第十話:光探し
「大丈夫だったか?」
リーナに問い掛ける。
彼女はそっと顔を上げると先程まで騒いでいた異世界人がいなくなったのを確認し、俺の方を見てこくこくと頷いて答えた。
怖がるのも無理はない。連邦のあるファイクレオネ世界は車や自動小銃のあるような近代的な世界だ。それに比べれば、デュインの先住民の発達は前近代的なものだと言われている。彼らが見たこともないカメラのフラッシュに驚くのは当然だろう。
リーナはぶるっと身体を震わせて、今度は涙目でこちらを見上げた。
「怖かったかもしれない……」
「大丈夫だよ、あれは風景を写す道具で人には危害を与えない」
「風景写すの道具……?」
「そうそう」
俺は懐から端末を取り出して、カメラアプリを起動した。フラッシュを有効にしてリーナを撮ってみる。彼女は向けられた端末を不思議そうに見つめていたが、撮った瞬間閃光に驚いて身を縮こまらせた。
「ひゃんっ!」
「あっ、ゴメンゴメン……」
説明のためとはいえ二度も同じ恐怖を感じさせてしまった。それに申し訳なさを感じつつ、俺は携帯の画面を彼女に見せる。
「私の顔……?」
「そう、こういう風に彼女が持っていた道具は目に見えるものを写せる。それだけだから心配しなくていいぞ」
そういって宥めようとすると、リーナは不思議そうに端末を指さした。
「何故風景写すの道具は雷が出る?」
「雷?」
「風景写すの前に見えるのもの、雷じゃない?」
「あー、フラッシュのことか」
もう一回、端末をリーナに向けた。画面の中の彼女は身構えるが、今度はフラッシュを切って撮影する。虚しくシャッター音だけが鳴り響いた。さっきと同じようにリーナに携帯を見せると彼女は目を細めて画面を凝視していた。
「フラッシュがないと見づらい写真になるんだ。特にこういう薄暗い路地とかだとね」
「見やすくするの光……?」
「まあ、そんなところかな」
彼女はそれを聞くと興味津々に俺の手元にある端末へと視線を向けていた。リパラオネ人の技術に感心するデュインの先住民という構図、数世紀前のリパラオネ人だったら大喜びしていただろうか。
だが、俺には何も響くものがない。このデュインに来たのはラッビヤ人の言葉に興味があったからだ。リーナがリパラオネ人の技術を得ていくのは自由だ。しかし、それで自分たちの言葉を失っては本末転倒だろう。言語特務局の仕事は彼らが失意の中で言葉を失っていくのを防ぐ第一段階にある。
だからこそ、それを訊きたかった。
「リーナ、ラッビヤ語で“光”ってなんていうんだ?」
すると、リーナは何を言えばいいのか選び難いと言いたげに唸った。しばらく待っていると、彼女は口を開いた。
「リパレーナンの“光”、ラッビヤの言葉には無い。ラッビヤはもっと細かく光を見る」
「細かく、か」
リーナはまたこくりと頷いた。
そこで一つ思い出したことがあった。世の中には
民族ごとに物事を捉える分類の広さは違う。雪国に住む民は空から降ってくるものをとにかく区別するのだが、逆に砂漠に住む民はあまり区別しない。その代わりに彼らは日差しや砂嵐に関する単語が発達するという次第だ。言葉は生活や文化に密着して発達する。ラッビヤ語の「光」を表す単語も恐らくそうして発達したのだろう。
「例えば、どういった単語があるんだ?」
「雷のみたいはレジェル」
どうやらカメラのフラッシュや雷のような閃光は「レジェル」という単語で表すらしい。
リーナは次に路地に差し込む柔らかい光を指差す。
「これはチェテル」
「柔らかい光のことか?」
「そう、埃が見えるの光」
確かに彼女の指す柔らかい光の中では舞う埃が薄っすらと見える。「チェテル」という単語はもしかしたら「埃が舞うのが見える程度の柔らかい光」という感じなのかもしれない。
するとリーナはいきなり歩き出した。付いてゆくと交差点に出て、太陽のある方向を指差す。居留地の気温は高くはないが、目が眩むほどの光が常に街へと降り注いていた。
「あれはシャヴィル」
「太陽の光のことか?」
「違う、眩しいのこと」
眩しそうに目蓋を閉じながら説明するリーナに直感的に合点がいく。恐らく、眩しい光のことを「シャヴィル」と言うようだ。しかし、それにしても見えないながら必死に指し示して説明しようとする彼女の健気さを見ていると何とも言えない感情になってくる。
そんなことを思っていると、リーナは目の前でつまづいた。
「わわっ……!」
彼女は体勢を崩してこけそうになっていたのをなんとか立て直すも車が行き交う車道に飛び出してしまっていた。一台の高級そうな車が困惑した表情のリーナに直進してくる。俺は衝突ギリギリで彼女の体を掴んで引き戻す。すると、二人して反動で歩道の方に倒れ込んでしまった。車の方もブレーキの音がして急停止した。
「リーナ、大丈夫か!?」
俺はすぐに起き上がってリーナの肩を掴んだ。体中を確認し、そして安心する。良かった、どうやらすり傷一つ無いらしい。
彼女は眼を瞬きながら、こちらをじっと見たままだった。ぽかんと口を開けて、何が起こったのかが把握できていないらしい。怪我もなく安心していると背後から声が掛かった。
「アラル・ヴィラン君じゃないか」
ぎくっ、という心の声は外に漏らさない。だが、面倒な人間に会ったということだけは分かった。だからこそ、気丈に振る舞おうと思った。
「……アレンですよ、長官。そろそろ覚えて頂きたいところなんですが」
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