第九話:キヤスカ・イミカ
イミカはご丁寧に決めポーズを取りながら、こちらの反応を伺っていた。リーナは未だに膝を抱えてうずくまったままだ。やっと警戒心が解けそうだというところに面倒が入ってしまった。
「デュインには政府関係者以外は立ち入れないはずだが?」
純粋な疑問だったが、声色が不満に満ちたものになってしまう。タールが言っていたのが正しければ、ここにファッション誌ジャーナリスト――キヤスカ・イミカが存在するのはおかしいことになる。
イミカはそれを聞いて、頭の上に電球が浮かんだかのように「あぁ」と声を漏らした。
「最近、政府が規制を緩和したのよね~。報道の自由とか言うヤツ?」
「今更か……」
もう少し情報を知るのが早かったら、こんな危険なところに来ることもなかっただろう。リーナだって然るべき人間に保護されていたかもしれない。いずれにせよ、行政庁も協力的でなかった以上憶測でしか無いが。
変な間が空いて、イミカも不思議そうな表情をする。
「それで、なんでファッション誌の記者がわざわざこんな所に居るんだ」
「デュインの先住民のファッションを本土に伝えたいと思ってね! 未知の異世界先住民の服飾なんて伝えたら業界に新しいインスピレーションが与えられるじゃない?」
「はあ、左様ですか……」
お生憎様、今リーナが着ているのは俺の服だ。
イミカは彼女にじっくりと視線を向けていた。数秒間凝視すると、首を傾げた。
「今彼女が着てるのはリパラオネ風の服ね…… 家にはラッビヤ人のファッションがあるの?」
「今はないね。」
「でも、ファッションセンス皆無ねえ」
ファッションセンス皆無で悪かったな。
調査用に用意する服なんて、動きやすさや環境に対する対処、汚れに強いか汚れても大丈夫かくらいしか考えない。似合う服が無くて当然だ。俺はファッションマスターではなく、単なるしがない言語調査官なのだから。
と、そこで一つ思いついたことがあった。
「そうだ、キヤスカさん」
「イミカで良いわよ。もうっ、他人行儀ね!」
君が馴れ馴れしすぎるだけだ。
話していると思考のペースが崩れる。さっさと本題に入ろうと一つ咳払いをした。
「もし良かったら彼女の服を見繕ってくれないか? まあ、寸法とかを取るのはまた今度にしてほしいんだが」
「別に良いけど…… もしかして彼女、服持って無いの?」
「色々あってな。今の所、緑色のローブくらいしかない」
「ふーん、そうなってくると困ったわね……」
イミカは物を考える顔になってそう言った。
「何か問題でもあるのか?」
「本土からこっちに物を送ってもらうのには数ヶ月かかるのよ。軍とか政府関係者の荷物が優先で、あたしらみたいな民間人の荷物は厳しくチェックされるうえ後回しにされてるみたい」
「そうなってくると、寸法が取れて服を送ってもらったとしても……」
「少なくとも三ヶ月くらいは掛かりそうね」
「はぁ……」
状況の面倒臭さにため息をついてしまう。
ここは紛争に隣接した土地、物流に対する検査は厳しくて当然だろう。しかし、それで生まれる面倒もまた当然ある。
「あんたって政府の人じゃないの?」
「ん、まあ……そうだけど」
言語特務局は言語翻訳庁隷下の政府組織ということになっている。言語調査官は一応公務員として扱われるし、「政府の人」ということにはなるのだろう。
肯定の答えを聞いたイミカは目を輝かせてこちらに迫ってきた。
「じゃあ、あんたが服を買い寄せれば早く届くんじゃない⁉」
「はあ?」
「だって、政府関係者の荷物は優先して届くわけだし!」
一応筋は通っている。上司に女物の服を送ってくださいと電話で依頼する自分の姿が脳裏に浮かぶ。しかも、それはラッビヤ人の少女に着せるもので今は難民キャンプから連れ出して寮舎の自分の部屋で同居していますと言わなければならない。そこまで考えてから、頭が痛くなってきた。
「それは……ダメだ」
「なんでよ?」
「そういうイリーガルなやりとりがバレたら、君だけじゃなくて他の民間人にまで迷惑をかけることになるからだ」
リーナの方を見る。彼女と一緒に居る事実が本土にバレれば引き離されることになるだろう。そうなれば、彼女はキャンプに戻され、キャンプの警備も強化される。そうなることだけは避けなければならない。
「ともかくだ、本土から君が服なりを持ってきてもらうか。ここにあるものを使うほかない」
「うーん、そういうならしょうがないわね……」
そう答えながら、彼女は下げていたバッグに手を入れてゴソゴソと漁り始めた。中から取り出したのは一枚の紙だった。どうやら名刺のようで、連絡先などが書かれている。今まで半信半疑だったが、本当に記者だったらしい。
「都合のいい時に寸法を図ってあげるから、また連絡してね。」
「そうさせてもらうよ」
「じゃあ、あたしは次の取材があるからここらへんで!」
「次の取材? ラッビヤ人のファッションについて調べに来たんじゃないのか?」
「それもそうだけど、今度は連邦軍の日常ファッションも取り上げようと思ってるのよ‼ 斬新でしょ?」
また、頭が痛くなってきた。
「はあ、そりゃ……良い記事になるといいな」
「良い記事になるに決まってるわ! なんたってあたしは連邦随一のファッション雑誌の記者なんだから!!」
イミカは大笑いしながら、路地を走って行ってしまった。一体どんなテンションで生きてたらああいう人間になれるのだろう。見当も付かない。しかも、あのノリで厳戒態勢にあるだろう連邦軍の取材をするという。あの様子ではレーシュネにすらあっていなさそうだから、許可は降りないだろう。少しでもお灸を据えてもらうといい。
「……そろそろ顔を上げても大丈夫だぞ」
リーナの方を向いて言う。彼女はそーっと顔を上げてこちら側を覗いていた。
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