第二十三話:Celaium


 ラッビヤ人居留区は三つの区画に分かれている。

 第一に中央に位置する居留区中心区画、飛行場や魔導交通機関、俺の宿舎や行政庁、医療センターなど都市システムが集中している。

 その外側を北西、北東、南西、南東の四つに区切るのが二つ目の区画――地方区画だ。海に面する北西地方区画には海洋学者やら生物学者が多くいるらしい。北東地方区画には他地域との境界があって行政庁関係の施設が多い。南西地方区画や南東地方区画はラッビヤ人との紛争の前線にあり、連邦人であっても出入りには行政庁の許可証が必要である。

 そして、三つ目の区画としてラッビヤ人難民キャンプが地方区画の更に外側に存在する。この構造は何だかカーストを決められているようであまり好みではない。しかし、言語調査官風情の好みで都市計画が変わったら今頃連邦本土の街並みは奇怪至極な、良く言ってアヴァンギャルドなものになっていることだろう。


 リーナと俺は民間人宿舎を出て、適当に散策をして家に帰るところだった。

 イミカに心配されては居たが、北の地方区画は比較的前線からは離れていることを踏まえての行動だった。また、民間人宿舎のある北東地域区画には軍事施設が少ないということもある。接するデイシェス地方やサニス地方に割かれている軍の量はラッビヤ人居留区のあるイェテザル地方の比ではないらしく、何かあればすぐに駆けつけられる状態にあるため特段に人員を割いていないということらしい。


「やっぱり、雰囲気が違うなあ」


 呟く。街並みは居留区中央とは違い、どちらかというと閑静な住宅街のように見える。大通りを挟んでクリーム色の壁が続いている。階段とテラス、同じ風貌のアパートのような建物がコピーアンドペーストでもしたように並んでいた。

 リーナはそんな様子を見て、気分が悪そうな顔をしていた。当然、ラッビヤの前近代的な生活ではこんなものを見ることは無いだろう。というか、俺も本土でこんなものを見ることはない。これだけ同じ風景が続くと自分がおかしくなったのではないかと疑ってしまう。

 おそらく政府施設らしい建物を作るには時間が無かったのだろう。イミカの宿舎にも政府関係の事務所が幾つか入っていた。民間人受け入れが決まったのが昨日今日の話で、どうやら彼らを受け入れる体制を居留区は整えきれていないらしい。


「そういえば、ラッビヤの人たちの建築セラユムってどんな感じなんだ?」

建築セラユム?」


 尋ねられたリーナは言葉尻を上げた。分かりづらいリパライン語を使ってしまったかもしれない。俺はすぐに代替の表現を探る。

 しかし、リーナはそれに答えようとして言い淀んでいた。言葉の意味をすぐに訊く彼女にしては不思議な反応だった。


「何か答えづらいことがあったら、答えなくても良いよ」


 彼女が一体ラッビヤの共同体の中でどのような仕打ちを受けてきたのかは想像に難くないが、具体的な内容までは分からない。ラッビヤの文化風習という金銀財宝を目指して掘り進めたスコップの先に心の傷を当ててしまうことは避けるのが難しい。だからこそ、最低限の配慮はそれ以上掘り進めない。引き返して見なかったことにしておくということだった。

 だが、リーナはそういうことではないと言いたげに首を横に振った。


「建築は、分からない」

「分からない?」


 腕を組んで立ち止まり、クリーム色の壁に寄っかかる。リーナは難しい顔をして考え込んでいた。

 幾ら建築に通じていないにしてもその文化圏で住んできたのであれば建物の様子くらいは覚えているはずだ。


「リパレーナン、女が建築する?」

「まあ、する人も居るさ」


 現代連邦の街並みを作り上げてきた著名な建築家や都市計画者の中には女性も多い。その独創的なセンスは連邦の街並みに現代的なものを感じさせるのに強力に発揮されてきた。

 だが、リーナは更に困ったという顔でこちらを見てきた。


「ラッビヤに建築は男の仕事、女は関わらない。女、建築を喋っちゃだめだから」

「……ああ、なるほど」


 どうやら知らぬ間に彼らのタブーに触れてしまったらしい。

 ラッビヤの人々の風習として建築に女性が関わってはならず、喋ってもいけないということなのだろう。連邦人の価値観からしてみればまさに前近代的というか、遅れていると言われるものだろう。だが、価値観は押し付けるものではない。お互いを他人であると認めてこそ、価値観の存在に意味が見いだせる。

 二つの価値観に挟まれたからこそ、リーナは答えることに苦心したようだ。


「すまないな」

「気にしないで」


 リーナも答えられないということを申し訳無く思っていたらしい。そうでなければ、考えずに「言えない!」とはっきり答えていただろう。できるだけ答えようとしてくれるのはありがたいことだ。だが、彼女に無理をさせてまで答えさせるのは酷だ。元々、酷い目にあった彼女を俺の元で更に酷い目に合わせるわけにはいかない。

 今回はラッビヤの女性にとって建築に関わることがタブーであることが分かっただけで大きな収穫だった。


「そろそろお昼ごはんにするか」


 俺はクリーム色の壁から離れる。今度は居留地中心の方へと足を向けていた。そろそろお昼時だ。この微妙になった雰囲気もきっと綺麗さっぱり洗い流してくれることだろう。

 それまで微妙な表情だったリーナも目を輝かせて、こくこくと頷いた。

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