第十三話:「焼く」も「煮る」も
「ふーっ、見た目の割に結構重かったな」
「リパレーナンのご飯、おいしかった……」
リーナの方は言葉通り満足げに頬を緩ませていた。俺はさっきのボーイを呼んで、お勘定をお願いする。
国によっては一々レジの前まで行く必要があるお勘定だが、連邦では伝票を小型のフォルダに挟んで渡してくる。それに札を挟んで待っているとボーイが勝手に持っていって、お釣りがあればテーブルにフォルダが戻ってくるという仕組みになっている。
ボーイが黒色のフォルダを置いていく。料理を片手に器用なものだ。そのまま別のテーブルへと料理を運んでいった。開いて伝票を見ると、全部で
手持ちの100レジュ札を三枚挟んで、テーブルの端に置いておく。精算の間は連れと会話して過ごす。もちろん寂しいぼっちが外食しにくれば、この間虚空を見ていることになる。だから、俺はあまり外食には行かないわけだが、今回は幸運にもリーナが隣に居る。
丁度いい機会なのでラッビヤの料理と調理について理解を深めておきたいところだ。
「リーナ、君たちはどういう料理をするんだ?」
尋ねるとリーナは「んー」と唸りながら、考える。
「ツォッフールを串に挿して焼いたり、ユティルを挽いてヨケルにする。ヨケルは茹でて草とスープにするのがおいしい。あと、フェンキュツァの肉は脂が乗ってていい……」
「あー、なるほどなー」
適当な返答をした俺を尻目にリーナは脂の乗ったフェンキュツァを想像しているのか、喉鼓を鳴らしていた。どうやら、俺の声は聞こえていないらしい。生物(か、はたまた植物か)の名前が何を指しているのか分からないせいで分かったのはフェンキュツァは獣か魚だということだけだ。
まだ気になることがある。それはラッビヤ語の調理動詞についてだ。調理動詞は料理文化に強く影響される。
例えば、我々のリパライン語には「渋みが強いどんぐりを水につけるか、煮沸してあくを抜くこと」を表す「バネーザバフ」という動詞があるが、ユーゴック語では単純に「ジュイ バネーデシュ」、つまり「どんぐりを煮る」と言う。また、ユーゴック語では「煮る」も「炊く」も同じ「ジュイ」という動詞で表されるが、リパライン語では「蒸す」と「炊く」を「ユッガ」という動詞で表し、「煮る」は「シュプーエス」という別の動詞で表す。
このようにラッビヤ人特有の調理やそのカテゴリーを表す単語は食文化に密接に関係しているはずだ。取り敢えず、さっきの食料の調理動詞を訊いていこう。
「君の言葉で“ツォッフールを焼く”ってどういうんだ?」
「ツォッフールジェフシュン」
「“ヨケルを茹る”、はどうだ?」
「ヨケルジェフシュン」
「……フェンキュツァはどう調理するんだ?」
「ジェフシュン?」
全部同じ答えが帰ってきた。「ジェフシュン」という動詞の表す範囲は結構広いらしい。
「“焼く”も“茹でる”もジェフシュンなんだな?」
「そう」
「ヨケルを焼くことは無いのか?」
「えっと、串に挿して焼く。それもおいしい……」
リーナは満面の笑みで答える。いずれ自分も温かいヨケル三昧を頂きたいものだ。その前にキャンプの連中との確執を解消する必要はありそうだが。
頭の片隅でそんなことを考えながら、俺は彼女に重大な質問を突きつけた。
「ヨケルを焼くのと茹でるのはどうやって区別するんだ?」
「それは……」
またもやリーナは「んー」と唸りながら、考え始めた。最初は先程と同じ様子だったが、段々と表情が難しくなっていった。視線をこちらから外して首を傾げ考えていたが、しばらくしてから彼女は急にこちらを向いてきた。
「それは区別しない? うぅん、分からない」
「じゃあ、質問を変える。さっきのは“ヨケルを焼く”という意味にもなったのか?」
「それは茹でるを言ったから、茹でる」
むっとした表情でこちらを見つめられる。いや、落ち着いてくれ別に君を責めているわけではない。これはあくまでフィールドワークの一環なのだ――といっても分かってもらえないだろう。この言葉は飲み込んで、異世界の少女に睨まれるのに甘んじる。
整理するなら、単語「ジェフシュン」は「焼く」と「茹でる」のどちらも表し、この判断は文脈によるということだ。
そんなことを考えているといつの間にかテーブルの端に黒色のフォルダが戻ってきていた。中にはお釣りの10レジュ札六枚がフォルダに挟まれて帰ってきている。札を無造作に財布に突っ込むと俺は椅子から立ち上がった。リーナもそれを見て、焦り気味に席を立つ。
「じゃあ、帰るか」
「帰る?」
「ああ、君も病み上がりなのに無理するとまた体調を崩すぞ。部屋に戻って休んだほうがいい」
言葉を聞いて、彼女はこちらを見ながら数秒間固まっていた。何か変なことを言っただろうか? そんな疑念を抱いていると彼女は意識を取り戻したように「あぁ……うん」と弱々しく肯定の言葉を漏らした。
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