第二十一話:うちの子、よその子
「ようこそ、イミカのブティックへ!」
イミカは腰に手を当て自慢げに胸を張った。
部屋は服で溢れている。右を見れば何の変哲もない
リーナは色とりどりの生地や衣服を興味深そうに見回していた。彼女もその中に混じる毛皮に気づいたのか手を伸ばして触れようとしていた。するとイミカは焦った様子で彼女を止めた。
「それ、あんまり触らないほうが良いわよ」
「どうしてさ? 貴重な布だったりするのか?」
その割には管理が雑だろう。イミカは俺の問いを聞いて言いづらそうに身をよじらせた。
「えっと……革って鞣すじゃない?」
「ああ、まあそうだな」
イミカは俯いたり、顔を上げたりしてまだ言いづらそうにしている。
確かに動物の皮はそのままでは腐敗したり硬くなったりし、利用しづらくなる。このため皮革として使う場合は「
だが、それがどうかしたのだろうか?
もじもじと言葉を継ぐことが出来ないでいるイミカに俺は先を促す。彼女は仕方がないといった感じでやっと口を開いた。
「えーっと、その……おしっ……人が出したもので鞣してるから……」
「人が出した……って」
疑問をそのまま口に出そうとしたところを留め、考える。
皮鞣しには幾らか方法がある。リパラオネ人はどんぐりを良く食べることから、どんぐりの渋抜き汁で木皮やどんぐりの殻、かさの部分を煮詰めて出来たデッシュプゼと呼ばれる液体を使って鞣す。このような伝統的なやり方の他にもクロムなどの金属を用いた化学的な処理も良く用いられる。他にも口で延々と噛み続けることによる口噛み鞣しや煙で鞣す燻煙鞣しなどを使う民族も居るらしい。
また、場所によっては動物の排泄物を用いて鞣す場合もある。つまり、人が出したものと言えば――
「うわっ、マジかよ!?」
体が勝手に毛皮から身を遠ざける。リーナも俺の行動から危険を感じ取ったのか、手を引いて後に下がった。それらしい匂いはしないがはっきりと言われてしまうと精神的に近づきたくなくなる。
イミカは取り繕うように手をわたわたとさせた。
「ちゃんと洗ってるから綺麗なのよ!? そこだけは勘違いしないで欲しいな!!」
「なんでそんなもんデュインに持ち込んだんだよ」
「だって今頃この手法で鞣してる革って流通が少ないから……手元で実物が見たかったのよ!」
「そういうタイプの変態か?」
「違うわよ!!」
引いてる俺の横でリーナはアンニュイな表情で首を傾げていた。話が難解だからか、理解できていないようだ。むしろ今のような場合はそっちの方がありがたいのだが。
一つため息をつく。
「そんな変なもんリーナに着せるんじゃないんぞ」
「あれれぇ?」
「なんだよ」
イミカの口調は一転して俺をからかっているように聞こえた。変に悠長な発話が人を小馬鹿にしているようなニュアンスを感じさせる。
「すっかりうちの子扱いじゃない? 彼女、確かに可愛いものね」
「そんなんじゃない。親が死んだと決まったわけじゃないし、親づらだなんて」
「ん? その子、
黙ってしまう。口を滑らせたことに気づくのはいつも言ってしまったあとだ。その沈黙にイミカも何かを察したようで背後の布の山にまた振り返った。
俺とイミカの会話に特に興味も無いらしく、周りの布を見ていたリーナも沈黙に気づいてこちらに視線を向ける。イミカはその視線に気づいてバツが悪そうに「うん」と小さく頷いた。
「ま、そこらへんの事情は私には関係ないわよね。私の役目は服を作ることだし。それじゃあ、そろそろ寸法を測ろうかしら」
「すまないな、頼む」
イミカはメジャーを持ってリーナの元へと近づく。彼女は不安げな顔をして、こちらを見上げてきた。
「何する?」
「服を作ってもらうんだ。そのためには体の大きさを測って貰う必要があるだろ?」
「
「そんなに怖がらなくても大丈夫だ」
頭を一度撫でてから、彼女をリーナの方へと送り出す。イミカは彼女を受け取り、部屋の奥の方へ向かう。視界から二人が居なくなるとカーテンが閉じる音がした。今着ている服も脱がせてから体を測るのだろう。
こんなことをやってると確かに親らしいと言われるのも納得がいく。それよりも重要なのは、イミカに言われるまで気づかなかった疑問が今まで見過ごされていたということだった。
(リーナの親は一体何処に居るのだろう……?)
イミカの仮定が当たっているなんてことは万一にもないだろう。
そんな普通の孤児に対して、オストの自由度は桁が違う。リパラオネ教の
だが、リーナはそんなレベルを遥かに越えた扱いを受けていた。そもそも、連邦人の宗旨の尺度で考えるのもおかしいことだが、それにしてもオストのような甘ったるいものではないと確信している。
(じゃあ、彼女が孤児でないとしたら親はどこに……)
謎は深まるばかりだった。
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