国母イェスカが連邦を作り上げるまではそんな当たり前のことも反故にされていたのである。ここで引くのは国母のご遺志に反する……というか、イミカが可哀想だ。寸法を測って一日で四着用意してくれる手際の良さはプロの仕事だ。チップ程度でも受け取ってくれないと気が落ち着かない。
ただ、彼女の方も受け取る気は無いようだった。
「じゃあさ、明日の結成パーティーに来てよ。私の衣装も活躍することだし」
「パーティーって何やるんだ? 人体改造だったらお断りだぞ」
「はい?」
「ああ、衣装が爆発するんだろ? 観客巻き込んで」
「何言ってんのよ……私のことなんだと思ってるの?」
「記者を名乗る変人だろ」
「殴るわよ?」
「ごめんなさい」
イミカは瞑目して「呆れた」とでも言いたげな表情になる。そんな彼女は手元の裁縫道具を置いて、一枚の紙をこちらに差し出してきた。連邦人会の結成パーティーについて事細かく書かれているようだ。
「とにかく来るのよ。分かった?」
「ん、ああ、リーナたちも連れてきて良いんだよな」
「そうね……まあ、民間人が中心だし多分大丈夫だとは思うわ」
「分かった、必ず行くようにするよ」
イミカは安心した様子で俺の約束に頷いた。
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