第十四話:荒事は専門外
店を出て、背後の横開きドアを後ろ手で閉めようとする。しかし、ドアは何かつっかえにでも引っかかったかのように止まった。新しくて急ごしらえの食事処だ。建て付けの悪いところもあるのだろうと思って、一度押してから引いて閉めようと試みるもなかなか閉まらない。
そんなところでリーナの顔にやっと気づいた。彼女の視線は俺の背後に向かっていた。俺はドアから手を離して背後へと振り返る。そこには大柄の男が立っていた。
「なあ、お兄さん、ちょっと待てよ」
男の胸には連邦軍のワッペンが貼られている。こちらを睨めつけるその目には敵意を感じる。その男はこちらに一歩ずつ迫ってきた。その威圧感に腰が引ける。足が勝手に彼我の距離を取るために動いていた。
男の後から更にぞろぞろと軍人連中が出てくる。全員がこちらに高圧的な視線を向けていた。
「そいつはラッビヤ人なんだろ?」
「……っ! だ、だったら何なんだ」
足が小刻みに震えていた。軍人数人に周りを囲まれたんじゃ恐れるのも無理はない。隣に居るリーナは心配そうにこちらを見上げていた。
兵士であろう男は蔑むような目でリーナを一瞥してから、また俺の方に視線を戻した。
「一発殴らせろよ」
「……」
瞬間、シャツの脇腹の部分が引っ張られるような感覚を覚える。目をやると、リーナが泣きそうになりながら掴んでいた。布越しに人肌の温かさと柔らかさを感じる。
恐怖に怯えている様子は彼女が「ブツィニル」という言葉を聞いたときと同じだった。彼女は恐怖に抗うように更に力強く握ってきた。
彼らに答えるだけの勇気はなかったが、俺は無意識的にリーナを背後に押し込む。すると、男たちは今度こそ明け透けに敵対的な態度になっていった。一人は腰に手を当て、一人は拳を鳴らしている。
「ラッビヤの奴らはこの戦争で連邦軍の兵士を大量に殺した。しかも折角乱暴な連中から守ってやったというのにキャンプから逃げ出して連邦人を殺し、強盗したらしいじゃねえか」
「ラッビヤは殺して盗まない」
リーナは背後で恐怖に震えながらも、はっきりとそう言いきった。その声が聞こえた男は眉間にシワを寄せた。
「しらばっくれるつもりか?」
「やめろ、彼女はまだ子供なんだぞ……!」
「泥棒族なんかに掛ける情は無えよ。退かないってんなら、お前もまとめてぶちのめしてやる」
嫌な汗が首元を流れていく。
言語調査官アレン・ヴィライヤは
俺の所属する言語特務局は一般人から秘密警察っぽい名前だとよく言われる。未知の未開民族や反政府的な少数民族と戦いながら言語調査をする特殊部隊だという誤解をされている場合が多い。だが、それはどちらかというと
そんな言い訳が脳内を過ぎっているうちに目の前の男たちはどんどん機嫌が悪くなってゆく。
「そろそろ退かねえとぶっ殺すぞ」
「待て、話を聞――」
「いい加減退けつってんだよ!」
一瞬何が起こったのか分からなかった。次の瞬間には地面に倒れ込んでいたのだ。酸欠の時に似たような感覚がする。意識が飛んだのか、受け身を取ることが出来ずに頭を打ち付けたらしい。ズキズキと痛む頭に手を当てると鼻に当たった袖の端が赤く染まった。そこでやっと鼻っ面を殴られたのだと理解できた。
リーナはそんな俺の様子を見て顔面蒼白で固まっていた。情けないという感情よりも今立って彼らを止めなければ次の標的は彼女だという事実に体が駆動していた。彼女は誰からも見捨てられてきた。だからこそ、俺が最後の砦となって彼女を護らなければならない。戦えないのだとしても。
回らない頭で兵士たちの前に立ちはだかる。連戦のボクサーさながらに体がふらふらしていた。
「気が晴れるなら、幾らでも俺を殴ればいい。だが、彼女は……彼女に手を出すのはやめろ」
「それは無理な相談だな」
立ち上がったばかりで震える足に蹴りが入る。体勢を崩して体はまた地面に打ち付けられた。地面に倒れ込む俺を男たちは嘲るように笑った。それまで動いていなかった男たちはリーナを捕まえようと手を伸ばす。固まったまま動けない彼女に手が触れる。
その瞬間、交差点の方の明るみから声がかかった。
「その子から離れなさい」
腰まで届くストレートの黒髪、瞳は珍しい灰色だ。キリッとした目元はこちらを威嚇するようだ。なんと言っても一番目に付くのはその服装がロングスカートの
ただ、何故そんな良家に居そうな給仕役がこの場に居るのか?
「なんだてめえは?」
全く状況に合わない少女の登場にこの場にいる全員が疑問を抱いていた。
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