第十一話:ラッビヤ人は“盗み”をしない
振り返ると思った通り、車から降りてきたのはレーシュネであった。上物のスーツを着て、倒れた俺たち二人を見下げていた。
「そういうのはやめてくれ」
「……? 何をですか」
デュインや連邦の法に触れるようなことをしたつもりは無かった。リーナを連れ出したことは俺の責任の上でやっていることで、レーシュネ自身はそれ以上追求せずに黙認している。なら、何が駄目だったのだろうか?
彼は嘆息した。
「少女一人助けられなかったくらいで心中しようとしてたんだろう」
「はい?」
「このご時世、人を轢いてもお上に始末書を書くだけで職務復帰させられる。そんな後味の悪いことはしたくないからな」
どうやら、何か大きな思い違いをしていたようだ。俺は目を細めて彼を見つめるほか無かった。
「俺は自殺なんてしませんよ」
「そうあって欲しいものだな」
レーシュネはこちらに手を差し出して来た。それを掴むと強い力で引き上げられる。彼に健康な青年一人を力ずくで持ち上げるだけの体力があるようには見えない。もしかしたら、
連邦に住む人間の中には結構な数の
――というのは、大げさで
俺はそんなことを考えながらレーシュネの顔を真っ直ぐ見た。
「
「昔はそうだった」
「昔は……?」
彼は俺を引き起こすとその後ろに倒れていた人影に近づいて、手を差し伸べようとする。だが、彼は口をぽかんと開けた少女――リーナを見るやいなや足を止めた。複雑な表情で彼女に視線を向ける。そんなレーシュネをリーナは怪訝そうに見上げた。
「ラッビヤ人……か」
レーシュネは鋭い視線をこちらに向けて来る。その目は何か疑り深いものを感じているといったような、探るような目だった。
「キャンプから出た先住民が強盗を働いているというのは知ってるな?」
「ええ、確か昨日初めてお会いしたときに聞きました」
「今日、それで死人が出た」
衝撃的な事実に閉口してしまう。だが、一つだけはっきり言えることはあった。
「……リーナは関係ありませんよ」
「私もそう考えている。生きてる被害者は相手が男だったといっていたからな」
「つまり?」
「連邦人を選んでやってる以上怨恨もあるだろう。そんな奴が君と彼女が仲良く歩いているを見れば同胞を裏切った奴と結論付けるだろう」
「外を出歩くのは危険ってわけですか」
レーシュネは小さく頷く。そして、車の方に振り返った。
「宿舎の近所でも、外出には十分気を付けろ。案外、危険は近くにあるものだからな」
「……ありがとうございます」
形式的な感謝の言葉はレーシュネには届かなかったのか、彼は振り返らずに車に乗ってしまった。公務に相応しい高級感のある車は静かにその場を去っていった。
辺りが静かになるとリーナは疲れた様子で「ふぁぁ……」とあくびをした。未だに彼女は地べたに座っていた。
「なにの話だった?」
「えーと……」
どうやらリーナは俺とレーシュネの話していた内容があまり掴めてなかったらしい。大分シリアスな話をしていたというのに彼女は地べたに足を伸ばして、手を付いて座っている。完全にリラックスした様子だ。本土の連邦人が見れば変人に見えるだろうが、彼らにとってはそうでもないらしい。だからこそ、特に注意することもなかった。
「乱暴な泥棒がこの街に入るらしいから、気をつけろって」
それが一番分かりやすい説明だと思えた。だが、リーナはそれに首を傾げて「んん?」と唸った。良く理解できないということらしい。
「リパレーナンはいっぱい持ってるから、泥棒するの要らない。違う?」
「あー、いや、ラッビヤの人の中に泥棒をする人が居るらしいんだ」
きっとリーナには聞きたくない情報だろうが、レーシュネから聞いた以上正確な情報であることには間違いない。だか、彼女はそれに反感を抱くというより、更に困惑した様子で反応した。
「ラッビヤは盗むのこと思わない。乱暴な人は乱暴なだけ」
「ん、どういうことだ……?」
「リパレーナンは要らない物置く。ラッビヤは要るのものだけ置く。リパレーナンは要らないの物持っていくと“盗む”言う。でもラッビヤはものは要るの人のものだから“盗む”が無い」
「ほう……」
どうやら、ラッビヤ人のモノの所有の考え方は違うらしい。リパレーナン――つまり、リパラオネ人を初めとする連邦人はモノに所有権の概念がある。なので、所有権を持たない者がモノを無断で持っていこうとすると「盗む」になる。だが、ラッビヤ人はそうではなく、モノの所有権は必要な人に属すると考えるようだ。だからこそ、「盗む」はラッビヤの人間の世界にはあり得ないことなのだ。
では、疑問が生じる。ラッビヤの人達が他人から物を強奪しようとすることはあるのだろうか? 他人の所有が色濃く現れるリパラオネ人の考え方に対して、ラッビヤ人はそうは考えないはずだ。ならば、殺してまで物を奪うだろうか? レーシュネも怨恨と言っていたが連邦人に対して復讐をしているのだとすれば……
真面目に分析しようとしているとくうぅ~と虚しそうな音が聞こえた。地面の方から聞こえたその音に気を取られて目を向ける。すると、リーナがお腹を押さえてひもじそうにこちらを向いてきた。
完全に忘れていたが、そろそろ昼飯を食べるのに丁度良い時間になってそうだ。
「そろそろご飯でも食べに行くか」
呟いたのが聞こえたのがリーナは凄い勢いで頷いた。
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