第二十四話:面倒事は押し付けるに限る


「あ、シア」 


 リーナが路地から出てくる人影を指差した。メイド服姿の黒髪ロングの少女、そのキリッとした目元は紛れもなくシア・ダルフィーエ・シアラだった。

 片手に落ち着いた花柄のトートバッグを持っている。どうやら買い物帰りのようだ。

 いつの間にか周りが喧騒に包まれていたことで自分たちが居留地中心区画に入っていることは分かっていた。先日のこともあって「アルジェタル」で食事を摂るのは気が引ける。そういうわけで、昼飯にしてもシアに任せたいところだったが丁度良い所で会うことが出来たらしい。


フュナルムあれは シアンシア ニルだな?」


 イミカの部屋で考えていた仮定にしたがって発話してみる。ラッビヤ語の「フュナル」は遠称無生物に使う指示詞のはずだ。合っていれば訂正が帰ってくるはずだった。

 予想通り、リーナの表情は怪訝そうになる。


「? シア、人じゃない?」

「あー、いや、そうじゃなくて」


 意図と違う答えが帰ってくる。そりゃ相手にとっては普段遣いの言語で話しかけられたに過ぎないから、普通に答えるよな……

 ともかく、違和感があるということが分かればそれで十分だ。やはり指示詞は有生性で区別されているらしい。

 否定されたリーナは更に混乱したのか首を傾げる。美しい銀髪が肩から背中へと褐色の肌を滑って垂れた。


「??? 人だけど、人じゃない?」

「まあ、常人ではないかもな」


 異能持ちケートニアーだし、多能力者アンフェミネだ。間違ったことは言ってないはず。常にメイド服を来てるし。どちらかというと変人か?

 俺はこちらに気づいていない様子のシアを呼び止めた。彼女は振り返って二人の存在を認めるとにこりと清楚な笑みを浮かべる。シックなメイドワンピースはその表情によく似合っていた。可愛らしいフリルが体中に施されている。黒髪が風に振れて、灰色の瞳がこちらに視線を向けた。

 うむ、良家の奉仕者と言ったら誰でも信じるだろう。だが、その本当の姿は言語保障監理官、でもって特殊部隊の有能なエリートだ。


「聞いたことのない言葉で話されてると思ったら、ヴィライヤ先生でしたか」

「あ、ああ、聞こえてたのか」


 誰だって理由も分からず指差されれば不愉快になる。だからこそ、聞こえてなさそうなところから指示詞のテストをしたのだが……

 シアは頬に手を当てて、背徳的な表情になる。


「常人じゃないというのは、褒め言葉として受け取っておきますけど」

「うっ……」


 痛いところを突いてくる。俺は人差し指で頬を掻いた。次の言葉を継げないでいるとリーナがシアの方に寄ってゆく。


「シア、人だけど人じゃない。本当?」

「そうですよ~。私は悪魔ドルムですよ」

悪魔ドルム、人を助けない」

「鋭いな」


 無邪気なリーナの言葉にシアは鼻高々という様子だ。まあ、小悪魔という意味では悪魔ドルムなのかもしれないが。

 浮かんできた軽口を胃に押し込む。これ以上余計なことを言うと昨日の軍人連中のように吹き飛ばされて壁に埋まるなり、泡を吹いて卒倒することになる。あのときの怪我が鼻血程度で済んだというのに今更オッズベットしたくはない。


「ラッビヤ語の研究、進んでいるみたいですね」


 シアが話の流れを変えるように切り出してきた。


「やっと指示詞を使った等式文が分かってきたところだ。まだまだ、じっくりやっていく必要があると思う」

「なるほど、私は言語保障監理官なので理論言語学は専門外なんですけど、面白そうですね」

「そうだな、一歩前進したと思ったら、振り出しに戻るを繰り返すような作業だけど、分かったときの興奮は何にも代えがたい」


 そんな世間話をしていると背後から早足で歩く靴音が聞こえた。振り返るとそこにはスーツ姿の人々が忙しそうに集団で移動していた。一人は書類を見ながら、もう一人は端末で何処かに連絡しているようだった。

 そして、その集団の中心には見覚えのある顔があった。地味な色のネクタイと白髪が特徴的な痩せ気味の中年男――臨時行政長官レーシュネ・ボーシュニョスツィーニ・シュフイシュコであった。

 彼は横切ろうとして、俺達に気づいて足を止めた。リーナはもとより、俺とシアは彼に話しかけられるような事情は無いはずだ。彼はしかめっ面で俺の顔を睨みつけた。


「全く度し難いな君は」

「えっと、今度は何なんです?」

「こんな状況で女の子を二人もはべらせて何をするつもりだ?」

「あのですねえ……」


 真に受けては居ない。この人は真面目そうに見えて、早とちりを生業としているような人だ。今度は何が飛び出すかと思えばこれだ。

 答えあぐねていると、シアが自分の胸に手を当てて長官の方を向いた。


「シュフイシュコ長官、私です。言語保障監理官事務所シェポルのダルフィーエです」

「ああ、ダルフィーエ君か。何で彼と居るのだね」

「言語保障の観点から、必要な場合はこうするよう本土から通達があったので」

「ふむ。そうか」


 レーシュネはそう答えてから、こちらを一瞥した。俺は気にせず、彼にさらなる疑問を投げかけることにした。半ば、忙しそうにしているのを皮肉る意味も込めて。


「長官って結構動くんですね。行政庁にどしっと腰を据えているイメージだったんですけど」

「……私もそうしたいところだがな。色々と面倒なことが起こっていて対応に追われている」

「面倒なことですか?」


 レーシュネは俺のオウム返しの疑問にため息をつく。彼は背後で忙しそうにしている政府職員たちを無視するようにして言った。


「丁度いい、君たちも行政庁に来い。三人トニーナ寄ればスチェース文殊の モル知恵と ファル フェいうからなーカヴァレフィス


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