第二十話:“言語調査官コス”はファッションと言わない
まさか本当に一夜で動けるようになるとは思えなかった。医学の進歩というべきか、自分が負った怪我が幸運にも酷くなかったのか、どちらなのかは良くわからない。しかし、そのおかげで今日もリーナと街に出ることが出来た。
シアはその間に足りない買い物をしてくると言って、タールは寂しく一人で留守番をさせられることになっていた。彼のことだし、一人でも楽しく過ごしていそうなものだが。
「じゃあ、“あれは太陽”って言う場合はどう言うんだ?」
歩きながらリーナに尋ねる。彼女は街を警戒と興味が入り混じった表情で眺めながら、俺の質問に付き合ってくれていた。
「フュヘルンシャヴィル」
「ふむ」
おそらく、「フュヘル-ン シャヴィル」と分けることが出来るのだろう。「シャヴィル」は太陽の光では無かったはずだが、今回は何故か太陽を指している。これまで訊いてきた文章から見て「A-ン B」で「AはB」であるという等式文を表すことになりそうだ。そんな推測を立てながら、俺は目的地に足を進めていた。
今回は予定無く街に出てきたわけではない。今日の目的、それはキヤスカ・イミカに会うことだった。
「あれがイミカだな」
「フュナルム イミカン ニル?」
別にラッビヤ語を訊いたつもりは無かったが、その言葉を聞き逃さない。すぐに脳内のラッビヤ語コーパスと照合する。
今のは「マトゥコルム N-ン ニル」の形式に似ている。リパライン語では「
だが、問題は「マトゥコルム タールン ニル」=「これはタールだ」、「フュナルム イミカン ニル」=「あれがイミカだ」のような「A-ム B-ン ニル」の形式の場合だ。
こっちの文では何故か主語に「-ム」という謎の接辞が付いて、逆に主語を表す接辞「ン」は固有名詞の方についている。それに「あれ」は前の文では「フュヘルン」と言っていたのに、今回は「フュナルム」になっている。これも謎だ。「ニル」に関しては人を表す名詞であることが間違いでなければ、敬称などを表すものであまり関係ないだろう。共通点を見出すならば、どちらも人の固有名詞を取っているということだ。人を指すときのみに使う指示詞……? それではなんだかしっくりこない。
リーナが袖を引いた。どうやら立ち止まって考え込んでしまっていたようだ。彼女は心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた。
「……大丈夫?」
「あ、え? ああ、大丈夫だが……」
イミカは二人で話してるのに気づくと満面の笑みで手を振ってきた。ペールピンクのオフショルダーフリルワンピースを着ている。首には翡翠のネックレスが掛かっていた。前回会ったときよりもガーリーなコーディネートだ。ただ残念なのは、ネックレスの上からプロ仕様のカメラが掛かっていることだった。
「丁度良かったわ! 今日、本土の方から色々と物資が届いたらしくて横流ししてもらったのよ!!」
「おいおい……」
物資の横流しなんて大声で言うものではない。本土ならまだしもここは政府と軍の人間だらけなのだから、狼の群れの中で「私は食肉です!」と叫ぶようなものだ。
リーナは彼女のハイテンションについていけないようでただただ黙って見ているだけだった。
「それで、あんたに連絡しようと思ったんだけど連絡先貰ってなかったでしょ?」
「そういえばそうだったな」
「だから、ベストタイミングだったのよね!」
「なら良かったんだが」
適当なことを言っておく。こんなのに連絡先を渡したが最後、どんな目に合うか分かったものではない。
俺はほっとけば幾らでも喋りそうなイミカがまた喋りだす前に本題を説明する。
「というわけで、先日も言ったが彼女に服を見繕ってほしいんだ」
リーナの服は未だに言語調査官アレン・ヴィライヤのコスチュームであった。こう言っておけば幾分か気は紛れるが、少女にオッサン(まだ、20代だが)の服を着せているのは段々と申し訳なくなってくる。シアのメイド服を着せようとも思ったが、微妙に寸法が合わず窮屈そうだったのだ。
彼女は動きやすい服をご所望らしい。しかし、俺やタールは言わずもがな少女の服を見繕うセンスなど無い。いつも可愛いメイド服を着ているシアならどうかと思ったが、彼女はファッションセンスが無いからこそメイド服しか着ないらしく、他人を当たってくれと言われてしまった。しかしまあ、なら、スーツを着ないのは何故なのだろうと別の疑問は浮かぶがこれはまた別の話だ。
こうして、あまりいい気はしなかったがイミカに再会することになってしまったのである。
「分かったわ、さっきも言ったけどいい感じの素材とかも手に入ったし色々試してみたいのよ」
「良いんじゃないか、ラッビヤ人を着飾った初の連邦人となりそうだな」
ファッションについて何も知らないから、適当なことをまた言った。すると、イミカはそれを聞いて不思議そうにアンビバレントに目を見開いた。
「それって違うわよ」
「何がだ?」
「だって、最初にラッビヤ人を着飾った連邦人はあなたじゃない! あなたの服を着せたんだから」
「ははあ」
言語調査官アレン・ヴィライヤのコスチュームをファッションと言わさるか。いよいよ彼女のファッションセンスすら疑問に思えてきたが、頼れる人は目の前の一人しか居ない。彼女に託す以外に方法はなかった。
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