第十五話:アンフェミネ


「誰なんだよ、てめえは」

「貴方達のような下郎に名乗る名前は、生憎持ち合わせていないので」


 睨みつける筋骨隆々の男たちを前にして、メイド少女は物怖じ一つ見せなかった。狼狽えずに挑発までしている。軍属を表すワッペンがまるで見えていないかのようだ。

 男たちは互いに顔を見合わせて考えている様子だったが、暫くしてさっき俺を殴ってきた男が彼女の前に立ちはだかった。


「良いか、嬢ちゃん? 俺達は連邦人をめちゃくちゃに殺してきたこいつらの罪を理解してもらいたいだけなんだよ。正義のためだ、今のうちに失せておいたほうが賢いと思うぞ?」

「貴方達の身勝手を見過ごすのが正義だというのなら、愚かしい限りですね」

「てめえ、連邦軍人を愚弄するとはどういう了見だ!」


 諭すように言った男の背後から血色のいい若そうな男が激昂する。しかし、幾ら威圧的な態度を男たちがとっても彼女は動じる気配がない。


「警告はしたぞ。逃げ出すなら今だ」

「私はここから一歩も動くつもりはありませんが」


 ちっ、と男は舌打ちをした。背後の連中は指示を受けてメイド少女に近づいてゆく。捕らえられていたリーナはゴミでも投げ捨てるかのように突き放された。地面に激突しそうになるところを受け止める。怪我をしていないようで俺は安心のため息をついた。

 だが、それは別の人間――メイド服セルディネーラパートの少女を生贄として彼らに引き渡したのと同等ということを指していた。

 少女の体躯は華奢で、連邦教育課程ファンセルで言えば上級中学校デモツェルの二年生くらいだ。メイド服セルディネーラパートでロングスカートという動きにくい服装である以上、今から逃げても兵士たちは簡単に追いついて彼女を捕らえてしまうだろう。だが、メイド服の少女はそんなことは関知しないとばかりに堂々と立っていた。


「それじゃあ、遠慮なく殴ってやるよ!」


 そんな彼女に男は拳を振り上げ、殴ろうとする。だがその瞬間、何かが弾けるような音がした。男の動きは止まる。振りかざした腕の筋肉が明らかに二、三回不自然に脈を打って痙攣していた。

 その数秒後、男は無言でその場に崩れ落ちた。


「かはっ……!? こほっ、こはっあ、うぁ゛あぐ……」


 男は地面でもがき苦しみながら、言葉にならない声を上げる。見ているだけでも不愉快極まりない動きと声はしっかりと視界に入ってしまっていた。しまいにはそんな声も聞こえなくなって、男は白目をむいて気絶した。

 少女はまるで友だちに挨拶でもするように手のひらを男に向けていた。

 手を触れずに攻撃をする方法、それは一つしか無い。

 つまり、彼女は明らかに――


異能保持者ケートニアー……か)


 兵士たちの顔色もそれを見て完全に変わる。ただ一人、焦っていたのは先程激昂していた血色のいい青年だった。倒れ込んで沈黙している男とメイド少女を交互に見て、顔面蒼白になっていた。血色が良いだけあって表情の変化が分かりやすいほどはっきりしていた。


「何をした……?」

「大丈夫です。死にはしませんし、傷も残りませんから」


 男たちを前にして彼女はにこりと清楚な笑みを見せた。

 連邦軍は主に異能保持者ケートニアーを中心に運用がなされている。上層部は勿論のこと、兵卒に至るまで目の前のメイド少女のようなデタラメな能力者に対する対処法は心得ている。だからこそ、恐れる素振りは青年以外見せなかった。

 各々が異能ウェールフープを発現させる。一人は冷気を纏い、また一人は炎を手に宿している。


「そっちがその気なら、こっちだって丸腰で行くわけにはいかねえな」

「なるほど、本当に軍人だったのですね」

「そうだよ、かかってきやがれ!」


 柄の悪そうな男は炎を纏った拳で少女を殴りつけようとする。しかし、磁石のように反発して道路を挟んだ向かいの建物に衝突した。男は喀血して、道にぼとりと落ちた。人型が建物にくっきりと写し取られているのを見るとどれほどの衝撃だったのかが伺い知れる。

 細かいことは知らないが、異能保持者ケートニアーの能力は単一的なものに限られるという。だが、彼女が発動させたのは最初とは全く違う能力だ。それはつまり、軍人でも少数であると言われるエリート能力者――多能力者アンフェミネであることを指している。


「まだ、やりますか? お相手いたしますよ」

「ひっ……!」


 少女の柔和な笑顔はただただ男たちに恐怖を与えるだけであった。それ以上、彼女に抵抗しようという意志のある者は居なくなった。未だに立っている者も腰が完全に引けていた。顔面蒼白の青年がまず逃げ出すと、その後を追いかけるように他の男達も四分五裂になって走り去っていった。少女はそんな彼らのことなどどうでもいいとばかりに服の表面をはたいて埃を落としていた。

 そして、彼女は地面にへたり込んでいた俺達二人の元に近づいてきた。どうやら今まで存在を忘れられていたらしい。


「お二人共、大丈夫ですか?」


 俺は目の前で起こったことが衝撃的過ぎて、言葉で答えることが出来なかった。ともかく頷いて軽症であることを伝える。リーナはまだ彼女を信用していないのか、警戒の眼差しを少女に向けていた。

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